第151話 疑惑の街リンクス 心臓部
(マスター君、これが公爵の狂気だよ)
(……)
言葉が出ない。
扉の隙間から見えるのはほんの一部。にも関わらず、目に飛び込んできたのが壁から生えた人の手足なのだ。驚くなというのが無理ってものだろう。
しかし、転生してから多少はグロに慣れてきたかと思っていた矢先にこれはな……。
死体を使ったオブジェのような内観はスプラッタなんかよりもよっぽど気味が悪い。
儀式の部屋って聞いた時はサバトのような禍々しいものを想像してたんだけどな。これは確かに狂気だ。とても人間の所業とは思えん。
正直なところ直視したくないが……そういうわけにもいかないか。
意を決した俺は、改めて部屋の様子に目を凝らす。ついでに耳も澄ましながら。
(なあ、何かでかい穴が見えるんだけどあれ何?)
(あれは穴じゃないよ。部屋の中央部は吹き抜けになってて、上から覗けるようになってるの)
なるほど。となると、下にまだ階層があるってことか。
扉から吹き抜けまでの距離を考えると中央部だけでも結構広そうだ。目測でも20メートルほどの幅はあるだろう。
そして、吹き抜けの辺りから感じる人の気配。
残念ながら話し声は拾えないが、何やら作業しているらしい音は聞こえる。
(さっき運んでた棺の中身を取り出してるのかな?)
(そうだと思う。いつものパターンだと作業が終わったらこっちに来るよ)
(何? じゃあ、このままここにいたら見つかるだろ)
(さっきも言ったでしょ。あたしが何とかするって)
そう言うと、アルカナはフードを外して扉の隙間に手をかざした。
名目した様子で何やら口ずさんでいるが、これって――
(歌?)
(うん、あたしの魔術の詠唱は歌。お母さんから教えてもらった歌なんだ)
アルカナは器用にも歌いながら思念で答えてくれた。
しかし、歌で魔術の詠唱か……そんなのがあるってのは聞いてはいたけど、目の前でされると幻想的だな。
歌に呼応するようにアルカナの体も緑を帯びた淡い光に包まれているし、コテツのムニャムニャやフロゲルのゲコゲコとはえらい違いだ。アルカナの方が神秘的な力って感じがするぞ。
それに、アルカナって透き通るような歌声なんだな。聖歌っていうべきか、どことなく威厳を感じる。
うーん……こんな状況でなければゆっくりと聞いてみたいんだけど。
(……終わったよ)
(殺したわけじゃないよな?)
(うん、眠ってもらってるだけ。ウィスパーに催眠効果を持たせた『風魔術』、ヒュプノシスでね)
(へぇ……子守唄みたいだな)
効果は子守唄の範疇を軽く逸脱してるみたいだけど。
何せ、部屋から聞こえていた作業音は消えて代わりに寝息が聞こえているのだ。ちゃんと三人分。抵抗するような様子も無かったことから、一瞬で眠りについたことが分かる。地味に強力な魔術だ。
(ヒュプノシスの効果は?)
(一時間ぐらい、あとは個人差かな)
効果時間も凄いな。
ともあれ、一時間もあれば十分だ。
中に入る準備ができた俺達は、扉の先に足を踏み入れた。
……うげ、床も肉でできてるのか。足の裏から伝わる感触が気持ち悪い。
踏み込んで分かったが、この部屋……ドーム型なんだな。
そして、壁だけじゃなく天井も床も全部肉。ところどころから手足が生えていて、よく見ると顔が浮き彫りになってる部分もある。最悪だ。
上階は……無いか。
吹き抜け以外に存在するものは、時計回りに伸びるスロープのみ。それも下の階層に続く分しか無いので、実質一方通行になっている。ともすれば、俺達が向かうのは下の階となるわけだ。
(この下って何があるんだ?)
察しは付いている。とはいっても、漠然なものだけど。
部屋に入る前に感じた気配は、まさに下の階から発せられているのだ。それが何なのか、アルカナが知ってるなら聞いておきたい。
(うーん……例えようがないな。心臓?)
(心臓!?)
そう言えば、この気配……脈打ってるんだよな。ドックンドックンと。
見てみないと分からんが、心臓という表現がしっくりくる。
(まあ、見た方が早いよ。部屋以上に驚くと思うけど)
(マジか、この部屋以上の衝撃ってなかなか無いと思うぞ)
そんなやり取りをしながらも、俺達はスロープを降りていた。
階段じゃないからはっきりした高さは分からない。それでも結構な距離は下っただろう。
建物でいうなら四、五階かな? 地上からしたら相当な地下だ。
そんな地下にある異形の部屋。その最深部にあったのは――
(核……)
部屋の中央に位置する異形の台座に異形の球体。それが俺にはダンジョンの核のように見えた。
俺の核が無機物とすれば、こっちは有機物といったところか。
部屋の台座からして肉塊。何だろう、椅子に座った人? それが核と思しき球体を抱きかかえているように支えている。頭に当たる位置にははっきり顔があるし、本当に人のようだ。
……いや、あまり考えるのは止めておこう。それより核だ。
核は肉というより卵かな。殻ではなく膜で覆われた方の。
その内部に浮かぶ人型の影。それが余計に卵という印象を強めてくれる。
アルカナが例えに心臓を出したのは、血管に似た管があるからだろう。
核を覆う血管は台座と繋がり、脈に合わせて鼓動しているのだ。
流れているのは血じゃないな。『魔力感知』で見えることから、魔力だと思う……が、俺の今まで感じた魔力と比べると何だか気味が悪い。
(マスター君、これが何か分かる?)
(俺に聞かれても分かるわけないだろ。ああ、でも――)
一応、『鑑定』しとくか。
名称:ポーラ・リンクス
称号:特殊個体
種族:不死、レヴァナント
生命力:不明 筋力:不明 体力:不明 魔力:不明 知性:不明 敏捷:不明 器用:不明
スキル:不明
んん!? 不死!?
(マスター君?)
(アルカナ、この中に浮かんでる影は不死らしいぞ。『鑑定』で見えた)
やっぱりこの世界、不死がいるんだな。
魔窟のクーシーも首無しで動いていたけど、あれは魔窟の核に操られてたから不死かどうか分からん。しかし、今回ははっきり不死と見えた。それに――
(ポーラ・リンクス)
(……公爵の亡くなったお嬢様だね)
亡くなった人を生き返らせる……俺の想像とは違っていたようだ。
まさか、不死として蘇らせることを指すとは思いもしなかった。
(なあ、一応聞くけど不死ってありふれた存在なのか?)
(そんなわけないよ。少なくとも、あたしは見たことない)
(じゃあ、やっぱりこれって異常なことだよな)
(うん、人の手に余るぐらいの)
人の手に余るって……ああ、そうか。神ってのが関与してるんだっけか。
神に唆された公爵が死体を集めて儀式を行う。その結果が不死を生み出すことになる、か。
その神ってやつ……悪魔だろ。とてもじゃないが、神の御業とは思えん。
(ところで、ここにいるのはお嬢様だけか。夫人は別の部屋とか?)
(ううん、儀式の部屋はこの一つだよ)
ここだけ? この部屋の別の場所に夫人がいるのか? ……まさかな。
俺は自分の考えを否定しつつも『鑑定』を使った。核を抱きかかえる台座に向かって。