第153話 疑惑の街リンクス 追ってくる者達
(部屋を出れば一安心かな?)
迫り来る肉塊に追われながらも、俺は四人を担ぎながら部屋を飛び出すことに成功した。
肉で構成されていたのは部屋の内観だけ、通路は全周が石造りなのだ。部屋が変形しても通路には影響が無いはず。そう考えた俺の咄嗟の判断である。
まあ、あのまま部屋にいたらどうなるか分からんしな。もとより通路に飛び出るしか選択肢などなかったのだが。
ともあれ、部屋を出たことで気が緩んだと思われたのかもしれない。アルカナが俺に注意を促してきた。
(気を抜くのは早いみたい!)
大丈夫、分かってる。
いつものパターンというか、予想どおりというか……部屋を飛び出して「はい、おしまい」とはいくわけがない。俺の背後からは依然として肉塊が押し寄せる気配がある。聞く者の精神を削り取る叫びを伴いながら。
「オアアアアアアアアア!!」
(ああ、もう! しつけえな! 部屋を出たんだから構ってくれるなっての!)
(マスター君、どうするの!?)
どうするもこうするも、今の俺は逃げるしかできない。
両手は塞がり、口にも人一人を咥えて背中にはアルカナをおぶっているのだ。振り向くこともできん。
だがしかし、それももう終わり。部屋を出たのだ。ここまで来ればダンジョンは……繋がった!
(よっしゃあ! 荷物はここでポイ! アルカナも入れ!)
ダンジョンを繋げたのは進行方向の遥か先、通り際に意識を失ったままの三人を放り込む……が、背中の重みに変化は無い。ということは……。
(アルカナ、入れって言っただろ!)
(だったらマスター君もさっきの穴に飛び込めば良かったでしょ! そうしないなら、あたしもマスター君に付き合う!)
俺の首元に掛かる締め付けに力がこもっている。こりゃあ、言うこと聞きそうにないな。
(……絶対、離すなよ)
(うん!)
アルカナをおぶったままとはいえ、両手と頭が自由になるだけでも状況は変わる。
跳んだ時こそ『噴射』を使ったものの、着地してからは普通に走っていたのだ。通路を出てからは『滑走』に切り換えているけども。
幸い、通路には障害物が無い。スケートのように滑るだけでもかなりの速度を出すことができていた。
そこにダメ押し、『噴射』だ。
罠? 知らん。熱線でぶった切られるようなものじゃなければこのまま押し通る。背後から迫る危険の方が圧倒的に警鐘がでかいしな! 背中からは抗議の思念が飛んでくるが、それも無視する!
(わわわ、速いよ!)
(こうでもしないと距離が離せんからな!)
『噴射』と『滑走』を組み合わせた俺は、背後から迫る気配との距離を瞬く間に広げていた。
肉塊の速度はそこまで驚異的なものでもない。離れて諦めてくれればそれで良し、様子を見るにも距離が必要だ。
正面にカーブが見えた、ということは地上も近いな。
曲がる前に俺は追いかけてくる肉塊へ顔を向ける。
いい加減決めなくてはならないのだ。逃げるか……迎え撃つかを。
「オアアアアアアアアアア!!!」
遠く聞こえる叫びが近付いて来る。通常なら見えるはずもない、遥か向こうから。
それほどまでに距離は離していた。まだ幾分、時間的な余裕があるだろう。
だからこそ、まずは情報収集する。
種族:不死、レギオン
称号:特殊個体、呪縛者、集合体
生命力:不明 筋力:723 体力:不明 知性:3 魔力:666 敏捷:145 器用:57
スキル:悪食、再生、生者判別、怨恨、目標補足、精神無効、状態異常無効、痛覚変換
ユニークスキル:増殖、恐慌、変形
(こいつ、また別の不死かよ……!)
『遠視』と『夜目』で捉えた追跡者の『鑑定』結果に、思わず思念で独りごちた。
蠢く肉塊は部屋の内観が裏返ったかのように数多の人面が浮かび上がり、無造作に生えた手足で通路を走っている。
走っているとは言っても通路を塞ぐほどの巨体だ。正面から見据えると、肉の壁がそのまま迫っているようにも見えるが。
ともあれ、俺の頭に二つの疑問が過る。
部屋の一部がそのまま分離して追いかけてきているのか、あるいは部屋と繋がったまま追いかけてきているのか。
前者なら俺がどうにかせざるを得ない。
こいつの様子だと、俺がダンジョンに逃げ込んでも引き返さず街に飛び出す可能性が高いからな。
後者だと、部屋から触手のように伸ばしているのかもしれない。ならば、伸ばせる限界があるはず。街まで届かないのであれば、無理に相手取らずにお帰り願うのもまた一手ではあるのだ。
とは言っても、視覚情報からだとどっちか判断できはしないが。
(くそ、レギオンってどんな不死だ? 何かぐちゃぐちゃしてるイメージはあるけど)
俺の記憶の中だと、死体が合体した不死というのがレギオンの印象だ。ただこれは漫画やゲームの中での話。今目の前に迫るレギオンとは別物に過ぎない。が、それでもヒントになるものがあればと、俺は必死に記憶を遡っている。
(レギオンは戦場で発生する不死。大量の死体に大量の魔素が混ざることで発生する不死だよ)
(アルカナ、知ってるのか?)
(冒険者だしね。脅威になる魔獣や不死のことは調べてるよ)
そう言えばそうだ。アルカナは冒険者の先輩だ。俺より不死に詳しいはず。
(レギオンの特性とか弱点は?)
(基本的に不死は火に弱い。あとは霊素を使った精霊術の一部とかにも)
火? ……俺の攻撃に火は無いな。精霊術なんてもっての外だ。
火を点ける魔導具はあるが、巨大な肉塊を焼却するほどの火力は無い。どっちも無理か。
(他には? レギオン特有のやつとか)
(レギオンは魔の攻勢でしか発生の記録は無いよ。記録に残ってるのも軍団レベルの『火魔術』で葬ったとかしか残ってなかった)
(軍団レベル……特殊個体だしな。個人で相手するもんじゃないか)
ならどうする? ダンジョンを繋げてそこで相手するか? 上手く誘導できれば良いが、全貌が分からんと迂闊に誘い込めん。
眷属を呼んでの総力戦ってのもなあ……まだ情報が足らん。『恐慌』がどこまで威力があるか分からないのも俺の判断を鈍らせてくれる。
(……不死の中には)
(ん?)
(不死の中にはね、体を魔素で動かす種族も多いんだよ。血の代わりに魔素が流れてるみたいに。だから、それを動かすポンプがある)
(……魔石か)
(レギオンの大きさから考えると、魔石ってサイズじゃないと思う。多分……)
アルカナが言い淀むのも分かる。
部屋で目にしていれば、何が心臓の役割をしているか一目瞭然だ。
(ポーラか)
ポーラ・リンクス。公爵の亡き令嬢であり、今はレギオンの核。
レギオンが活性化したのも、俺がポーラに攻撃の意志を見せたからだろう。自分の心臓を守るための自衛本能的な。
心臓のような脈動も、まさに魔素の流れを生んでたってことか。確証は無いが、今の俺には核の破壊を指標にしなければならないようだ。
問題は――
(――どこに核があるのか見当もつかん)
レギオンの活性時にポーラは消えた。台座であるアリシアとともに。
部屋と同化して分からなくなったと思うのだが、その気配もまたレギオンと同化したかのように分からないのだ。
となると、遠目に見えるレギオンはどうだ? 核と分離して動いてるのか?
いや、これは部屋と繋がったまま追ってきてるっぽい。核の気配も遠くなく、むしろ近付いているのだ。わざわざ分離した一部に核をくっつけるとも思えんからな。
しかし、部屋の大きさの割りに長いようにも感じる。ここまでの通路の長さと天井までの高さ、幅を考えると……部屋全体が地下から剥離して追ってきてるかもしれない。
だとすると、こいつ……エレクトロードパイソンよりもでかいか?
「オアアアアアアアア!!」
(あんまり時間は無いな。アルカナ、どうする?)
どうする? とは、ダンジョンに逃げるか? という意味でもある。
それはアルカナだけのこと。アルカナを逃したとしても俺は逃げない。レギオンの行動を見極めないと逃げるに逃げれんのだ。
(マスター君はリンクスの街を心配して逃げないんだよね?)
(まあ……俺が余計なことしたからな)
(だから、あたしも付き合う。さっきも付き合うって言ったばかりだしね!)
そうか、なら俺ももう聞かん。
普通なら意地でも下ろすべきなんだろうが、不思議なことに安心するのだ。背中を通して感じるアルカナの存在が、思念を通して送られるアルカナの声が。
(……支援者離れ、できてないってことかな)
(ん?)
(いや、何でも無い。それより来るぞ)
『遠視』や『夜目』が無くとも視認できる。レギオンは、もう目の前だ。