第139話 望む姿を
夕食後、俺は応接室で談笑していた。
相手はラビ、話の内容は専ら先日生まれたラビの子供達のことだ。
「あー……可愛いよなぁ……」
生後間もない子ウサギ……あれは凶器だ。可愛さで人を駄目にする、生体兵器と言っても過言ではない。
俺にとっては『威圧』なんぞよりも効果があるだろう。その姿を思い出すだけで顔は綻び、思考能力が低下してしまっているからな。
初めて見せてもらったのは生まれて五日後だから……一昨日か。
もう大丈夫だというラビとビビの言葉があって、俺は巣穴で眠る赤ちゃんを見せてもらったのだ。
「ほああ……!」
初見での衝撃は言葉にできない。
実際、意味不明な言葉を放っていたらしい。同行したノアとラビが後から教えてくれたのだ。挙動不審な動きとともに、奇声を放っていたと。
挙動不審……と言われると語弊がある。
正しくは悶絶。あまりの感動に身を捩っていたのだ。
小さくて丸い……可愛いというのも勿論ある。が、それだけじゃない。新しい生命というのは、どうにも心を湧き立たせるものがある。
言葉にできない何か……生命の輝きとでも言うべきなのかな?
そこに種族なんて関係無いのかもしれない。そして、ノアもまた何かを感じ取っているのだろう。淡く光る体が、普段とは違う優しい光を放っていた。……不思議と温かい光を。
そんな俺とノアを魅了してやまない存在も、自分たちが見られてるなんて分かってないのだろうな、欠伸したりウサギらしくモヒモヒしたりと自由に振る舞っている。その姿が俺をさらに悶絶させるとは知らずに……。
流石に触るのは憚られるし、あんまりジロジロ見て変なストレスを与えることになってもよろしくない。面会するのは一日の中で数分程度に控えることにした。
今日については今まさに面会を終えたばかり、新鮮な子ウサギ成分を取り入れて応接室にやって来たところなのだ。
「マスター、そろそろ部屋を戻しても大丈夫だと思いますが……」
「ん? いや、もうちょっと後にしよう。人の出入りが多いと子供達が落ち着かないだろうしな」
子供の話になると、大体最後は部屋に戻ってくれとラビから切り出される。
主を部屋から追い出したと負い目があるのかもしれないな。表情はノア以上に分かりにくいポーカーフェイスだけど。
俺も本当は戻りたい、可能な限り子ウサギ成分を摂取したい……けど、そうもいかない。
これから行うレクリエーションは、俺がいる場所に眷属を集める必要がある。俺が部屋に戻るとなると、夜間だけとはいえ人の出入りが自室に集中してしまうのだ。
中にはちょっと落ち着きの無いやつも……。そいつが悪いというわけでもないが、俺が我慢すれば良いだけなら我慢しよう。言うほど、我慢というものないしな。
「マスター、お待たせしました」
「おっ、来たか!」
話の切りが良いところで今日のゲストの登場だ。キバが応接室の扉を押し開けて入ってきた。
その陰にはランディとアーキィ。これで全員が揃ったことになる。
今夜のレクリエーションはキバ、ランディ、アーキィ、そしてラビといったメンバーで行うのだ。
それじゃあ早速準備に……といったところでランディとアーキィがおずおずと口を開いた。
「マスター、私達は初めてなので何分……」
「緊張……」
「あれ? すまんすまん、皆一回は回ってたと思ってたよ。初めてって言っても……まあ、何もしなくて良いぞ。この部屋の何処でも良いから、好きな場所で普段どおりに寝てくれれば良い」
そう、寝てくれて良いのだ。後は俺がすることだから。
「む? ラビ、貴様……マスターのお膝元とは……!」
好きな場所と言うや否や、ラビは俺の膝の上に飛び乗っていた。それに対して、明らかに嫉妬するキバ。
お前のサイズで膝の上は無理だろ。足元で我慢しとけよ。
「ぬぅ……」
渋々と言った様子で、キバは俺の足元に横たわる。
ランディとアーキィは……テーブルの下が落ち着くのか? 見た感じでは窮屈そうに頭をテーブルの陰に突っ込んでいる。二人がそれで良いなら、準備は完了だな。
「それじゃ始めるぞ」
俺は合図とともに『思念波』を発動させる。
部屋全体に、意識に干渉できるレベルの『思念波』を……!
……
視界が切り替われば、そこは辺り一面の草原。応接室のような壁や天井も無い、ただただ見渡す限りの草原と青い空が広がっている。
仄かに漂う草の香りや草花を揺らす風すらも存在しているが、ここは外ではない。俺の核の中。『思念波』を通じて、皆を俺の核の中に招き入れたのだ。
切っ掛けは暴走したキバを止めた経験と、支援者と別れた時の経験を基にしている。
思い付けば大したものじゃない。ビークなんかはどさくさ紛れに入ってきてたしな。やろうと思えば簡単だった。
そして、何故この空間に招き入れることがレクリエーションなのかというと――
「マスター!!」
「――ぶげっ!」
小さいながらも力強い突進を背中に受けて、俺は堪らず顔面から地面に突っ伏す。
犯人は見ずとも分かっている。
「キバァァ……!」
俺に体当たりを仕掛けてきたのはキバだ。しかし、いつもの巨大なキバではなく、小さなキバ。キバの意識空間にいた小さなキバなのだ。
キバがこのような姿を取っている理由は、この空間にある。
ここでは普段の姿とは違う……思い思いの姿を取ることのできる空間。それこそ、なりたい自分になれる空間として皆を招き入れていた。
「大丈夫ですか? マスター」
地面にうつ伏せになったままの俺に声を掛ける人影、この声はラビか。
顔を上げると、ホーンラビットが二本の足で大地に立っている。
しかし、大きさはホーンラビットの比ではない。コテツぐらいはあるから……人間の子供ぐらいかな?
見る限り、ラビットマンよりも獣人という言葉が相応しい姿のラビが、俺を心配気に見下ろしていた。
ちなみに、この空間では『鑑定』しても意味は無い。結果は元のまま、つまりラビの場合はホーンラビットという情報しか出てこない。あくまで、見た目が一時的に変わる空間なのだ。
「くっそー……キバはいっつもあの調子だな」
俺は起き上がりながら、ラビに話し掛けた。
「あれがキバのなりたい姿ということでしょうか?」
「どうだろ。あれはキバの内面の一部かもな。あいつはあいつで色々と思うところがあるみたいだし」
「なるほど」
ラビはウサギ然としたモヒモヒした様子なので表情は分からない……が、納得したように頷いている。人型に近付いても、そこは変わらないようだ。
自由に駆けずり回っているキバは放っといて、初参加のランディとアーキィはどうかな……?
周囲には障害物は無い、見渡せばすぐにでも二人が見つかりそうなものなのに姿は見えないな。まさか変な場所に飛ばしてしまったか? ……とも思ったが、それは杞憂だったようだ。
「マスター」
「――うおおっ!?」
突然、俺の目の前の地面が盛り上がる。
土煙とともに現れるのは、岩の塊……ランディだった。
「それがランディのなりたい姿なのか?」
「これになりたい」
これはまた具体的だな。ビークの影響か? ソイルリザードの面影はほとんど残っていない。
前はトカゲだが、今はどちらかというと亀だな。
岩の塊が甲羅のようで、格納できる四肢と頭。完全に防御特化型に見える。まさに土属性といったところか。
ランディは体の調子を確かめるように歩いているが、どうやら速さは若干落ちているようだ。
まあ、大きさが大きさでもあるしな。今のランディはキバやビークと同等だ。俺の眷属の中でもでかい部類に入る。
やはり、でかい者に憧れたりするものなのかもしれない。
「そう言えば、ランディはアーキィを知らないか? 姿が見えないんだけど……」
「アーキィ、さっきからマスターの側にいる」
「ここにいいますよ」
「えっ?」
俺は声のする方に目を向けると、ランディとは違う意味で驚く現象が眼前で起きた。
何も無いと思っていた景色の一部が歪み、そこから別の存在が現れたのだ。
「お前、アーキィか? ランディといい、全然別の姿だな!」
ランディが亀としたら、アーキィは蛇か。
足は無く、細長い体は何処から見ても蛇だな。
ランディほどではないが、アーキィもなかなかにでかい。テレビで見たアナコンダぐらいはあるだろう。
特徴的なのは、頭部にあるヒレのようなものと全身を覆うきめ細やかな鱗。淡い青と紫の光沢を持つ体が、何とも妖しい雰囲気を醸し出している。
今まで姿をくらましていたのは……鱗の効果か。
詳しい原理は分からないけど、光学迷彩のようなものかもしれない。鱗が織り成す細かい光の反射を見ていると、そんな推測が頭に浮かんだ。
「これぞまさに、私が望む姿。この姿に進化できるのであれば、努力は惜しみません!」
「俺も、頑張る!」
アーキィが興奮した様子で意気込むと、ランディもそれに呼応する。
俺はこの光景を見ることができただけで満足だ。
「そうしてくれればこの空間を用意した甲斐もあるってもんだからな」
自由な姿を取ることのできる空間、何も遊ぶためだけに用意したわけではない。俺なりに進化の手伝いをしたいと考えた結果でもあるのだ。
なりたい自分の姿をいくらイメージするといっても、人それぞれ得手不得手がある。
ビークのように感覚で何でもできるなら苦労はしない。イメージの練習……とでも言おうか。その場を提供したというわけだ。
事実、俺の眷属達の中にはイメージが苦手な者もいる。
この空間に連れてきたものの何も変化が無い者、体の一部だけが変化したような歪な者……。このままだと自力で進化するのは難しいのではないか? という印象すら受けた。
だからといって、そのまま放置……なんてことはしたくない。
自力進化を望むもののイメージが苦手な者、そういった者達の後押しをするために自由な姿を取れるようにしたのだ。
今日の結果を見てみると、キバはともかくとしてランディ、アーキィ、ラビはかなりイメージが上手い方。練習は必要無いだろう。ならば、後は息抜きとして遊んでもらえれば良いか――
「とおっ!」
「――ぐえ」
またか……おのれキバめ。いくら小さい姿でも許さん……。
時間がある限り、お前を追いかけ回してやる。
「こら、待てー!」
「アハハハ……!」
何だかんだで息抜きになってるのは俺の方かもしれない。
こうやって眷属達と戯れるというのは、俺の取りたい姿でもあるからな。
ペースを戻すために、次回は2月14日の更新を予定しております。