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第141話 少女との約束


「ここは見事なものだな。足を踏み入れた時は我が目を疑ったよ。精巧な造りのロビーにこの部屋……素晴らしい技術じゃないか。そしてお茶も美味い」

「お口に合ったのであれば幸いです」


 俺の対面に腰を下ろした人物が落ち着きのある笑顔をこちらに向ける。

 俺もそれに返すように笑顔を向けている……つもりだが、多分引きつった顔だろうな。自分でも分かる。

 

 何せ、こういったことは初めてなのだ。部外のお偉いさんをもてなすなんてことは。


「まさか、領主様がここに来られるなんて思いませんでしたよ」


 ダンジョンを訪れた人物はカラカルの領主、アーシャ・カラカルだ。

 コテツは話がある、と言いながら領主を俺のダンジョンに招いていた。


 アポも何もあったものじゃない。急な来客に大慌て……なのはさっきまでのこと。俺よりも冷静なノアがお茶の準備と各部への連絡を受け持ってくれたおかげで、一応もてなしの体裁は取れている。


 ノアのまさかの有能秘書っぷりにも驚かされたが、それはそれとして――


(コテツ、何でもっと早く教えてくれなかったんだよ!)

(ごめんニャ、オイラも急なことでビックリしてるんだニャ。領主様がすぐにでもマスターと話をしたいって言うから……)


 俺の隣に座っているコテツに『思念波』で話し掛けた。

 コテツも本当に急なことだったのだろう、応接室に来てからずっと申し訳なさそうな顔をしている。


 そんな様子から察したのか、領主はティーカップを置いて話を切り出した。


「すまないな、本来ならこういった形の訪問は無礼だということは分かっている。ここはカラカルではない、君達の礼節に則ることが筋というものだろう。だがしかし、どうしても君にしなければならない話があるのだよ」


 よほど緊急の案件なのか、領主は真剣な眼差しを俺に向けている。

 良い話なわけがないよな。


「……リンクス公爵の件なのだが、使いの者と連絡が取れなくなった」


 連絡? 通信手段みたいなものがあったのか。

 まあ、この世界にはスキルや魔術もあるし、まだ見たことのない技術もあるだろう。


 俺は一人で勝手に納得しているものの、コテツは興味があるようだ。


「話の腰を折るようですみませんニャ。連絡っていうのはどういったもので?」

「ふむ。コテツも『風魔術』を扱えるだろう、ウィスパーだ」

「あれで!?」


 うん、完全に置いてかれてる。ウィスパーとか言われても全然分からん。

 俺は肘でコテツを突く。察しろコテツ。


「あ、えっと……ウィスパーっていうのは『風魔術』の初歩も初歩の魔術ニャ。効果は単に言葉を風に乗せて運ぶだけ。練習用の魔術というか、子供の遊びみたいなものニャ」

「それって凄いんじゃないか? 通信手段に使えるってことだろ?」

「うーん……そうは言っても、大した距離は届かせられないニャ。この部屋の隅から隅ぐらいかニャ……見えないところに届かせるなんて無理ニャ」


 なるほど、想像するに糸の無い糸電話みたいなものか? いや、それだったら普通に話した方が楽だな。

 でも、領主の話だと実際に使ってるようだし、何か裏技でもあるのかね?


「ふむ、一般にはそう思われてるようだが、術者次第では遠距離での通信として使用もできるのだよ。扱える者は多くないのだがね」

「ほえー……知らなかったニャ」

「それで、その術者がリンクス公爵の使いとして向かっていたのですね? 最後の連絡では何と」

「いや、ウィスパーでは一言程度しか飛ばせない。我々の間では定時の安否確認に使っているだけだ」

「ということは……」

「昨日の夕刻を最後に、連絡が途絶えた。今日は音沙汰が無い」

「……」


 話の流れからそうだとは感付いていたが、はっきりと言われると厳しいものがあるな……。

 見えないところとはいえ誰かが犠牲になった、あるいはこれから犠牲になる。そう考えると、気持ちが暗くなってしまう。


 重い空気に包まれた応接室だったが、耐えきれなかったのかコテツがおずおずといった様子で口を開いた。


「あの、その、もし使いの方がリンクス公爵の不興を買ったとかだったら、どうなるんですかニャ?」

「分からんな……。状況が状況なので、彼女には目立つ行動は避けるように念を押していた。過度な情報収集は厳禁ともな。こと依頼に関して、感情的になるような者でもないのだが……不測の事態に巻き込まれたか、あるいは……」


 領主は険しい顔で思案しているが、俺には少し気になることがある。


「使いの方は女性なんですか?」


 ふとした問いだったのだが、領主は困った顔で俺を見ている。

 何か答え難い理由でもあるのか?


 質問を撤回しようかと思ったところで、領主の方も何やら決心が付いたらしい。

 大きく息を吐き、俺の目を見据えて口を開いた。


「……黙っていても仕方が無いか。君も面識があるはずだが、リンクスへの使いはアルカナなのだよ」

「アルカナが!?」


 その瞬間、俺の脳裏に別れ際に見せたアルカナの顔が浮かび上がった。

 いつも笑顔を見せていたアルカナが……一度だけ見せた寂し気な顔が。


 『私が危険な目に遭っていたら……助けに来てくれる?』


 ……。


「マスター?」


 俺は無意識に立ち上がっていたらしい。コテツの呼び掛けで初めて気が付いた。

 だけど、俺は自分が今から何をしようとしているかが分かっている。


「悪い、コテツ。急用ができた。ちょっと行ってくるわ」

「行くって……リンクスにかニャ!?」

「ああ」


 コテツは俺に「正気か?」と言わんばかりの目を向けているが、俺は至って冷静だ。自分でもビックリするぐらい頭がクリアというやつなのだ。


 瞬時にリンクスの街の場所を思い出す。

 冒険者ギルドで見せてもらった地図にあった。カラカルの東、距離は分からんが道もあるようだし、迷うことは無い。移動方法は――


「待て、マスター! 私の話は終わっていない!」


 ――バン! とテーブルを叩く音、それに続く領主の一喝で思考が途切れた。


「まずは座り給え」


 白紙になった頭に刻まれる命令。

 是非もなく、俺はその場に腰を下ろした。


「誤解のないように言っておくが、私はアルカナを見捨てるつもりは毛頭無い。むしろ、救助のために君に話をしに来たのだ」

「救助……」

「うむ、君とアルカナの関係は知らないが、私もアルカナとは旧知の仲なのだ。君よりも彼女を心配していると断言できる」


 そう言い切る領主は、憂いを帯びた目を俺に向けていた。

 俺でも分かる。この人は嘘を吐いていない、心の底からアルカナを心配していると。


「失礼しました。冷静なつもりで冷静じゃなかったのかもしれません」

「ふむ、構わんよ。君は知人を見捨てておけない質ということは察しが付いている。アルカナの名前を出すと動揺することもな。まあ、ここまで心を乱すとは思いもしなかったが……何か理由でもあるのかね?」

「ええ、約束したんです。アルカナと」

「約束?」

「危険な目に遭っていたら助けに行く、と」

「そんな約束をしていたのか……。となると、アルカナは何かを感じていたのかもしれんな。自分の身に不吉なことが起きる予感を」


 確かに、あの時ですら『もしも』とは思えない約束だったのだ。こうなることを確信していたのだろう。

 だが、俺にとってはそんなものはどうでも良い。約束があろうとなかろうと助けに行く腹は決まっているのだ。


「ふむ、そうだな。今すべき話はアルカナの救助のみだ。彼女が何を感じていたのかなど、後で聞けば良いだけのこと。改めて君に頼みたい。カラカル領主としてではなく、友人の無事を願う者として……アルカナを助けてくれ」



次回の更新は20日を予定しています。

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