第159話 再びリンクスへ
ノアと別れた俺は、予定どおりリンクスに来ていた。
墓地に繋げた入口から……ではなく、大通りから外れた路地裏を経由して。
「やれやれだな。直前で気が付いて良かったよ」
俺も初めは何にも考えず、墓地から出ようとしていたんだけどな。しかし、そうもいかないようだ。
入口を塞ぐ岩を前にして、岩の向こう側……つまり墓地から人の気配を感じたのだ。それも結構な数の。
僅かに聞こえる話し声に耳を傾けると、どうやら調査の類を行っていると思われる。やれ不死の気配がどうの、やれ何者かが暴れた痕跡があるだの見えなくとも緊張感が伝わってくる。
こんな状況で俺が顔を出したら、間違いなく事情聴取の対象になるだろう。
そんな面倒な目に遭ってる暇など無い。何処か繋げた場所が無かったかと記憶の中を模索して思い出したのが路地裏だった。
バルバトスを帰すためだけに繋げた道だが、こんな形で再利用するとは思わなかったな。
「しっかし、何だろうな。リンクスの住民がゾンビみたいになってら」
いや、生きてるよ。生きてるけど生気が無さ過ぎる。
往来を行き来する誰もが伏し目がちで顔色が悪いのだ。歩く姿が辛うじて生きている者のそれだが、漂う雰囲気が沈みきってレギオンの方が活力を感じてしまう。
この二週間で何があったんだろうか……?
それもアルカナに会えば分かることだろう、俺はアルカナを探して大通りを進んだ。
手掛かりはペンダント、前と同じだ。
ただ、前みたいに光らせっぱなしだと目立つからな。方角だけ確認したら消す、なんてことをしながらペンダントの導くままに歩みを進めた。
その過程で、どうしても目に付く。街中に配備された兵士の姿が。
まあ、カラカルの時も騒ぎの後は兵士が巡回してたしな。今回の影響がどんなものか知らんが、墓地の状況に鑑みるとそれなりに大事にはなってるだろう。リンクス公爵の凶行が明るみに出たとも考えられる。
そうなると……どうなる? 貴族って更迭とかあるのかな? その辺り、全然分からんな。
「マスター君かい?」
おっと、物思いに耽けてる俺に誰かが声を掛けてきた。
背後から聞こえた声の主を確かめようと振り向くと――
「えーっと、リカルド……さん?」
「覚えてくれていて嬉しいよ」
――サラサラな金髪をなびかせた好青年、リカルドが笑顔を向けていた。
リカルドはリンクスの検問前で出会った冒険者の一人。大男のボッシュ、紅一点のヨルハと三人で旅している冒険者チームのリーダーだ。今は一人で行動しているみたいだが。
「お一人ですか?」
「ああ、ボッシュとヨルハは別行動中でね。しかし、君こそ何しているんだい? あれから全然ギルドにも顔を出さないし、街でも見かけなかったけど……」
むぅ……予想外のところで事情聴取を受けるハメになるとは……。
「少し事情がありまして。特殊な依頼ですから、詳しくは話せません」
嘘は吐いてないぞ。カラカル領主からの依頼は特殊なものだ。
守秘義務があるか知らんが、真相を知らない相手には通じるだろ。良識のある相手に限るだろうけど。
リカルドはどうだ? 深く追求しないでくれるか……?
「そうか、君もか。……ああ、すまない。今のは失言だ。忘れてくれると助かるよ」
ん? リカルドも誰かの依頼で行動してるのか?
煙に巻くつもりが、逆に興味が惹かれてしまったぞ。
とはいえ、釘を刺されてる以上はこっちも追求できん。リカルドも追求する気がなくなったようだしな。
「ところで、ヨルハさんとボッシュさんは? 答えられない質問ならすみません」
「ははは……やっぱり変わってるな、君は。いや、良い意味でだよ。ヨルハとボッシュの二人は別行動、詳しくは言えないけどね。それで納得してくれるかな?」
「はい、ありがとうございます」
変わってるって言われても仕方が無いか。見た目と中身が一致してないんだしな。
ともあれ、リカルドは何かの依頼で行動していて、あとの二人とは別行動中ってのが分かった。
うん、聞いておいて何だけど、今の俺には正直、関係無かったりする。
っていうか、俺はアルカナを探してるんだから、もう行って良いですか?
などと、顔にじんわり出してみた。
「ああ、呼び止めてすまなかった。だけど、君の無事を知ることができて嬉しく思うよ。お互いに仕事が上手く行くと良いね」
人差し指と中指、二指を揃えてピッ……ってイケメンじゃないと映えないやつをやりやがった。
呆気に取られる俺に構うことなく、リカルドは踵を返して歩き出す。
そのまま立ち去るリカルドが人混みに消えたところで、俺はアルカナ探索を再会だ。
それから程なくして、俺は一軒の店の前に来た。
レンガ造りの建築、小洒落た造形が施された木製の扉、店先に並ぶ観葉植物……。
中から漂う香りから飲食店ということが分かるが、今のリンクスの雰囲気からすると若干浮いてるように感じてしまう。まあ、こんな風貌の店なんだから、騒動以前でも浮いてたかもしれんが。
だが、意外と目立たないってのも気にはなる。近くまで来ないと存在していることにも気が付かないのだ。
何かそういう仕掛けでもされてんのかね?
ともあれ、アルカナの反応は中からだ。
今度は背後に回られたりしないだろうな……と、俺は必要も無い警戒をしながら扉に手を掛ける。
「いらっしゃい。席はご自由にどうぞ」
中に入るや否や、店員らしき男が声を掛けてきた。が、俺はその言葉が頭に入っていない。
外観どおりと言えば外観どおり、店内は喫茶店の様相を呈している。
店内の至るところにあるランプと窓から差し込む光、木を基調としたインテリアの数々は、どことなく俺のダンジョンにある応接室を彷彿とさせるシックなものだ。
だけど、何で店員が武装してるんだ?
カウンターの向こうにいる男は紳士然とした黒ベストを着ているが、腰ベルトには二丁のダガー。
ベストの内側にも仕込んでそうだな。ナイフやら、その手の武器が。
さっとだけど『鑑定』……いや、今は『慧眼』か。
ともかく見てみた。店員のスキルを。
……『短剣術』、『消音』、『潜伏』、果てには『暗殺』って……ここ、マジで何の店だ!?
そして、客も客だ。どいつもこいつもいかっつい! 山賊か何かのようなむさいおっさんしかいねえ!
こっちが本当の冒険者ギルドなんじゃないかと変な推測をしてしまう。
あるいは、こっちは裏のギルド。盗賊ギルドか暗殺者ギルドのように見える。
そんなものがあるかは知らんが……。
「お客さん?」
いかんいかん、挙動不審になってる場合じゃないか。
しかし、コボルトの容姿の俺に何の躊躇もなく『お客さん』と言ってくれるあたり、好感は持てるな。
他の客も全然こっちを見ない。カラカルでもリンクスでも多少の差はあれ、好奇の目ってのはあったものなんだけどな? 今では然程気にしてないが。
「他の客に関心を持つのはご法度だよ、マスター君」
「アルカナ」
こいつ、やっぱり背後を取りに来たな。
これに関しては、もう慣れた。声でも分かるし、今回は気配の類も消してない。
至極当然と言わんばかりの流れなのだ。
アルカナも俺の反応なんか気にも留めずに、店の奥へと進むように促してくる。
「積もる話もあるだろうけど、まずは一杯何か飲む? せっかくなんだしね」
「ああ、そうだな。今度という今度は腰を落ち着けてじっくり話をしないと。長くなってもな」