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第138話 報告書と原稿


 コテツの計画を実行に移すまで十日、その間に何をしよう……などと考えている余裕などなく、あっと言う間に一週間が過ぎていた。


 何故に余裕が無いか、というと答えは一つ。やるべき仕事はいくらでもあるからだ。


「マスター、ご確認を!」

「お、おお……じゃあ見せてもらうな」


 張り切るキバが持ってきたものは紙の束、与えた仕事の報告書だ。

 それを会議室の一角、手頃な席に座った俺が受け取った。


 キバに当てた仕事と言えば、地図の作成や生態系の調査なのだが……その仕事っぷりが目覚ましい。とにもかくにも毎日何かしらの成果を持って帰って来るほどなのだ。

 本音を言えば一括『分解』したいところだが……その目で確認してくれと言わんばかりのキバの視線が刺さるので、俺は報告書を一枚一枚順に目を通していく。


「んー……別に弱点とかまで事細かく記録しなくても良いぞ?」


 報告書にある魔獣の項目、その中の一部を指して俺は言った。


 キバに『鑑定』を『付与』して分かったことなのだが……その効果は俺の『鑑定』とは違うものらしい。

 俺の『鑑定』はゲーム然とした如何にもなステータスを『鑑定』結果として目にすることができる。だが、キバはそんなステータスのようなものじゃないらしく、対象の特徴やどのような生態を持つか、ということが分かるらしい。


 もしかしてキバの『鑑定』が変なのか? とも思ったが、むしろ逆だ。俺の『鑑定』が変なのだ。


 それを教えてくれたのはソフィ、コボルトの前長老だ。

 ソフィはコボルトに伝わる腕輪を通して『鑑定』のスキルが使える。俺とキバとも違う形の『鑑定』が。


「私の見えるものは相手の種族や称号など。他には敵意があるか、その力量は如何ほどか程度のものです。力量と言っても、マスター様のような数字ではなく単純な強弱……でしょうか。先代も同様のものと伝え聞いておりますし、数字というのは初耳です」


 ……だそうだ。


 記憶を遡れば、量的情報がどうとか支援者(システム)も言ってたっけ。その影響があってのことなのか……もしくは俺のイメージした『鑑定』の形が数値で表すものだったか。

 まあ、どっちでも良いけどな。もう馴染んでいることだし。


 ただ、キバの『鑑定』はちょっと羨ましいところもある。

 キバの見る対象の特徴、それは長所と短所。つまり、相手が何を得意として何が弱点かが分かるというのだ。


 スキルは勿論、身体を用いた攻撃……爪や尻尾だけじゃなく、体の一部を変形させる類の攻撃も事前に分かるというから驚きだ。

 そして弱点……火や水などの属性、斬打などの物理面での属性、そして攻撃の有効部位など、長所と合わせてみれば戦闘に特化した『鑑定』ということがよく分かる。


 こうなると、もう一つの生態が分かるという点が霞みがちだが、こっちはこっちで羨ましい。

 目にした魔獣の生息に適した環境、ひいては生活パターンまで把握できるというのだ。

 こっちは狩りに適した情報なのかもしれないが……俺の『鑑定』よりよっぽど面白そうだ。


 その効果は手元にある報告書に遺憾なく表れている。


 例えば巨大なナメクジであるブルスラッグ。こいつは森のあちこちで見かける魔獣なのだが、その生態が意外と興味深い。

 分布はヘルブストの森全域、つまり森なら何処にでもいるというわけだ。


 その生活パターンはどんなものかというと、言わば森の掃除屋。魔獣の死骸やら朽ちた木々など何でも食べるそうだ。地球のナメクジとの違いは、生きた動植物を食べない点。害虫ではなく益虫とも呼べるだろう。

 そして食べるといえば排泄。ブルスラッグの排泄物はヘルブストの森を肥やす土壌になるわけだ。

 

 食物連鎖でいうところの分解者ってやつか。

 どの個体も持っているスキルは『環境適応』だし、掃除屋としておあつらえ向きの魔獣とも言えるかもしれない。


 事細かく説明するとまだまだあるのだが割愛する。

 そう、まだまだあるのだ。


 生態だけでも紙にびっしり、そこに弱点なんかもびっしり書き込まれている。

 情報が多いのはありがたいが……書く方が大変だろう。


「そうは言っても、せっかくなのでできることは全部させてください」


 と言うのはコボルトのルーク。キバの仕事に同行するコボルトの若者だ。

 当然ながら狼であるキバは紙やペンを使うことはできない。ともすれば、コボルトの助力があれば助かるということで同行者を募ったところ、いの一番で立候補したのがルークだった。


 キバとの面識もあるし、ちょうど良かったとも言える。が働き過ぎだろう。

 毎日体がヨレヨレになるまでキバに付き合っていた。


 頼り無い印象に比べて責任感があり過ぎなんだよ……嫌いじゃないけど。


「分かった……けど、無理するなよ?」

「はい!」

「キバもな。他の者にもそう伝えてくれ」

「御意!」


 キバと同行するのはルークだけではない。

 コウガからシナバー、フェズ、パプリカの三体がいる。それに合わせてコボルトからも三名を同行させていた。

 キバとルークは代表として俺に報告をしに来ているのだ。


 キバの報告書は魔獣の生態系だけでなく植物やら何やらの全てが記載された報告書であるわけで、その一枚一枚の内容が濃い故に作成者の負担が目に見えてしまう。……本当に無理しないでもらいたい。


 そんな俺の心配など気にしない様子のキバとルークは、いつものように満足気な顔をして会議室を去っていった。

 

 パターンとして次に来るのは……。


「マスター、ちょっと良いッスか?」 

「あー……またか」


 ビークだ。いつもキバが報告に来た直後にビークが来る。

 会議室の入口からひょっこりと顔を出しているが、全然可愛くない。さっさと用件を言いやがれ。


「今度はこれを頼むッス」


 と言いながらビークが机に置いたのは、これまた紙の束。キバとは違って、報告書の類でもなければ、俺に確認をしてもらいに来たというものでもない。


「お前、俺をコピー機代わりに使ってるよな……?」


 ビークが俺に頼む用件は、持ってきた紙の複製だ。

 あろうことか、こいつは俺に紙を『分解』させて同じものを『創造』させようと言うのだ。


 その紙がどんなものかというと……所謂、物語というやつだ。


「せっかくの紙なんスから、本を作って配るッス」

「はいはい、何回も聞いたっての」


 紙を渡した時に、えらくすんなり引き受けたわけだ。あの時には思い付いていたらしい。

 初めは「何言ってんだ?」とも思ったが、ビークの原稿を見て合点がいった。

 娯楽の一つとして、獣人に本を与えようと言うのだ。


 幸いにもコボルトは文字が読める。

 ビークの目論見どおり、夜には読書に勤しむコボルトが増えていた。


 トードマンはというと、残念ながら文字が認識できないので読書は諦めてもらっている……が、ただ諦めてもらうのも忍びない。

 代替えではないが、絵を描いてもらったりするのに紙を使ってもらっている。


 そっちはそっちで好評のようだ。

 トードマンの娯楽の一つとして、絵画が広まりつつあった。


「しっかし、お前……よくこんなに思い付くな。俺の知識の影響でも、こんなストーリーは思い付かんだろ」

「それは才能ってやつッスかね? 頭に浮かんだものをひたすら書きなぐってるッス」


 才能か……腹は立つけど、こいつって天才型っぽいしな。

 そのおかげで俺も久し振りに読書できるからありがたいけど。


 何でこれを題材にしたか疑問に持つような冒険ものから、読んでて悶絶しそうな恋愛もの、どう見ても舞台が地球の現代ドラマ……。ビークには言わないが、めちゃくちゃ面白い。続きはよ、と思わず言いそうになる。がグッと我慢だ。


 表面上では渋々といった顔をしながら、内心は嬉々として受け取った原稿を『分解』していく。

 それと平行して『創造』、後は纏めるのみ。それはビークにさせる。


「それにしても……コボルトがフィクションを受け入れるのは驚いたな。登場人物が人間でも気にしてないみたいだし」


 紙を紐で束ねるだけの武骨な本を作るビークに話掛けた。

 慣れた手付きで作業しながらビークは答える。

 

「そんなもんじゃないッスかね? 楽しみ方はそれぞれッスから。そもそも自分にフィクション以外書けるわけないッスからね」

「それもそうか」


 俺も無理だな。この世界の史実とかさっぱりなんだし。


 そうこうしている間に、製本作業が終わったらしい。机の上に並べられた数十冊の本を前に、ビークが満足気に頷いている。


「こんなもんッスね。マスター、ありがとうッス!」

「ああ……っとビーク、戻ったらランディとアーキィに声を掛けといてくれ。今日は二人も参加ってな」


 キバとビークが訪れる頃というのは日が暮れる時間帯。一日の仕事の締めでもあった。

 夕食後は仕事じゃなく、一種のレクリエーション……かな?

 俺と眷属達だけが可能な息抜きというやつだ。


 

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