幕間 ―ビーク編 求められるのは臨機応変―
すみません、更新遅れました。
「マスターの様子はどうッスか?」
「変わらない……眠ったままだよ」
自分の問い掛けに答えたのはノア、自分と同じマスターの眷属でマスターの秘書をしてるスライムッス。
マスター不在の時は常に動き回る働き者ッスけど、今はマスターの部屋から動かないッス。
勿論、ノアはサボってるわけじゃないッスよ。
旅先から帰ってきたマスターが倒れてしまったから、つきっきりで介抱してるッス。
件のマスターはというと、献身的なノアにもたれかかって寝てるッスよ。
寝てるって言っても、イビキはかかないしピクリとも動かないから死んでるのと変わらんスけどね。
「その体って、マスターの仮の姿ッスよね? そこまで大事に世話しなくても大丈夫じゃないッスか?」
「うん。それでも、マスターはこの体に帰ってくるはずだから……ボクはマスターの側にいるよ」
「そうッスか」
これ以上は無粋ってもんッスね。
ノアがマスターの側にいたいという気持ちも分かるッス。
こんな風にマスターが寝るって時は、無茶やらかした時ッスから。
「一体、何があったんスかね?」
「……分からない」
マスターが帰ってきたのは三日前、そのまま三日間眠りっぱなしなんスよ。
おかげで詳しいことは分からずじまい。
マスターなりの配慮なのか、伝言を残してくれてたのはありがたいッスけど……。
『いつもどおりに過ごしてくれ。困ったことはノアと相談して判断を頼む。あと……俺が連れてきたやつらはてきじゃないからていty……』
駄目ッス、全然説明になってないッスわ。寝落ちする直前ってのが丸分かりの内容ッス。
そんでも、ノアやキバ達は律儀にマスターの言いつけを守ろうとしてるッス。
マスター不在の間と変わらない日常を守るようにッスね。本当に良い眷属を持ったッスよ、マスターは。
「ビーク、ありがとう」
「急にどうしたッスか?」
ノアに礼を言われたッス。
改まって「ありがとう」なんて言われたせいで、何考えてたか忘れてしまったッスよ。
「ビークが考えてくれた方法のおかげで、ボクは動かなくても皆に指示を出せる」
「ああ……そういうことッスか」
ノアが言ってるのは、自分が考案した通話手段ッスね。
記憶のどっかにあった伝声管ってのがヒントになったやつッス。
本当の伝声管は船についてるパイプで、艦橋から他の部屋に声を届けるためのものッスよ。
ものすんごい原始的な通話手段ッスけど、勿論自分はこれをこのまま使わないッス。
ダンジョン内の各部屋のあちこちに備え付けた送受信機を通して、連絡をスムーズにできるようにしてみたッス。
仕組みは簡単なものッスよ。それっぽい形のパイプを壁や地面から伸ばすだけッスから。
ポイントはパイプの先が全く別の部屋に繋がってることッスかね。
マスターのダンジョンは物理的な位置関係無視してくれるんで、パイプの先だけを別の部屋に集約することだってできるッス。声だけを通す、専用の部屋みたいなもんスね。
これってマスターに内緒でワンフロア分使ってるんスけど、バカ正直に部屋を多く作るより、こういった用法に回すのも自分はアリだと思うんスよ。
実際にノアはこれを使って、部屋から動かなくても指示を出せているんスから。
まあ、後でマスターにバレても、皆がありがたく使ってくれるならマスターはきっと文句言わんス。呆れるか驚くかした後で、結局採用してくれるのがマスターッス。
でも面白いのは、マスターはこれからさらに何か考えたりするんスよね。応用というか、別の閃きに発展させたりとか……。
そんな期待もあって、マスターにはついついアイデアを見せつけてしまうッスよ。
それはさておき――
「あのアルカナって子は何処行ったッスか?」
マスターが帰ってきた時、一緒に人間の少女がダンジョンにやって来たッス。
その少女がアルカナって言うんスけど、何とも不思議な子ッスね……。初めて会うような気がしなかったッスから。向こうも向こうで何かを感じたのか、自分にいきなり抱きついてきたッス。
自分だけじゃないッスね、キバにも抱きついてたし他の眷属達にもッス。
人間特有の挨拶かと思ったけど、何か違う気もするッス。多分、あの子だけがあんな感じなんだと思うッスよ。
「アルカナさん、不思議な人だったね」
「ノアもそう思うッスか? フロゲルさんとも親し気に話できてたし、コミュ強ってやつッスよあれは」
「コミュ強?」
「物怖じしないってことッスよ」
「なるほど」
あらら、ノアが納得しちゃったッス。変な言葉を教えるとマスターに怒られそうッスけど……まあ良いッスね。
「アルカナさんも忙しいみたいだよ」
「ノアは把握してるんスか? あの子の行動」
「うん、わざわざアルカナさんが教えてくれたんだ。マスターが起きた時に話があるからって。今はリンクスの街に戻ってるよ。カラカルの領主さんの依頼だとか」
「またッスか? 今度は大丈夫なんスかね?」
「よく分からないよ。ボクも聞いてみたけど、アルカナさんは大丈夫って笑ってた。今度は危ないことは無いって」
うーん……やっぱりよく分からない子ッスね。
元はと言えば、今回こんなことになってるのもあの子が原因だった気がするんスけど。
「そう言えば、ノアが見つけたっていう三人は結局何だったんスか?」
「あの可哀想な人達のこと?」
マスターが帰ってきた日、アルカナって子の他にも人間の来訪者があったッス。
ノアが言う『可哀想な』ってのは、発見した時の様子ッスね。
何でも、色んなものを漏らしてたらしいッス。しかも、外傷は無いのに瀕死っていう特殊な状態で。
「あの人達、アルカナさんが歌を歌うと少し楽になったみたいだった。その後は事情を聞くためにカラカルの方に連れて行かれたよ。それにしても……歌ってあんなことができるんだね。アルカナさん、凄いなぁ」
「そうッスか、そっちはそっちでよく分からんままッスね。それは良いんスけど、歌で何かするならノアもやってみたらどうッスか?」
「えっ? ボクが?」
「ノアも歌を歌ってるッスよね? 伝声管から聞こえたッスよ。上手だったッス」
「ええっ!? 聞かれてたの!?」
ヤブヘビだったッスかね? ノアは歌を歌ってることを秘密にしてたみたいッス。
「ノアが秘密にしたいなら、ノーカンッスよ。自分しか知らないはずッスから。ノアがこれだと思う歌を歌った時に、初めて歌を歌ったってことで良いんじゃないッスか?」
「ビーク……ありがとう」
……我ながら、柄にも無いこと言ってしまったッスね。
こういうのは自分のキャラじゃないはずッス。いつもの調子に戻らないと変な感じッスわ。
「あー……話を戻すッスよ。ノアも歌に『魔力操作』で魔力を込めてみるッス。要はイメージッスね。マスターの眷属は大体イメージで何とかなるもんスよ。効果も……イメージで行けるッス!」
「ビークは無茶苦茶だなぁ……でも、やってみる。ビークのおかげで、何かが掴めそうな気がするんだ」
「思い付きッスけど、言ってみて良かったッス」
「その一言が無かったら、もっと良かったのにね」
それは無理な相談ってもんッスよ。自分は余計な一言があって自分なんスから。
「さて、んじゃ自分はそろそろ行くッス。何かあったら教えてくれッス」
「うん。マスターは任せて、ビークはダンジョンをお願い」
ダンジョンは任せろッス。何て言っても、自分はダンジョンの守護者ッスからね。
そんなダンジョンの守護者の自分も、実はちょっとだけ困ってることがあるッス。って言っても、本当にちょっとだけッスよ?
別に敵が来て対処できないってわけじゃないッス。そんなもんなら、実力行使でそうとでもできるッスわ。
ただ、実力行使のしようが無いんスよ。これに関しては……。
「マスターの残したメッセージにも無いんスよねぇ……。一体何者ッスか? 自分らは……」