表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/238

幕間 ―ビーク編 救いの手は誰がために―


 マスターの部屋を出て自分がやって来たのは、ダンジョン区画に突然現れた部屋ッス。


 部屋の形はドーム状ってやつッスね。自分がマスターと戦うために用意した部屋に似てなくもないッスけど、こっちは何も無い殺風景な部屋ッス。

 そんなものがダンジョン区画の最奥に繋がったもんだから、ダンジョンの守護者に任命された自分としては無視できないんスよ。とは言いながら――


「ぶっちゃけ、部屋はどうでも良いんスけどね。どうせマスターが敵か何かを放り込むのに用意したんだろうし」


 部屋の存在よりも気になるのは、自分の目の前にある……何スかね? 像?

 だだっ広い部屋のど真ん中にポツンと佇んでる像みたいな何かッス。


 部屋は代わり映えしない土でできたものなのに、この像だけはどう見ても肉なんスよ。それに、よく見ると顔ものもあるッスね。

 そんな容貌してるもんだからマスターが『創造』したとは思えないッスけど、敵だからここに放り込んだってのも違う気もするッス。


「こんな穏やかな顔してるんスからね。敵なわけがないッス」


 肉の像に浮かんでいる表情は、一言で言うと慈愛ッスね。優しい雰囲気が出てるッス。

 その理由はやっぱりコレッスか。


「この中って、やっぱり子供がいるんスか?」


 像は半透明の球体を抱えてるッス。

 半透明って言っても、赤味が強いせいで中にシルエットみたいなのが浮かんでることしか見えないッスが。


 そのシルエット、人の形に見えんこともないッス。

 大きさは……コボルトやトードマンの子供と変わらんぐらい。ちょうど、マックスさんの子供のナナちゃんぐらいッスか。所謂、幼児ってところッスね。


 そんな子供を抱えた像なんスから、キバには教えてないッス。

 キバに言ったら、敵かもしれんから警戒しろとか言い出しかねんスから。


 何てったって、キバってデリケートな事情には鈍いんスよね……。

 こっちが警戒したら、この像に対して変な刺激を与えかねんス。

 いくら人や魔獣の類とは違って見えてても、そういうことしちゃいかんってのが見て分からんと駄目ッスよ。


 ちなみに、ノアには言ってるッス。


 ノアは自分の意を汲んでくれたッス。ラビとビビの子供の件で思うところがあるのか、そういうデリケートな部分には寛容みたいで一安心したッスよ。

 まあ、沙汰はマスター次第ってのと、自分が見張ることで容認してもらえたってところもあるッスけどね。

 

 そんなわけで、この部屋の立ち入りは自分しかできないッス。

 部屋の前に扉を付けてやったし、自分にしか開けられんから他の連中には覗くこともできんスよ。


「んー……こんな世話を焼きたくなるのは、自分と似てる気がするッスからかも」


 像の方? 子供の方? ……両方かもしれんスね。

 何となく、自分と同類に感じるッス。多分ッスけど、他人の手で自分を歪められた……みたいな?


 自分の場合、マスター……じゃないッスよ。

 マスターの眷属として『創造』される前に、別の何かだった記憶があるッス。


 ぼんやりとしたもの……思い出そうとしても思い出せない……。


 もしかしたら、思い出したくない記憶なのかもしれないッスね。

 でも、忘れることもできそうにないッス。何てったって夢に見ちまうんスから。


 誰かに言いくるめられて……面白半分に魔獣を森に放って……とんでもないことしでかした気がするッス。

 夢のせいで細部まではっきりしてないのが難点、それとも救いなのか分からんスけどね。

 もしも全部覚えてたら……自責の念でどうにかなっちまいそうな気もするッスから。


 そんな夢ッスけど、最後は決まってマスターと女の人が出てくるッス。

 最近になって分かったッスけど、あの女の人は支援者(システム)さんッスね。マスターに諭された後に、支援者(システム)さんが手を引っ張ってくれるッス。そんで夢から覚めるのがパターンなんスよ。


「まあ、自分がマスターや支援者(システム)さんの代わりをできるなんて思ってないッスけど、せめて今ぐらいはッスね」


 まるで自分が独り言言ってるみたいッスけど、それでも構わないッス。

 会話できなくても、言葉を掛けることに意味がある気がするッスから。マスターが夢の中でやってくれたみたいにッスね。


 それに、自分の言葉に反応してるみたいッス。


「んー……魔力か何かを吸う能力があるんスか? この部屋の次元力が微妙に減ってる気がするッス」


 微妙も微妙、本当に微々たるものッス。

 自分に『次元力操作』が無ければ分かるようなもんじゃないッスわ。そんで気になるのがもう一つ……。


「自分の言葉に反応して、吸収する量を変えてたりしてるッスか?」


 ……やっぱりッスか。今の自分の質問に対して、像が吸収する量が増えたッス。これまた微妙な違いッスけど。となると、意思疎通ができるかもしれんッス。


「自分の質問に肯定なら量は増やして、否定なら減らすってので大丈夫ッスか?」


 ……吸収量が増えた。肯定ッスね。

 これなら行けるッスよ!


「よっし! イエスとノーしか言えなくても十分ッス! 色々と質問させてもらうッスからね」


 ……


 …………


 情報入手の術を手に入れて三日、マスターが帰ってきてから六日が経つッス。


 マスターはいまだに寝たまんまッスけど、あんまり心配してないッスよ。マスターにはノアが付いてるッスから。ノアもノアで何か試そうとしてるッスからね。


 それはさておき、自分の方ッス。


「こんばんわ、今日も話を聞かせてもらうッスよ」


 今日も今日とて事情聴取ッス。

 ダンジョンの守護者として働いた後、夜の間だけッスけどね。


 それでも三日もあれば分かったこともあるッスよ。


 まず第一に敵か味方か。

 まあ、敵だとしても正直に敵とは答えないとは思うッス。けど、この像は逡巡したんスよ。

 敵か味方か分からない。状況が分からないのは向こうも同じってのを感じられただけで成果はあったと思うッス。暫定的ッスけど、自分は味方と判断するッス。


 次に元々は何だったかッスね。予想通りの答えだったッスけど。


 元々は人間。でも、なんで今の状況になったかってのは分からないそうッス。

 間の記憶はあるみたいッスけど、肝心なとこだけすっぽり無いとか何とか。イエス、ノーだけだとそれぐらいしか分からないッス。

 そして、抱えてる球体はやっぱり子供らしいッス。……まだ小さいッスけどね。


 どんな事情か知らんスけど、うっすら見えてきたッス。

 マスター、この母娘を何かから助けようとしたっぽいッスね。


 そこのとこどうか聞いてみたッスけど、よく分からないそうッス。

 結果として今の部屋に送られたけど、マスターに子供を殺されそうになったとか、攻撃されたりしたそうッスよ。


 マスター、本当に何してたんスかね?

 でもまあ、最終的に今の状況になって良かったかもしれないッス。発見したのが自分ってのも。


「どうッスか? 次元力は馴染んでるッスか?」


 三日目ともなると、質問の内容もなくなってきてたッス。

 それよりも次元力を吸収するなら、ちょっとだけ試したいことができたんスよ。

 実験するってなると人聞き悪いッスけど、本人に了承はもらってるッス。ちゃんと意義があることッスから。


 マスターのDP、次元力とか言われる代物。

 正体はよく分からんッスけど、イメージに作用される力ッス。


 この像……母親が吸収した次元力が娘さんに流れるってのも見て分かったってのもあったので、提案したッス。娘さんの昔のイメージを強く想って次元力を流して欲しいとッスね。


 その成果は見て明らかッス。


「上手くいってる気がするッスよ。次元力が馴染んでる感じッス」


 赤みが強かった球体が、今じゃ青白い光を放つ球体ッス。変な例えッスけど、ノアにそっくりになってるッスよ。

 そして、母親の方も――


「見た目が変わってきてるッスね。髪も生えて人間らしくなってるッス」

「ア……ウ……」


 無意識に自分も影響してたみたいッスね。見た目だけじゃなくて、言葉も発せられるようになってきたッス。

 今じゃ姿形は人間とそう変わらんと思うッスよ。だけど、良いことだけでもなさそうッス。人間に近付いた分、娘さんを抱えるのが大変みたいッスから。


 そこは自分の出番でもあるッスね。椅子や支える台を用意したり、色々やったッス。

 他にも、部屋を落ち着くサイズまで小さくしたり、周りに草花を生やしてみたり……ついつい凝ってしまったッスわ。


 ここまでやるとキバが何か勘付き始めてるッスけど、できることはやるッスよ。もしかしたら、この母娘を人間に戻すことができるかもしれんのッスから。


「質問は……うん、今日は良いッス。この調子なら言葉で会話できる日も遠くなさそうッスからね」


 のんびり……そう、のんびりッスよ。

 今まで何があったか知らないッスけど、今だけは静かにしてもらってもバチは当たらないッス。


 そう思って、部屋を出ようと踵を返すと……。


「ア……リ……ガ……トウ」


 感謝の言葉、精一杯振り絞った「ありがとう」が聞こえたッス。


 その言葉に……自分の中の何かが決壊してしまったッス。


「どう……いたしまして」


 振り向かないままに返した言葉ッスけど、自分も自分で今出せる精一杯の答礼なんスよ。これで。

 自分がどんな顔してるか分からないッスけど、今の顔は人には向けれないと思うッス。

 色んな感情がない混ぜになった今の自分の顔は。

 

 全部……思い出したッス。


 今の自分になる前の自分。この世界に来る前の自分も、夢で見た記憶の自分も全部。

 それが良かったのか悪かったのか……いや、良いことッスね。自分の生きる目的がはっきりしたッスから。


「……やれやれッス。今さらながら、皆にどんな顔して会えって言うんスかね。自分のやったこととはいえ……」


 あー……マスター、早く起きてくれッス。こんな話できるの、マスターしかいないッスよ……。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ