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幕間 ―???編 たった一つの願いのために―


「やられたね」


 対面に座る男が、ため息混じりに口にした言葉。

 その表情には怒りといった感情が籠められてるわけでもなく、ただ呆れているといった程度のものだ。


「報告は以上ですが、ご理解いただけたようで何よりです」


 私がこの男のもとを訪れたのは、ヘルブストの森を調査した結果を報告するため。一月ほど前に起きた魔窟の消失、その原因を探るといった内容の。

 件の報告内容は至ってシンプルなものだ。


 『然るべき者の手によって破壊された』


 その一言だけで良い。

 世界にとっては僥倖であり、この男にとっては忌々しい存在が来訪したことを告げる言葉としては、これだけで十分なのだ。


「やれやれ……もう、そんな時期なんだね。もう少し後かと思ってたけど、こればっかりは現れるまで分からないか……」


 男は肩を竦め、苦笑を浮かべている。 


 口では悪態を吐きながらも、久しく待ちわびた敵が現れてくれた。


 本心ではそんなところか。

 長い付き合いなのだ、それぐらいは分かる。誠に遺憾ではあるが。


「随分と余裕がおありのようで」

「それは当然さ。蓄えてきた力が違い過ぎる。今さら現れた新参者に僕が負けるはずがないだろう? 立ち位置上、僕は後手に回るのは仕方が無い。けど、向こうのアドバンテージはそれしか無いんだ。存在が確認できたなら僕の方が優勢だよ。手の打ちようはあるんだしね」


 そう……あの人にとって有利な点はそれしかない。

 この男の知らない間に力を蓄える。それしかないのだ。


 しかし、いくら力を蓄えようにもこの男の前では違いは微々たるもの。一か月や一年程度目を眩ませようとも、その差は決して埋まることはないだろう。それを確信してるが故に、男は決して余裕の姿勢を崩すことはない。

 それ故に、私は動いた。私が望む未来のために。


「ところで……カラカルの件、君の手引きかい?」


 カラカルの件とは、カラカル領主屋敷で起きた魔窟の発生のこと。無論、この男の仕業によるものだ。

 ヤパンの北西を守るカラカルを内部から転覆させる、何年も前から着手されていた計画。()()にも、未遂で終わったが。


「私は関与してません。偶然です」

「偶然ね……」


 嘘は吐いていない。私はカラカルの件に関与していないのだ。

 無数に存在する選択肢の中で、あの人が選んだ結末。ただそれだけのことだ。

 私以外の誰かが介入したならば、それは私の預かり知らぬこと。その誰かの介入を期待したことは否めないが。


 そんな思案に耽けている間、男は私の目を見据え続けていた。

 私の言に嘘があるか見定めているつもりなのだろう。小賢しいことに。


 残念ながら、男の『目』など私には通用しない。

 男があの人と歴然の差があるように、私とこの男の間にも埋まらない差というものがある。


 それを実感してか、男は伏し目がちに大きく息を吐いた。


「やれやれ……君の言葉は真偽を見分けられない。これが僕の実力ってやつなんだろうね」

「大いに肯定します」

「それならそれで、しょうがないね。取りあえずカラカルの件は君の言葉を信じるとするよ。だけど……」

「リンクスですね?」


 まどろっこしい駆け引きなど必要ない。

 どちらにせよ、男は私を疑っているのだ。私の顔色を窺う様を見るのも辟易していたところ、こちらから話題を振るのも一興というもの。そして、男の疑惑どおりの答えをくれてやるのも。


「リンクスの件は私が手引きした……と思っていただいても構いません」


 事実故に、私は悪びれることもなく言い放つ。

 その言葉が意外だったのか、男は目を見開き驚きの表情を見せていた。


「まさか……認めるなんて思わなかったよ」

「事実ですから」


 この男が困惑する様など、如何ほどぶりか。

 しかし、そのような顔も既に消えている。男はいつものように淡白な笑みを浮かべていた。

 

「あれの存在は君にも言ってなかったはず。でも、流石に君の目は誤魔化しきれなかったか。僕としては実験的な意味合いが強かったから、そこまで惜しいものじゃないんだけどね。」

「あれは人の手に余る代物。いくら貴方とはいえ、あのまま目を瞑るわけにはいきませんから」

「へぇ……そうだったのか。君が警戒するほどの価値があったとは驚きだよ。僕の知らない何かがあったのかな?」


 この男にとっては、あれの存在は本当に実験程度のものだったのかもしれない。しかし、あれを放置すると後にとてつもない脅威となる存在なのだ。

 その事実が表に出る前に、何としても抑える必要があった。


 ただ、方法が方法だけに賭けでもあった。

 失敗すれば、今までの苦労が水泡に帰する可能性すらあったのだ。


 成功する確率は未知数。あの人の成長具合による、としか言いようがない不確かなもの。

 最後の最後まで不安が消えることはなかったが……目論見は成功した。私の予想を超える成果をもって。


「それにしても、君はこのまま向こうの肩を持つのかい? 

「どうでしょう。肩を持つ、という表現は不適切かもしれません。私の立場は――」

「あくまで中立……いや、中立というのも少し違うか」

「……はい。私は中立ではなく中庸です」

「中庸……光と魔のバランスを整える、だったよね? 光にせよ、魔にせよ、偏りが世界の理を破壊する。それを防ぐのが君の使命」

「そのとおりです」


 この世界を包む光と魔のバランスが著しく崩れた時、世界は崩壊する。

 そこに救いなど無い。あるのは無のみ。


 その事実を知る者は多くはない。だが、知る者は使命として魂に刻まれている。

 世界に存在する限り中庸であれ、光と魔を均衡に保つ存在であれ、と。


「あなたにも、その使命があるはずですが?」

「ハハハ……それは僕も聞きたいところだね。どうして僕には、その使命とやらが魂に刻まれてないのかを」


 本来であれば、この男にも刻まれているはずなのだ。かつての、英雄と呼ばれた者達と同じ使命が。


「もしも使命が刻まれていたらと思うと……ゾッとするね。自分の運命が誰かの手によって決められたものだなんて。しかも、負けが濃厚な側に付かないといけないんだろ? ……まっぴら御免だよ。僕は労せずに勝ち続けたい。そのためなら方法なんてどうでも良いよ。光でも魔でも、優勢な方を使役するに決まってるさ」


 ……本当に唾棄すべき男だ。

 使命に殉じて消えていった、かつての英雄達とこうも差があるものかといつもながらに思わされる。

 だが……悔しいことにこの男には力があるのだ。使命から外れた故に持つことになった法外の力が。


 可能であれば、私自らの手で葬りたい。

 私にはそれを実現する力がある。しかし、できない。それをしたところで私の望む未来が訪れるわけではないのだから。


 そんな私の歯痒い思いを他所に、男はなおも言葉を続けている。


「僕が魔を使役する以上、君は光に属する者に与せざるを得ないか。いや、残念だよ、本当に。まあ、それも少しの間だろうけどね。片が付いたら、また君は僕の側に戻ることになるから」


 ……今はまだ雌伏の時、言いたければ好きに言えばよかろう。


 こうしている間にも事は進んでいる。

 この男にも、そうなるように仕向けた私にすら見えないところで、運命は動いているのだ。


 それが吉と出るか凶と出るか……。


 しかし、結果がどうであれ私が見届けることに変わりはない。

 あの人が選んだ道を、その未来を。


 願わくば、その未来が私の望んだ未来でありますように。


 幾度となく願い、果たされなかったたった一つの願い。

 そのためだけに私は生きてきたのだから……。



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