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第146話 リンクス検問前にて


(あとどれぐらい?)

(モウチョットダ、昼ニハ着クゼ)


 バルバトスの答えを受けて、俺は天を見やる。


 太陽はいまだ真上に届いていない、が昇り切るまであと僅か。

 感覚的に……一時間弱かな? うん、もう間もなくってところだ。


 出発してから二日。結局、アクシデントは一度きり。

 あれ以降、追い剥ぎどころか魔獣とも遭遇することなくリンクスへの旅路は順調に進んでいた。


 周りの景色もすっかり変わって……というか、若干ながら既視感がある。

 リンクスもカラカルと同じく街全体は石壁で囲まれ、街道の両脇には地平線まで続く農場が広がっているのだ。


 違う点といえば農作物の種類か。カラカルでは麦畑だったものが、リンクスでは麦以外の作物もちらほら見かけられる。野菜……じゃないな、綿っぽいものが付いてるから多分、綿花だろう。

 他にも花っぽいのがあるけど、植物の知識が無いからさっぱり分からん――


「コケッ!」

「ぬおっ!?」


 俺が周囲の景色を眺めていると、バルバトスが不意に仰け反った。


(急にどうした?)

(ボケットスンナ! 見ラレテンゾ、ソロソロ降リヤガレ!)


 見られてる? あー……本当だ。


 今いる位置からはリンクスの門が視界に入る、門扉の前で検問する兵士達も。

 こちらから見えるということは向こうからも見えるというわけで、変な因縁を付けられる前に姿勢を正せ……というのがバルバトスの言いたいことだ。

 実際、街道にいる旅人や商人達も行儀良くグレートファウルから降りている。


 しっかし、御者っぽい者まで降りる必要あるのかね?

 よく見ると、皆して真剣な面持ち……空気までピリピリしている気がする。


(リンクスハカラカルトハ違ウ。怪シキハ罰セヨ、ダッタカ……。余計ナコトヲスルトスグニオ縄ダ。コテツモココニ来ルノヲマジデ嫌ガッテタゼ)


 ああ、それは俺も知っている。

 ノアを通じての『報告』、録音しているメッセージから教えてもらったのだ。


 内容は「リンクスは法で雁字搦めの街でもあるニャ。清く正しく誠実に、何においても疑われるようなことはしちゃならんニャ。どうして良いか分からん時はバルバトスの指示に従うニャ!」とのことだ。


 うーむ……法で雁字搦めね。聞くからに窮屈な響きだな。

 まあ、リンクスには観光で来たわけじゃないし、アルカナを救助できればすぐにでも出ていくつもりだ。今は我慢して無難に過ごすとしよう。


「よいしょっと」


 俺はバルバトスから降りて歩き出す。

 改めて周囲を見回すと……やっぱり空気が重い。


 何ていうか、リンクスに向かう人の顔が異様に暗く、逆に離れていく人の顔はどこか明るいな。

 あー……分かった。出勤するのが苦痛みたいな感じだ。リンクスの中って、そんだけ息苦しいのか。


 そんな風に観察を続けていると……。


「君、旅人かい? コボルトってのは珍しいね」


 俺と同じ進路、リンクスに向かうらしい男に話し掛けられた。


 軽鎧に帯剣、戦士……いや、冒険者かもな。

 男の少し離れた後方では、体の大半を隠せるほどの盾を背負った男と長弓を背負った女がこちらを見ている。二人は俺と目が合うとニッコリ笑い掛けてくれた。雰囲気からして男の仲間だろうな。


 せっかくだし、挨拶しとくか。


「ええっと、私はマスター。一応、冒険者です。皆さんも冒険者ですか?」

「……これは驚いたな。んん、いや失礼。君の言うとおり私達も冒険者だ。所属はヤパンのね。私の名はリカルド」

「ボッシュだ」

「ヨルハよ」


 ちょっと丁寧過ぎたか、俺の挨拶で一瞬唖然とするリカルド一行。だが、すぐに気を取り直した様子で自己紹介をしてくれた。


 リカルド、ボッシュ、ヨルハは人間で構成された三人パーティってとこか……っていうか、冒険者らしい冒険者パーティって初めてだ。

 多分、リーダーはこの長身金髪そこそこイケメンのリカルドだろうな。爽やかな態度に好感が持てる。

 戦闘力は……どうだろ、そこそこ? ステータスはマックスとどっこいだが、雰囲気でマックスに軍配が上がりそうだ。


 で、ボッシュ。……うん、地味メンだな。巨大な盾が示すとおりにパーティの壁役か。

 ただ、身長が2メートル近くで横にもでかい。山の……という二つ名が付きそうな印象だ。


 パーティの紅一点であるヨルハは……こんなこと言ったら怒られるだろうけど、一言で言うと童顔だ。声は大人の女性、だけど見た目は十代前半にしか見えない。

 それに身長に対して弓がでかすぎる気もする。とてもじゃないが、扱う姿が想像できないな。


 ともあれ、自己紹介もしてくれたのだ。悪い連中じゃなさそうだし、もう少し世間話をしてみようか。


「ご丁寧にありがとうございます。それと驚かせたみたいで何だかすみません」

「いやいや、君みたいなコボルトと会ったのは初めてだったからつい、ね。よく考えれば、こんな立派なグレートファウルを連れてるんだし、普通のコボルトとは違うはずだよ」


 俺はコボルトじゃなくてクーシーだ……とは言わない。言っても仕方無いしな。そもそも『化身(アバター)』のことだし。それよりも――


「普通のコボルト、とはヤパンのコボルトですか?」


 意外なところで興味深い言葉が出てきたものだ。

 リカルド一行は見たところリンクスへ向かう、門まではまだ距離がある。なら、少しだけ情報収集する余裕はあるだろう。バルバトスには思念で断りを入れてある。何か不都合があったら教えてくれ、とな。


「私はヘルブストの森出身なのでヤパンのコボルトと面識はありません。何か教えてもらえるとありがたいのですが」

「ヘルブストの森!? ええっと……君の言い分だとイズマール方面からじゃなくて、北西の方からの出身ってことだよね?」

「イズマール?」

「ごめん、これは本当に驚きが隠せないな。イズマールっていうのはヤパン本国に面したヘルブストの森南東部のことだよ。冒険者が魔獣を狩ったりするために森の一部が開放されてるんだ」


 なるほど。ヤパンの国土はヘルブストの森と被ってるって聞いてたけど、そこがイズマールなのか。


「あと、ヤパンのコボルトのことだけど……」


 口を濁すリカルド、その代わりを務めるようにヨルハが口を開いた。


「はぐらかしても仕方無いわよね。マスター君だっけ? 君がどう思ってるか知らないけど、コボルトはあんまり立場が良くないわよ。多分、君から見たらショックを受けるぐらいには――」

「ヨルハ!」


 慌てたリカルドがヨルハの言葉を遮った。


 だけど、俺としてはヨルハぐらいにはっきり言ってくれた方が良い。

 不安がらせるよりは覚悟できるように、そう感じたからな。


「大丈夫ですよ、それなりに覚悟しています。ヨルハさん、ありがとうございました」

「それなりにね……。君、見た目より落ち着いてるわね。私にもコボルトの知り合いがいるけど、そんな堂々としてないよ。森のコボルトって皆そうなの?」

「どうでしょうね。堂々と、とは違いますけど生きる力は凄まじいですよ。活力って言うのかな?」

「ふーん」


 素っ気ない態度を見せるヨルハだが、僅かに広角が上がっている。

 森のコボルトに興味が湧いたのかもしれないな。


「マスター君、そろそろ検問が近い。おしゃべりはここまでにしようか」


 残念、リカルドにタイムアップを告げられた。

 ここはおとなしく従って、リンクスへの入門を果たすとしよう。


「ああ、それと君さえよければリンクスの中でも話をしないかい? お互いに情報交換できるかもしれないしね。君も冒険者なんだろ? ギルドでまた会おう」

「えっ? ……あ、はい」


 俺が冒険者ギルドに行く前提? ……冒険者って言ったからか。

 んー……アルカナの情報を探すために寄るかもしれないしな。別に構わんだろ。


「コケッ!」

「分かってるよ、バルバトス。ちゃんと前を向くから」

「はは! 君達は良いコンビだな。後で会うのを楽しみにしてるよ、それじゃお先に」


 あらら、しれっとリカルド達に先を越されてしまった。


 まあ、何だかんだで面白い出会いではあったな。そう言えば、カラカルの検問前ではアルカナと出会ったんだったっけ。

 新しい街で新しい出会い……意味合いがちょっと違うけど、これもまた旅の醍醐味ってやつか。

 


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