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第145話 押しかけ助っ人


(バルバトス、お前はここで待っててくれ!)


 そう言い残して、俺はバルバトスの背中を蹴り宙を舞う。


 瞬間的に『噴射』を使用した大ジャンプ。空高く跳んだ今なら、生命のやり取りが行われている戦場が一望できる。


 対立しているらしい勢力は二つ。

 一つは襲いかかっていると思しき側……こっちはどう見ても賊だな。どいつもこいつも髭面、ボサボサの長髪、簡素な革鎧に身を包み、手入れが行き届いてないだろう片手剣や手斧で武装している。

 構成は人間……だけか。それがざっと二十四人。


 対して、もう一つの勢力だが……勢力と呼べるものでもないな。

 襲われている方は五人、こちらは明らかに賊とは違う。身なりからして違うのだ。


 特に目を引くのは一人のケットシー。一見するだけでも、旅人でもなく商人でもない高貴な身分を思わせる仕立ての良い服を身に纏っていた。


 他の四人については一様に金属製の鎧を身に付けている。

 同じ意匠で統一された軽鎧。よく見ると何らかの紋章が刻まれているみたいだが、それはどうでも良いか。


 ともあれ、そんな四人は前面に立ち、賊の猛攻からケットシーを守っているように見える。

 装備と練度が高いのか、大きな被害は出ていない……がそれも時間の問題か。一人は肩口に矢傷、他の三人もどこかしらから出血している。このままではいずれ押し切られるだろう。


 無傷なのはケットシーぐらいだが見るからに……というか、『鑑定』したから分かる。非戦闘員だ。

 戦闘に関するスキルは一切無し、完全に守られる側の人物のようだ。


 ちなみに、視界内にいる全員一通り『鑑定』は済んでいる。

 残念ながら身分に関係する情報は見当たらなかったが、それでも良い。戦力図が頭に入った、それだけで十分だ。今からどう動くべきか、考える材料にできるのだからな。


 これも偏に『高速思考』あってのもの。

 俺が跳躍してから実際の時間はほとんど経っていない。放物線で言うところの最高点に差し掛かったところなのだ。

 その間も状況は進んではいるが、視界内で動く物体は全てがスロー。一歩二歩動くぐらいしか進んでいないだろう。


 さて……俺が地面に降り立つまで時間はまだある。それまでに作戦を練るとしようか。


 まずはどちらに加勢するか。うん、これは分かりきっているな、五人の方だ。賊に加勢は無い。


 ともすれば、俺は必然的に二十四人を相手取ることになるわけだが……どうしたものかね。


 『鑑定』の結果云々を抜きにしても、全く負ける気がしない。

 やろうと思えば瞬殺できる。ストーンバレットでもアクアバレットでも連射すれば簡単に終わるのだ。


 俺が思い悩む理由は自分でも分かっている。……甘さだ。

 場合によっては魔獣にすら情けを掛けてしまう俺なのに、相手が人なら尚のこと。どうにか不殺で済ましたいと考えてしまう。


 ……仕方無い、やってみるか。

 

 俺は『高速思考』を解く。

 俺の体は今まさに下降を開始したところ、着地点は賊の側面を突ける位置。俺は賊に向かって手痛い一撃を……放たない。代わりに放つのは――

 

「止めろおおお!!」


 ――力の限りの大声だ。

 ただし、張り上げただけの大声ではない、『威圧』を込めた渾身の怒声だ。


「――なっ!?」

「ぬがあ!!」


 放った俺からしても凄まじい『威圧』。物理的な作用でもあるのか、正面近くにいた男は吹っ飛んだ。……死んでないよな?

 

「な、なな何だてめえは……」

「コ、コボルト……?」


 おっと、他の賊は健在なのだ。そっちを見とかないと。


 しかし俺の『威圧』がよほど堪えたのか、ほとんどの奴は腰を抜かしてその場にへたり込んでいる。

 見るからに戦意喪失という言葉が似つかわしい。


 うーむ……一回の『威圧』でこれか。ノアなんて、プルンと揺れただけなのにな。

 何というか、さっきまで作戦練ってたのがアホらしい。


「危ない!」


 大丈夫、分かってる。

 察知系スキルを持つ俺にそんな攻撃など通用しない。


 ――ギィン!


 俺は飛来してきた矢を振り向きざまに剣で弾いた。

 

 放ったのは俺の『威圧』が効いていない……というか、範囲外にいた奴だ。

 草葉に隠れて弓矢とは姑息なことをする。でも運が無かったな。


「コケーッ!!」

「ぐげえ!!」


 待機してたはずのバルバトスに蹴り飛ばされた。

 蹴られた男は物理的に戦闘不能だ。これなら『威圧』で心が折れてた方がマシだっただろうに。


(ありがとな、バルバトス)

(オウ、テメエモ良イ叫ビシテタゼ!)


 サムズアップする俺と、返礼なのか胸を張るバルバトス。何だか心が通い始めてる気がするな。


「声を掛けてくれた人もありがとう、助かったよ」


 俺は声がした方向に向き直して礼を言った。


 声を掛けてくれたのは壮年の男、人間だ。俺に礼を言われていることが認識できないのか、口を開けたまま固まっている。

 他の連中……も同じか。皆一様に唖然とした表情で俺を見ていた。


 まあ、いきなり現れてめちゃくちゃやってるもんな。

 理解が追いつかないのも無理はないだろう。


 それよりも続きだ。賊の相手はまだ終わっていない。


「て、てめえら、しゃんとしやがれ! 数じゃ勝ってんだ、纏めてぶっ殺せ!!」


 こいつらの親分だろう、一際でかい男が曲刀を振り上げて声を張り上げている。


「畜生……ふざけやがって!」

「このクソコボルトが!」


 こんな賊でも『鼓舞』なんてスキルを持ってるんだな。

 親分の『鼓舞』に呼応するように立ち上がる子分達、殺意もちゃんと戻ってやがる。

 とはいえ、こうなるだろうことは予想していた。『鑑定』した時にな。


 一人突出したステータスに『鼓舞』、他にも『精神耐性』なんてスキルもあるのだ。

 『威圧』から早く持ち直して行動する。行動は逃げるか『鼓舞』のどちらかだろうとは踏んでいたが……後者だったか。

 

 でも残念、『威圧』の段階で手は打ってたんだ。

 どちらかと言えば予定どおり。俺がちょいと力を込めると――


 ――バチチ!


「あ……が……!」


 賊達は再び地面に倒れ伏す。今度は前のめり、小さく痙攣しながらに。


 一応『鑑定』してみるが……うん、終了だ。どいつもこいつも生命力が低下している。瀕死とはいかないが、ここまで弱れば戦闘行動などできやしまい。


 やったことはお馴染みになりつつある電撃、電路さえ繋げていれば任意のタイミングで攻撃できる使い勝手の良い攻撃だ。


 電路については『威圧』でビビってる間にちょちょいっと繋げておいた。

 混線を避けるために身動きを封じることと時間稼ぎ、そのための『威圧』だったのだ。 


 まあ、『威圧』だけで終わるならそれはそれで良かったけどな。

 ともあれ、電撃の加減は成功。どっちの勢力にも死者は無し。万事順調と呼べる結果だろう。

 

 問題はこの後だ。


「き、君は今何をしたのだ?」


 恐る恐るといった様子で話し掛けてきたのは、さっき俺に声を掛けてきた男。

 ぱっと見でも一番年齢高そうだし、ステータスも総合的に見て一番高い。リーダーかもな。


 しかし、当たり前だけど説明、求めてくるわな……。

 俺は賊をどうにかした後のことまで考えてないんだよ。

 偽善といえば偽善なんだけど、誰かが不条理に死ぬ事態をなくしたかっただけなのだ。


 そんな俺の欲求も満たされた。なら、どうするか。

 

(バルバトス、頼む)

(ン? 行クノカ?)


 便利だね『思念波』、アイコンタクト以上に確実な意思疎通ができるのだ。

 俺の意図を汲んだバルバトスは、「いつでも行けるぜ」と言わんばかりに背を向けていた。


 散々状況を引っ掛き回しといて何なのだが……俺は去る。


「俺ができるのはここまで、後のことはどうぞご自由に。だけど……できれば無駄な殺生は控えてくれると有り難いかな? まあ、無理にとは言わないよ。襲われた側だろうし」

「君は一体……」

「おっと、ついでにこれも」


 俺はポーションを『収納』から取り出して地面に置いた。


 賊の分? 知らん。

 怪我を負った四人分あれば十分だろう。それ以上面倒見るつもりなんぞ無い。


「ではそういうことで」


 俺は自分がやりたいことだけやってバルバトスの背に飛び乗った。

 それを合図にバルバトスは走り出す。


 こういうノリも良いね。言葉は交わさずとも、バルバトスも楽しそうだ。


「お、おい待て!」 

 

 遥か遠くから聞こえる俺を呼ぶ声。だけど止まらんよ、俺の用事は済んだからな。

 ちょっとばかし道草を食ってしまったけど、リンクスの旅路を再開するとしますかね。


 あっ、そうだ。このことを領主に報告しておくか。



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