第154話 疑惑の街リンクス 痛みを力に変える
絶叫を上げながら迫るレギオン、思案に掛ける時間はさほど残されていない。
見るからに勢いを落とす気配もないのだ。核の破壊云々より先に足を止めることも視野に入れなければならない。
(だとしたら、やっぱこれだよな!)
――バチチッ!
俺はレギオンに向け、電撃を放つ。
動きを止めるならスタンガン。だが、不死にどの程度の効果が見込めるか分からん、故に全力。いっそ完全停止してくれても良いぞ、と軽く願いながら放ってみたが……。
「ギィヤアアアアアアアアア!!!」
(うおおお!?)
電撃はレギオンの動きを止めるには止めた。しかし、それは俺の期待どおりの結果ではない。
レギオンの悲鳴は電撃から受けた苦痛を乗せたけたたましいものだ。
『痛覚無効』のようなスキルは無い上に『電撃耐性』のようなものも無い。ダメージは通っていたのだろう。
ただし、ダメージはレギオンにとって望むものでもあるかもしれない。
『痛覚変換』……痛みを変換するというのは分かるが、それが何に変換されるかを失念していた。
「ギヤアアアアアアアアアア!!」
夥しい人面が苦悶に歪み泣き叫ぶ。受けた痛みを『恐慌』に乗せて。
(これ、は……『不屈』があっても厳しいな……!)
(マスター君、レギオンは成長してるんじゃないの!?)
成長? ……げ、魔力が増えてやがる。だけじゃないな。アルカナは見た目の方を指摘したらしい。
電撃を受けた体表が歪な膨らみを見せて、おぞましいことに人面が増えたのだ。
人面の口にまた人面とか……うええ、勘弁してくれよ。
ともあれ、これが『痛覚変換』の効果だろう。
ステータスに影響を与え、恐らくだが他のスキルの効果を上げるスキルでもあるらしい。
顔が増えたのは『再生』ではなく『増殖』。これも推測でしかないけど、あながち間違ってないはず。
「ギィエエエエエエアアア!!」
(ああ、くそ! この声聞いてたら病みそうだ! アルカナ、地上に出るぞ!)
思考を加速してても聞こえるものは聞こえてしまう。
強化された『恐慌』で心が掻き乱された状態じゃ、まともな思考は続けられん。俺は踵を返して出口へと駆け出した。
(アルカナ、夜って不死にはどうなんだ? 強くなるとかあるか?)
(強くなるっていうか、動きが活発になるよ。月の魔素に当てられて漲るんだって)
(月? 紫の方のか)
(うん)
夜になる度、欠けること無く天に昇る紫の月。その不吉な見た目どおり、化物に力を与えるってわけか。
しかし、そうなると厄介なことになりそうだぞ。
俺が祠を飛び出した今、遥か彼方の空が赤く染まっていることが視認できている。ともすれば、夜までもう如何ほども時間が無いわけだ。そして、レギオンが地上に姿を現すのも。
うーむ……どうしたものか。
さっきの電撃を考えると牽制の類は駄目だな。
表面を削るような攻撃は完全に逆効果、斬りつけるのも同じか。殴るとか意味あるようには思えん。
焼き払うとしても、俺の眷属に火を使えるやつはいないんだよな……。
ノア、キバ、ビーク……単純な戦闘力なら俺よりも高いだろう。
しかし、相手がレギオンだと分が悪い。
如何に手数を少なく、確実に仕留めるか。そこに特化しないと『痛覚変換』でレギオンを無駄に強化してしまうのだ。
だとすると、通用するのはキバが。
『身体狂化』は未知数だが、キバには『不屈』もある。『恐慌』を防ぎつつレギオンをみじん切りにすれば、勝ちの目はありそうだ。
核の位置が分からん点が懸念事項だが、正攻法ならキバに賭けるのも一手だろう。
正攻法ならな。
(レギオンは……地上に出る気満々だな。叫び声が近付いて来やがる)
(マスター君、手はあるんでしょ?)
(何でそう思う?)
(落ち着いてるから。焦ってる感じしないもん)
俺から言わせれば、アルカナの落ち着きの方が不思議だけどな。
レギオンみたいな化物を前に全くビビる素振りもない。平常心全開だ。
まあ、それがアルカナって感じでもあるがな。
それはさておき、俺もそろそろ準備するとしよう。
俺はレギオン相手に正攻法で挑むつもりは無い。
色々思考を巡らせたものの、結局のところ一番確実かつ安全な方法と言えばダンジョンだ。
まどろっこしいことはやめて、とにかく放り込んでしまえば後はゴリ押し。『痛覚変換』だろうが『恐慌』だろうが、腹の中だと痛くも痒くも無いわ! ……多分。
(少なくとも俺のダンジョンに誘い込めば街に被害は無いし……やっぱり、これが無難だな)
俺は祠の前に特大の入口を接続する。
今の俺だと、直径10メートルほどの大穴が限界か。まあ、これだけあればレギオンもすんなり収まるだろ。
行き先も急遽用意してやった。変にダメージを与えると面倒だし、何にも無いドーム型の部屋をダンジョン区画の隅っこに。
後はレギオンが落っこちれば、俺のターンというわけだ。
「オアアアアア!!」
(来た来た。仕上げをとくと御覧じろってな)
(こんな穴で大丈夫?)
フッフッフ……。アルカナは俺がただ穴を開けただけと思ってるかもしれないな。
しかし、ダンジョン内での俺は無敵。眷属相手じゃないなら全力で仕留められる。今ならエレクトロードパイソンでもいけるぞ、俺は。
なんて考えてると――
「オオオオオ!!!」
――バゴォッ!!
レギオンは祠をかち上げるように吹き飛ばした。
よくよく考えれば至極当然、地下道と祠の入口の角度を鑑みればこうなるわな。
レギオンもそれなりに速度を出して走っている。あの勢いで突っ込んでくれば、祠ごとき簡単にぶっ飛ぶわ。
せめてそのままダンジョンに落ちてくれれば御の字だが……そうはいかないようだ。
祠を吹き飛ばしたレギオンは、その場で形を変えていく。
(あいつ、通路の時は『変形』してたのか!)
俺の眼前では、地下から押し出されるように肉塊が盛り上がっている。
どろどろとした液体のようであって、ちゃんと肉。変な例えだが、肉が湧き出ているといったところか。
この光景はこの光景で、なかなかに気持ちが悪い。
そうこうしている間にもレギオンは膨らみ続け、瞬く間に巨大な肉の塔へと変貌していた。
そして、自身の体を支えきれなくなったのか、俺の方――つまりはダンジョンに向かって倒れ込むのだが……。
(くそったれ! 入口よりでかくなってから倒れ込むなよ!)
入口を塞ぐように横たわるレギオンを見れば一目瞭然だ。今のレギオンはダンジョンの入口よりも倍近くでかい。
とはいえ、落ち方次第では十分入り切るはずでもあったのだ。
それを塞いだのは体表から伸びる無数の手足。長いもので2メートルか。
ダンジョンに落ちまいと踏ん張る姿は、蠢く芋虫みたいで余計に気持ち悪い。
なんて観察してると、アルカナから冷静な一言が。
(マスター君、作戦失敗してない?)
……はい、失敗しました。