第143話 リンクスへの旅路
少し短めです。
朝靄が立ち込める平原に、うっすらと日の光が差し込んでいる。
俺はドゥマン平原の一画、カラカル近郊にダンジョンを繋げていた。
「気を付けて行ってくるんだニャ」
心配気な目を俺に向けるコテツ、その顔は疲労の色が濃く見える。
昨晩の領主訪問の後、代表者を参集しての緊急会議にもコテツは参加していたのだ。疲れているのは無理もない。
まあ、緊急会議なんて言うと仰々しいが、実際のところは場所は応接室のまま、ノアを呼んで決めることを決めただけなのだが……。
……
「俺が不在の間はノアに任せる」
領主とも面識があるし、コボルトとトードマンとも連携が取りやすい。
俺の判断では、代行兼連絡役に最も適しているのがノアだった。
役柄も秘書だしな。
ちょっと意味合いが違うかもしれないが、右腕的なポジションとして頑張ってもらう。そんな期待も込めてノアに任せるのだ。
「何かあれば、すぐにマスターに報告します」
「ああ、ノアの声は補助核が拾ってくれる。ダンジョン内なら問題無いはずだ」
まさか、ここでモーニングコールが役に経つとは思わなかった。朝の挨拶同様に、特定のワードに反応できるよう設定に加えたのだ。
『報告』、『相談』、そして『緊急』……。
『報告』はボイスメッセージのようなものだな。
俺の状況に余裕が無ければ落ち着くまで保留。記録した言葉を後で受け取る形にしてある。
『相談』はリアルタイム希望。電話の着信みたいなものか。
できるだけ急ぎで俺の判断を仰ぎたいだとか、そういった状況のための設定だ。
そして『緊急』……。これは言わずもがな、火急の要件を俺に送りつけるためのワードだ。
俺の状況を無視、意識に直接言葉を送るようにしてある。
基本的に『報告』と『相談』で済ませられるとは思うが……予想だにしないことが起き続けている現状だ。予め決められることは決めておいた方が無難だろう。『緊急』なんてものが使用されないことを願いはするが。
ともあれ、連絡手段の確立がなされただけで状況は変わる。
以降のことは移動中にでもやり取りできるのだからな。
それもあって、領主には一旦お引き取りを願うことにした。
俺と違って領主が行方不明騒ぎになってしまうと洒落にならないのだ。とはいっても、その頃には良い時間になっていたので俺が言い出すまでもなかったみたいだけど。
「さて、バルバトスも待ちくたびれているみたいだし行くとするよ」
「バルバトスも、気を付けてニャ!」
「コケッ!」
コテツの言葉に短く鳴き声で返すバルバトス、今回の旅は俺とバルバトスだけなのだ。
他に同行者はいない。俺の眷属や仲間からも、カラカルからもいないのだ。
何せ、俺の方から人手を出すと所在不明の人物、あるいは魔獣が往来することになる。面倒ごとの予感しかしない。
そして、カラカルから人を出さない理由は簡単だ。
連携が取れない人物と同行することを俺が断ったのだ。
このタイミングで俺の能力だ何だを説明している時間も勿体無いし、万が一の場合、俺はダンジョンに逃げ込めば大体のことは回避できる。
いざと言う時に俺の指示に従ってくれない者の面倒なんて見ていられる自信も無い。
コテツも立候補してくれたのだが……それも断った。
「コテツは商人ギルドの子供達を見てやれ」
本当なら明日はコテツの計画を実行する日だったのだ。商人ギルドで働くケットシーの子供達を引き取るという計画の。
「計画を先延ばしにするなら、別に良いんじゃないかニャ……?」
なんてことを言っていたが、コテツは子供達のためにも街に残る方が良いだろう。それに、領主からの伝言役も必要だ。領主が直々にダンジョンを訪れるなんてそう何度もして良いことではないだろうしな。
そんなコテツの代わりにバルバトスが同行してくれるのだ。案内兼移動手段として。
つい先日まで俺に敵意を剥き出しにしていたバルバトスだったが……誠意を持って頼んでみるものだ。『思念波』で事のあらましを説明すると、意外にもすんなり旅の同行を快諾してくれた。
(テメエ……女ノタメニ命張ルッテノカ、オモシレエ)
何で? 違わないけど違う。
けど、どう否定したら良いか……というかもう面倒臭い。それでバルバトスが協力してくれるなら、ちょっとぐらい勘違いされてても構わんか。
とにもかくにもそんな経緯を経て、俺は今バルバトスの背に跨がり平原を突き進んでいる。
いつもはコテツが乗っている背中、まさか俺が乗る日が来ようとは思いもしなかった。見た目以上に柔らかくて座り心地が良いことに驚きだが、それ以上に振動の小ささに驚きを覚える。
案外、キバの背中よりも乗り心地が良いかもしれないな。
(ところで、バルバトスはリンクスに行ったことあるんだよな?)
バルバトスは俺の思念に一瞬だけ首を動かしたが、すぐに正面に向き直して走り続けていた。
走ってる最中に悪いが、聞いとくことは聞いておかないと。
(アルゼ、ココカラダト三日ハカカル)
(三日? 地図上だともっと離れていそうなものなんだけど)
(女ノタメナンダロ? トバシテヤッテンダヨ)
そういうことか、確かにバルバトスは結構な速度で走っているようだ。
草が生い茂る平原を走っていたのは最初の数分のこと、今では舗装された道を走っているのだが……見る限り俺達よりも速度を出している通行人に出くわしていない。
この世界の交通ルールってどうなってんだろう……。
今考えることではないが、気にはなる。取り締まるような役割の者に捕まったら面倒だしな。
まあ、法定速度だ何だを守ってられるような世界ではないと思っているが。
(馬鹿カテメエハ。魔獣ヤ追イ剥ギガイルカモシレネエノニ、チンタラ走ッテラレッカヨ!)
ですよねー……。っていうか、魔獣は分かるが追い剥ぎなんかいるのか?
(タマニナ。食イッパグレタ連中ガ襲イカカッテクルゼ。オレトコテツノコンビナラ楽勝ダガナ)
何それ、初耳だな。コテツはそんなこと言ってなかったし、あんまりイメージに無かった。
時々自分が日本の常識に縛られてるって感じることがある。まさに今みたいな時に。
しかし、追い剥ぎって盗賊とか山賊みたいなものだろ?
普段のコテツを見てると対処できるとは思えないな。バルバトスはめちゃくちゃ暴れそうだけど。
うーん……まさかとは思うけど、この旅の最中にそんな連中に出くわしたりしないだろうな。
(不安ガッテット出テクンゼ)
(ありえそうで笑えん)
起きるなと思っている物事ほど起きやすい謎の現象……俺も転生前には散々苦しめられたよ。
でも今はマジで勘弁してくれ。そんなものに付き合ってる暇なんて無いから。
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