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第15話 心のままに

 

「……それでは、その申し出をありがたく受け取らせてもらおう」


 ようやく、マックスが折れてくれたな。

 他のコボルト達もその決定に賛同しているのだろう。皆、顔に喜色を浮かべている。


「それで、その食料はどちらに?」


 そうだった。どうやって渡すべきかな……?

 目の前で口から蜜を吐き出すところを見せるのも気が引けるし……。


(食料を用意するために、ココに手伝ってもらう。マックスは何か容器になるものを集めてくれ)

「容器? ……どのような物でも良いのか?」

(ああ、水を入れるような物が良いけど、別に何でもい良いよ)

「……分かった。すぐに用意しよう」


 マックスは周囲のコボルトに指示を出している。

 それじゃあ、俺も準備するか。


(ココは俺と一緒に来てくれ)

「マスターさん、私は何を手伝えば良いんですか?」

(大したことじゃないんだけどな、ココには他の皆から、俺が蟻の蜜を出すところを見えないようにして欲しいんだ)

「あっ、そうですね。確かにあの光景を見ると驚きますね」

(そういうことだ。俺は物陰で蜜を取り出すから、ココは容器を持ってきてくれ。あと、こっちに来ないように足止めも頼むな?)

「分かりました、やってみます」


 ココとの打ち合わせも済んだ。早速、場所を決めるとするか。

 周りには木も多いことだし、木の陰で十分だろ。

 どうやら、マックスも準備できたようだ。


(マックス、俺の持ってる食料を渡す前に注意しておく。俺は今から食料を出す。出すけど、決してその姿を見ないでもらいたい)

「? 出す? マスター殿は何も持っていないように見えるが、出すとは一体……?」

(あー……スキルなんだ。スキルなんだけど、取り出すところを見られるのは困るんだ)


 見るな、と言われたら見たくなるよな……。それでも納得してもらわないと。


(おさ)、マスターさんを信じてください。何も問題ありませんから」

「勿論、マスター殿を信じるつもりだが……ココは見たことがあるのか?」

「……はい、あります。あの姿を見られるのは確かに辛いかもしれません……」

「……分かった。マスター殿が食料を用意してくれる間、我々は近付かないように言い聞かせよう。マスター殿も、それでよろしいか?」

(ああ、頼む)


 ココが上手く説得してくれた。マックスがどう解釈したかは知らんが、今は良いか。


 俺は手頃な木の陰に隠れてココを呼んだ。


(ココ、こっちは大丈夫だ。容器を持ってきてくれ)

「はい、分かりました」


 ココは俺の前に、木製の鍋のような容器を持ってきてくれた。

 早速、俺は口から蟻の蜜を出す。

 取りあえず容器一杯に満たしてみたが、これで何人分だろうか。


(まずは一杯だ。持って行ってくれ)

「はい……凄い量ですね」


 ココは蟻の蜜が満たされた容器を持って、マックスの前に歩いていく。

 俺は木の陰からその様子を見ることにした。


(おさ)、これがマスターさんの用意してくれる食べ物です」


 コボルト達は蜜を見たことが無いのだろう。

 ココの持つ容器を見て、怪訝な表情の者や好奇心を示す者など反応は様々だ。

 しかし、マックスだけは違う反応をしている。


「こ、これは……花の蜜か?」

(おさ)は、これが何か分かるんですか?」

「うむ……いや、恐らくだが、花の蜜だというのは分かった。しかし、この量は一体……」

「マスターさんは、花の蜜を沢山持っているみたいです。それを私達に分けてくれるそうなんです」

「本当に、あの方は……一体何者なんだ……?」

(おさ)、私はマスターさんを手伝います。貰った蜜を皆に分けてもらえますか?」

「分かった。衰弱している者から配っていくことにする」


 うん、どうやら上手くことが進みそうだ。

 マックスが蜜を知っていたおかげで、コボルト達は蜜を食べ物と認識してくれたようだ。

 マックスは子供達に蜜を配っている。

 食べた子供達はココと同じ反応だ。一心不乱に蜜を舐めている。

 全員に行き渡るには、まだまだ足りないな。

 よっしゃ! 一仕事、頑張りますか!


 ……


 それから俺は、『収納』していた蜜を全部出した。

 コボルト全員に分けるには全然足りない。足りない分は『創造』で補った。

 『創造』した蜜も成分は変わらない。味も問題無いのだ。

 ただ、DPを消費してしまうのが俺には痛いが、それでも大した消費ではない。

 それよりも、コボルト達が喜んでくれることが嬉しかった。


 気が付いたら、すっかり日は落ちていた。

 俺の視界はコボルト達が動いていることが、辛うじて分かる程度だ。

 コボルト達は皆『夜目』があるらしく、暗い中でも支障なく動き回っている。


 どうやら、食料を探しに出ていたコボルト達も戻ってきたみたいだ。

 戻ってきた奴らにも蜜を分けてやらないとな。


(ココ、何処だ? 暗くて全然見えん。そっちから来てくれ)

「マスターさん、何か様子が変です。今戻ってきた人達が、(おさ)と話をしているんですけど……」


 様子が変? 何か問題でもあったのか?

 確かに、見えてはいないがコボルト達が動揺しているような気がする。

 俺が解決できるものだったら手伝うが……。


(マックス、何かあったのか?)

「マスター殿、我々は謝罪しなければならないようだ」

(謝罪? 何で? 話が見えないぞ?)

「……実は、ここの周辺にゴブリンの群れが集まっているらしいのだ」

(それで、何で謝罪なんだ?)

「ゴブリン達は、おそらく我々を襲うつもりだろう。先程戻ってきた連中の話ではここを囲むように集まっていたらしい。戻ってきた連中は危険を知らせるために、隠れながら戻ってきたそうだが、既に逃げ道は無いかもしれん」

(それでも、何で謝る必要があるんだ?)

「……マスター殿は、我々に食料を分けてくれるためにここまで来たというのに、巻き込む形になってしまった。本当にすまない」

(いや、それは仕方が無いだろ、タイミングの問題だ。それよりも状況はどうなんだ? そこまで切羽詰まっているのか?)

「数は正確には分からん……しかし、報告によるとゴブリンの上位種、ホブゴブリンが混ざっているらしい。ゴブリンだけならともかく、ホブゴブリンがいるとなると状況は悪い」


 むう……ゴブリンってそんなにヤバい奴だったか?

 ホブゴブリンも何となく分かるけど、強いゴブリンっていう印象しか無いな。

 マックスの様子だと、全滅もあり得るっていう感じだが……。


(戦わないのか? いや、逃げるという手もあると思うけど?)

「勿論、戦う。しかし、ゴブリンは数で襲ってくるのだ。女子供だけでも逃してやりたいのだが、囲まれている以上、退路は断たれていると判断せざるを得ん」

(一点突破で平原に逃げるのはどうだ? 平原まで行けば、どうにかなるかもしれないぞ)


 元々、食料を渡した後は平原に来るように話をするつもりだったのだ。

 平原まで出てくれば、ノア達にも助けてもらえる。ゴブリンがどの程度の脅威か知らないが、ノアがどうにもならない相手とは思えない。とにかく、平原に出てもらわないと……。


「マスターさんは魔術が使えましたよね?」

(ん? ココか? ……ああ、ストーンバレットしか使えないけどな)

「マスターさん、お願いです。子供達を平原まで連れて行ってくれませんか?」

(そうしてやりたいんだけど、俺は暗いと目が見えん。今もお前達の区別が全然付かないんだ。ゴブリンが現れても気が付かないかもしれん。ストーンバレットを当てるのは難しいと思う)

「そうですか……」


 よく見えないが、ココは肩を落としているな。

 しかし、こればっかりは仕方無い。無理なものは無理だ。


「ココ……。お前はマスター殿を案内して差し上げろ。マスター殿と共に子供達を連れて逃げるのだ。マスター殿、どうか、この願いを聞き入れてもらいたい」

(おさ)、何故私が? 他に適任者が――」

「お前は身を挺して友を救った。マスター殿をこの地に案内してくれた。お前は生き残る資格がある。私はそう思っている」

「お、(おさ)……」

「それに……賭けてみたいのだ、お前の『強運』に」

(ちょっと待て、マックス達はどうするつもりだ? 死ぬ気か?)

「殿を務める。申し訳ないが、前の敵はマスター殿とココにお願いしたい」


 いかん。こいつら死ぬ気だ。

 子供達に未来を任せるつもりで命を捨てる気だ。

 そもそも、敵の規模が分からないのに俺とココで突破しろと? 保証できん。

 さっきも言ったのに……俺は見えてないって。

 それに、会ったばかりの俺に未来を託すつもりか?

 極論だが、俺はここでゴブリンにやられても化身(アバター)を失うだけだ。ダンジョンに戻ってやり直せば良い。

 やっぱ駄目でした、で済むのだ。


 しかし、こいつらは一度限りの命。その命をここで燃やそうとしているのだ。

 俺にはその覚悟は無い。

 覚悟は無いが、助けてやりたい。


 ……『心のままに』か。


 ごめん、ノア……俺は駄目な主だ。


(マックス、ココ、お前達の望みを聞くことはできない)



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