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第137話 新しい生命


 ホーンラビットのラビとビビ、『創造』したのは俺がまだ犬だった頃だ。

 自分のスキルを把握するために生み出した存在……と言うと、我ながら申し訳ないことをしたと思う。


 眷属とはいえ意思の疎通もできる一個の存在、命なのだ。軽々しく生み出して良いのか、いまだに思うところはある。

 ましてや、当時の俺は何を思ったのか変な頼みまでする始末……。


 いや、我ながら本当にどうかと思うぞ?

 いくら選択肢は与えたとは言っても(つがい)になれって言うのはおかしいだろ。


 確かにあの時はラビとビビには名前も無くて、喋れたとは言っても片言だった。そのせいもあってか、まだ動物に対しての接し方でいられたのだ。

 それが名前を『付与』してはっきりと喋れるようになったことで……俺はとんでもないことを頼んだという自覚が芽生えてしまった。


 これは誰にも言ってない俺の黒歴史みたいなものだ。人知れず、思い出しては頭を抱えているほどの。


 勿論、当のラビとビビにも言っていない、言えるはずもない。そんなこと考えてると知られたら二人に失礼だからな。

 俺が見る限り二人は仲睦まじいと思うし、仲の良いノアに聞いてもそう見えるらしいので、多分俺がしたことは最低じゃない……と思いたい。


「マスター、変な顔してますよ? 嬉しくないんですか?」


 むぅ……いかんいかん。葛藤が顔に出てたか。

 切っ掛けはともかく、新しい生命の誕生はめでたいことだ。

 俺は素直な感情を顔い出してノアに答えた。


「嬉しいに決まってるだろ」


 それは間違いない、本当の気持ちだ。


 そんなやり取りをしている間に、俺とノアは俺の自室……ほとんど洞窟の面影が残る部屋に来ていた。この部屋の隅にラビとビビの巣穴があるのだ。


 巣穴があるはずの壁の前、生い茂った草むらに小さな影が佇んでいる……ラビだ。

 顔は巣穴を向いているものの、体は微動だにしていない。耳だけは頻りに動いているので、中の様子を窺っているようにも見えるな。


 ちなみにラビは雄、生まれた子供の父親になるわけだが……取りあえず声を掛けてみるか。


「ビビの様子はどうだ?」


 そこでようやく俺達に気付いたのか、ラビは慌てた様子で振り向いた。

 心無しか、その顔には疲れが浮かんでいる。


 まあ、妻の出産になんだしな。しかも初産。何もできなくとも、心配で気が張っているのだろう。


 ……まさかとは思うが、何かあったのか?


「ビビは元気です。子供達も」

「それは良かった! ……達? ああ、そうか」


 ウサギだから子供は多いよな。

 何匹……いや、ウサギは何羽か。ホーンラビットも羽で良いのかな……?


「五羽でした」


 ラビ自身がそう答えたなら羽で良いな。

 しかし、五羽か……!


 頑張ってくれたビビに労いの言葉も掛けたいし、生まれたばかりの子供も見てみたい。

 そう思った俺は巣穴に近付こうとした、が――


「マスター、駄目ですよ」


 ノアに止められた。


「ビビは疲れてるはずです。今はそっとしておきましょう」

「うーん……そう言えばそうだよな」


 ラビが外にいたのも、ビビを気遣ってのことかもしれない。

 出産直後の動物は神経質になってたりするっていうのも聞いたことがあるしな。地球の動物を参考にして良いのかも分からないが、無闇に手を出すのは良くないということは確かだ。

 ノアの言うとおり、そっとしておこうか。


 あまり巣穴の周りで騒がしくするのも良くないだろう、俺は一度部屋を離れようかと踵を返した。


「キィー、キィー」


 おおっ、この声は……!


「赤ちゃんの鳴き声ですね」

「ちゃんと生まれたんだな……!」


 姿は見ていなくても、今日の朝まで存在していなかった生命がそこにある。そう感じるには鳴き声だけで十分だった。

 こっそり『聴覚強化』で中の様子に耳を澄ますと……聞こえる。他にも生命の息吹が。


「キィー」

「キュッキュッ」


 これは顔が綻ばずにはいられないだろう。

 元気な声を聞いていられれば安心できる。ラビは外でずっとこの声を聞いてたんだな。


 そんな子供達の鳴き声に混じって、別の声が耳に届いた。


「生まれてきてくれて……ありがとう」

 

 それは今まで聞いたことのない穏やかな声、子を慈しむ母親の声そのものだった。

 ラビにも聞こえていたらしく、俺やノアのことよりもビビが気になるのだろう、再び巣穴の方に向いたまま動かなくなってしまった。


 これ以上は野暮というものだ。

 俺は声を掛けずに部屋を後にした。ノアも俺に従い、物音を立てないように静かに付いてくる。


 ……


 俺は別に寝なくても良いんだし、暫く部屋はラビ達に貸すことにしよう。じゃあ、その間は応接室で寛ぐかな、と部屋を出た足でそのまま応接室にやって来た。

 

 ソファに腰掛け、ノアが用意してくれたお茶を飲む。

 何だかんだで、いつものように過ごす落ち着いた時間。しかし今日に限っては、どうにも頭から離れないものがあった。


「なあ、ノア」


 ノアに聞いて良いのか分からない、けど思わず言葉に出していた。


「生命って何だろうな?」

「生命……?」


 あまりにも漠然とした問い。生物学的なものか哲学的なものか、自分でもよく分かっていない問いだ。

 求めてる答えも、どういったものを望んでいるのか分からない。

 何となく、気になったことをそのまま口にしただけだった。


「マスターは『創造』した生命に疑問を持っているのですか?」

「ごめん、聞いた俺にもよく分からない。ただ……さっきふと思ったんだ。ビビは俺の眷属で、初めて別の生命を生み出したんだなぁって」

「マスター……」


 ラビとビビは生物として真っ当に新しい生命を生み出した。生まれてきた子供達は紛うことのない新しい生命なのだ。

 しかし、ノアが言うように俺が『創造』した生命はどうだろうか?


 DPを素にした生命。親と呼べる存在は俺ぐらいなものだ。然るべき手段で生み出された生命とは言い難い。

 だからといって、紛い物の生命と呼ぶかというとそれも違う。眷属は誰もが確かに生きている。


 あー……そうなってくると俺なんてどうなんだ?

 ダンジョン……自分のことなのに、生きてるかどうかも怪しいものだ。


 生理現象は無い。かと言って寝食はできる。まあ、寝るに関しては自由にできてないところがあるけど。

 それをさておき、俺は自分で自分の意思を感じている。我思う、故に我ありというやつだ。

 ならば、俺は生きているのだろう。つまり生命ということで良いな。


 そうなると、支援者(システム)も生命で良いか。じゃあ、意思を持つ『不屈』のような存在も生命……で良いのか? それとも魂のような概念みたいな存在だったり?

 うーん……訳が分からなくなってきたな。


 この問題については補助核(サポートデバイス)があっても答えは出ない。つまり、今の俺ではいくら考えても答えに辿り着かないってことだろう。

 ノアはノアで真剣に考えてくれているのか、ピクリとも動かない……と思っていたが。

 

「あの、マスター?」

「ん?」

「こういうのも変なんですが……ボクも別の生命を生み出してます」

「ノアが?」

「……コノアです」

「――あっ!」


 そうだった。それこそ一番初めに見せてもらっていたのに完全に忘れていた……けど、あれを出産として見た方が良いのか? 仮にそうだとしたら、ノアは母親……いやいや、スライムだし無性……だよな。でも気配りと声色は……いや、あんまり気にしないほうが良いな、うん。

 

 その前に気にした方が良いのは、今のこの空気だ。

 もしもノアに目があったら、もの凄いジト目で見られているような気がする。


「マスター……」

「……お茶、美味かったよ。ありがとう」

 

 ノアの呆れ声から逃げるようにして、俺は部屋を立ち去った。

 気のせいか、ノアは段々と支援者(システム)に似てきたんじゃないのか……?



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