第147話 疑惑の街リンクス 意外にも早く
少し短めになりました。
リンクスの検問はカラカルに比べて面倒……というほどのものでもなかった。
いくら厳しくても俺は正当な手段で街に入るのだ。その辺りの準備は当然してある。
「やっぱり商人代行として来たのが正解だったな」
「コケッ」
俺には冒険者としての身分もあるが、今回は商人コテツの代行として検問を通った。
カラカルでもそうだったが、リンクスにおいてもコボルトが街に訪れることは珍しいらしく、冒険者としてとなるとさらに稀有。目立たないはずがない。
しかもカラカル所属となれば、万が一リンクスそのものが敵だった場合、検問の時点で何らかの妨害あるいは監視が付く可能性がある。
だが商人であれば、毎日のようにカラカルとリンクス間の往来があるのだ。多少とはいえ誤魔化しが効くかもしれない、とコテツの代行を装うことにした。
そのおかげか今のところ不自然な対応は取られていないし、後をつけてくるような気配もない。
コボルトが物珍しいのか、チラ見程度の視線は感じてはいるが……。
まあ、そもそも敵じゃなければ行動に移されることはないんだけどな?
ともあれ、俺達が次に取るべき行動は、と。
(バルバトス、街の中って詳しいのか?)
(テメエハ馬鹿カ? オレハイツモギルドニ預ケラレルンダ、知ルワケナイダロウガ)
ですよねー。
街中でグレートファウルの移動は禁止されている。
厳禁……とまではいかないが、特別な許可が無い限りは違法行為らしいのだ。
これはカラカルやリンクスだけでなく、ヤパン全体の法に基づくもの。特に難しいことはない、免許か何かみたいなものだと割り切れば良いだけのことだ。
ともすれば、俺は法に則ってバルバトスを商人ギルドに連れて行かなければならない、ならないのだが……。
(人気の無いところでダンジョンを繋げる。繋げたらバルバトスは中に入ってくれ)
(オウヨ)
俺一人で動いていればバルバトスは預けられたように見えるしな。
長居するつもりもなければ、適法に拘るつもりもない。俺所以の裏技、ダンジョンを活用することにした。
『気配察知』で人が少ない道を選んで……曲がり角に入った瞬間に接続。バルバトスも上手く動いてくれたおかげで、一大イリュージョンが成し遂げられた。
そのまま何食わぬ顔で歩いていれば、俺が今の今までバルバトスを連れ歩いていたことなんて気が付かれやしない。
さて……ここからが本題というやつだ。
俺は懐に忍ばせていたペンダントを取り出し、握りしめる。
俺の目的はアルカナの救助、手掛かりになるのは領主から預かったこのペンダントしかない。
街に入る前までの反応は依然変わらず、光を放つだけだった。その光がアルカナの無事を教えてくれるのはありがたいのだが、問題は何処にいるかなのだ。
領主の話では、近くで反応させると方角を示してくれるとのこと。なら、やるべきことは決まっている。
……頼む。ここまで来て何も分からないじゃ困るんだ。アルカナが何処にいるか、教えてくれ……。
そう願うように、俺はペンダントに意識を集中した。
「ん?」
――ペンダントが反応している。
今までと同じように光を放っているものの、それだけではない。握っている手に違和感がある。
俺の手の中にあるペンダントが、意思を持っているかのように動こうとしているのだ。
何と言うか……引き寄せられている?
幸いにも今は晴天、真っ昼間だ。屋外であれば、指の隙間から漏れ出る光は人の目を引くほどのものでもない。このままペンダントが行こうとしている方向に従ってみるとしよう。
……。
ダンジョンを繋げた場所から、人の多い通りに出てきた。
思いの外、人々の視線が俺に向けられているが……ペンダントの光にではない。俺の容姿がコボルトだからだ。
ちょっと光ってる程度のペンダントなんかよりも、コボルトの方が珍しいのだろう。カラカルより視線が集まってくる。
俺も横目で周りを見渡しているが、もしかしたら関係あるのかな? リンクスは獣人が少ないようだ。
コボルトは言わずもがな、ラビットマンの姿もない。商人らしきケットシーぐらいしか見当たらない。
しかし、道行く人の雰囲気もどことなく変だな。
皆して一様に暗く、必要なこと以外話しているように見えない。露天でも一言二言の会話で終わっている。
人は多いのに活気が感じられない……何ともシュールな光景だ。
あー……もしかして、俺に声を掛けてくる人がいないのも雰囲気のせいか?
さっきすれ違ったケットシーは一瞬ペンダントを見たはず、なのにすぐに視線を戻した。見た目強欲そうだったのにチラ見だけだもんな。何かしら話し掛けてきても不思議じゃなかったのに。
まあ、良いや。変に絡まれないなら、その恩恵に預かろう。俺の方から不特定多数に接触する気は無いしな。
そんな風に何の障害も立ち塞がることなく歩くこと数十分、俺は一軒の建物の前に導かれた。
石造りの重厚な建築様式に、西部劇でよく見かける両開きのスイングドア。そして、壁に掛けられた看板には見知った文字……『冒険者ギルド』。
アルカナが冒険者ギルドに? ……アルカナは確かに冒険者なんだから、ギルドにいてもおかしくない。が、それは平時のことであって、連絡を寄越せない状態でここに?
……ええい、考えても分からんなら行くしかないだろう。
俺は意を決して冒険者ギルドの扉を開けた。
中に足を踏み入れると……カラカルのギルドとはまた違う雰囲気だな。
向こうは単に人がいなくて物静かだが、こっちは人がいても静かだ。
テーブルを挟んで小声で話をする冒険者パーティや掲示板で依頼を物色中の男達、十数人ほどの冒険者が目に入るが、誰もが俺を一瞥するだけで視線を元に戻していた。
屋外はともかく、屋内でこんな空気だと陰気さしか感じないな。
入口に突っ立っていても仕方が無い、俺はペンダントの反応を指し示すまま進むことにしたが――
「うっ!?」
――自分の右手が胸を叩いたことに思わず声が出た。
これは俺の意思じゃない。
ペンダントの反応に巻き込まれた右手が、その進路上にある俺の胸を叩いたのだ。
前進からの急な反転に驚きつつも、ペンダントに従い俺は振り向く……が、視線をペンダントに向けていたせいか、はたまたペンダントの反応に気を取られていたせいからか、俺は視界に飛び込む影に対応できなかった。
これが凶器の類なら、間違いなく俺は顔面に傷を負っていただろう。
だが、『危険察知』も反応しないそれは凶器ではなく人の手。二本の指が、柔らかく悪戯気に俺の鼻先を摘んでいた。
その手の向こうに見えるのは、満面の笑みを浮かべる一人の少女。
「助けに来てくれてありがと、マスター君」