第150話 疑惑の街リンクス 進んだ先で見たものは
更新がずれ込んでしまい、申し訳ありません。
「それじゃあ、マスター君は見ててよ」
何も無い空間から聞こえたアルカナの声に従い、俺は祠に目を向けていた。
姿の見えないアルカナと偽装されて見分けが付かない祠の扉。見ろと言われても何を見れば良いのか分からん。取りあえず、腕を組みながら祠を眺めてはいるが。
「ええっとね、魔導具の扉は鍵が特殊なんだよ。鍵も魔導具だったりするけど、これは簡単。魔力を注げば開けられるんだ」
ん? アルカナが祠の前に現れた。
ああ、そうか。姿を隠してると魔術が使えないんだったな。となると、魔力を注ぐこともできないのか。なるほど。
そんな一人で納得する俺を尻目に、アルカナは既に行動を開始していた。
見た目には両手を突き出しているだけ。それでもアルカナの雰囲気が少しだけ変わっている。
魔力を使ったってことか? こういう時に使えそうなのは……『魔力感知』だな。何をしてるのか気になるし、ものは試しでやってみよう。
「ふんふふ〜ん」
俺が『魔力感知』を発動させたことを知ってか知らずか、アルカナは鼻歌を口ずさみ出した。
しかし、俺はそれよりも魔力の動きが気になって仕方が無い。『魔力感知』のせいで、アルカナのやってることが余計に分からなくなっていたのだ。
魔力が鍵。それはただ流せば良いような簡単なものではないらしく、どちらかと言えばパスワードに近いのかもしれない。
アルカナは絶えず魔力を祠に向かって放っているが、その量や……色? それと波長のようなものがまるで不規則。臨機応変に魔力を対応させているように感じられる。
「魔力ってね、人によって違いがあるんだよ。この扉は登録された魔力に反応して開く仕組み」
「じゃあアルカナがしてるのは?」
「むっふふ〜、そんな扉面倒でしょ? だから魔導具の設定を上書きして、まっさらにしておきます」
それって……ハッキング? 魔導具ってハッキングできるものなのか?
しかし、できるも何もアルカナが今やってるんだよな……。
様子からすると成功してる。しかも楽勝っぽい雰囲気で。
「アルカナはこういったことが得意なのか?」
「まあね。あたし、魔力の扱いは得意なんだ。領主様から聞いてると思うけど、ウィスパーだって遠くまで飛ばせるし。とか言ってる間にほら」
「おっ」
目の前に扉が現れた。
祠に比べると不自然に大きく、黒光りする金属製の扉。予想どおりに魔鋼製だ。
「それではご主人様、中へどうぞ」
「何言ってんだ、お前……」
アルカナがわざとらしく甲斐甲斐しい所作で扉を開ける。
何でこんなタイミングでふざけてられるのか……と思わず肩を竦めつつも、俺は開いた扉の先を覗き込んだ。
「意外と普通だな」
祠の内部はダンジョンのような物理法則を無視したものではなく、地下へ向かうスロープが続いているだけのようだ。
中は仄暗く、明かりは等間隔に配置された壁掛けランプのみ。それもカーブを描いているのか途中で切れている。奥行きだけはなかなかに深そうだ。
先に進んだ三人の姿は当然ながら確認できず。まあ、それなりに時間は経ってるからな。
台車を押しながらとはいえ、かなり距離は空いているはずだ。
「マスター君、またさっきのを」
「さっきの? ……ああ」
この会話も響いてるからな。
(『思念波』だろ)
(そう、これこれ。声を出す必要が無いのは潜入にうってつけだよね)
(それは分かるけど、この通路の先にあるのは……)
(リンクス公爵の屋敷だよ)
うーむ……そんな予感はしていた。というか、そんな予感しかしてない。さっきの棺のことも考えればなおさらな。
しかし、本当に良いのか? このまま先に進めばどんな事態になるのか全く分からん。面倒で厄介なことになるのは確定しているだろうが……。
(迷ってるね、マスター君は)
(……そりゃそうだろ。俺、リンクスにはお前を迎えに来たんだ。それがいきなり公爵の屋敷に潜入することになったら迷いもするっての)
(そうだね。じゃあ、このままあたしが中に入っていったらマスター君は付いて来るしかないよね)
(えっ?)
マジか、アルカナが祠の中に入ってしまった。しかも、姿を隠さずに堂々と。
思わず俺も中に入ってしまったけど……ええい、くそ。なるようにしかならんか……!
(ふふ、マスター君は流されやすい)
(うるせえな。力づくで連れ帰るぞ)
地下へのスロープを下りながら、思念でやり取りをする。
その間にも俺は俺で最大限に警戒しながら。
(アルカナはここに入ったことは?)
(あるよ、勿論。怪しいところは隈なく調査済みです)
(お前、本当に何者なんだよ……)
(だから、それはここから無事に出たら教えてあげるって)
おいおい、フラグっぽい発言は勘弁してくれ。そんなことを言うと――
(待てアルカナ、この通路ちょっと変だ)
スロープを下ってる途中に『危険察知』が反応した。
大した危険じゃないようだが妙な感じ。言い表せれない不快感だな。
(うん、気が付いたみたいだね。この通路は罠があるよ)
そう言いながら、アルカナはフードを被っている。
何か意味でもあるのか?
(この先の罠は魔力に反応する罠なんだ。通路を良く見て)
(んー……?)
普通に見る分には全然分からん。暗いとかじゃなくて、代わり映えしない壁と天井しかないのだ。
魔力……『魔力感知』とか? ……おお、ビンゴ!
(うっすら光の筋が見える!)
赤外線センサーみたいな光が浮かんでいる。通路を横切るように伸びた線が何本も。
ってことは、これに触れると罠が発動するんだな。
何これ、俺のダンジョンよりもちゃんとした罠っぽいぞ。
(あたしがこの状態だと罠は作動しない。けど、マスター君が触れると……)
(触れると?)
(知らない。作動させたことないもん)
そりゃそうか。んー……光の線自体に殺傷能力は無さそうだし、警報系か? まあ、どちらにせよ作動させないように進むことは変わらんが。
そんな光の線は通路の奥まで続いている。切れ目は……見えないな。
だけど、漫画や映画でスパイが侵入するシーンのような縦横無尽に配置しているわけでもない。
足元や腰ぐらいの高さにある光線さえ気を付けていれば問題無さそうだ。
(しかし、この通路。長いよな。小一時間は歩いてるんじゃないか?)
(公爵の屋敷は街の真ん中にあるからね。墓地は隅っこでしょ? 真っ直ぐ歩くにしても結構掛かるよ)
(さっきの連中もこの道進んでるんだよな。俺達が後を付けてるなんて知らずに)
(罠を気にしない分、楽でしょうけどね)
うん。この罠、地味にしんどいぞ。生身の体なら跨いだり屈んだりで疲労が溜まっているだろうな。
先に行った連中は扉みたいに魔力か何かで認証でもされてるのか? そこのところ、ちょっと気になる。
(……ん?)
(どうしたの?)
思わず足を止めてしまったが、妙な気配だ。
『危険察知』じゃないな。どちらかと言えば、魔窟の気配に反応する時に似ている。
だけど魔窟とは別物だ。二度も体験したあの感覚とは決定的に違う何かがある。
それに魔窟よりも格段に力が弱いようにも感じるな。
(アルカナはこの通路の奥は公爵の屋敷って言ったよな?)
(うん)
(それって地下室か何かか? ……儀式用の部屋に直通とか)
(ご明察のとおり。この通路の奥は公爵が儀式を行うために用意した部屋。だけど……普通の部屋じゃないよ。見れば分かる。公爵は正気じゃないっていうのも)
さっきまでの俺は『まだ公爵が普通の人間だったら』という考えがあったせいで判断が鈍っていたらしい。
魔窟でないにしろ、この気配は確認しておいたほうが良いだろう。人に害をもたらしこそすれ、益となる気配はまるでしないのだ。
アルカナが俺を呼んだ理由ってのもこれだろうな。女神とやらが何を吹き込んだかは知らないが、俺に処理させようって魂胆かもしれない。……やれやれだよ、本当に。
その後、数分も進まないうちに光線はなくなり、眼前にあるのはただの通路となっていた。だがそれも、もう終わりのようだ。通路の奥に巨大な扉が確認できるのだ。
(あの扉の向こうが儀式の部屋か)
(うん)
ここまで来るとはっきりしている。魔窟よりも不快な気配が。
何だろう、心臓みたいに脈打つ感じか? 気のせいか音まで聞こえてくる。
(で、どうする? この中から人の気配がするけど飛び込むのか?)
(さっきの人達でしょ。それはあたしが何とかするから、ちょっとだけ扉を開けるよ。マスター君は……驚いても良いけど声を出さないでね)
俺が驚くこと前提かよ。と呆れそうになっていたけど、アルカナの言葉の意味はすぐに理解した。
(何だこれ……)
扉の隙間から見えたのは……壁から飛び出る無数の腕や足、人体の一部だ。
儀式の部屋は死体で溢れかえって……いや、死体で構成された部屋だった。