第136話 急いでも仕方が無い
今回も若干短めです。
「この辺りで大丈夫かな?」
俺は周囲を見渡して誰もいないことを確認した。
視界にあるのは草のみ、あってもちょっとした凹凸ぐらいなもの。カラカルから小一時間ほど移動したおかげで街の影も形も見ることはできない場所。俺は今、ドゥマン平原にいるのだ。
「コケッ!」
「おい、すぐ終わるから! ちょっと待てって!」
巨大な鶏が俺を急かすように嘴で突いてくる。
本当にこいつ……バルバトスは、どういうつもりか俺にだけやたらと攻撃的だな……って、くそっ! 頭の毛を毟るな!
俺は大急ぎで近くの地面にダンジョンを繋げる。
逃げるように飛び込む俺、追うように入ってくるバルバトス。見た目はどうあれ、ここでの目的は達成した。ダンジョンもさっさと閉じておこう。
「ビーク! バルバトスから荷車を外してやってくれ!」
「ほいほい、じゃあこっちに来るッスよ」
「コッコッ……」
本当にやれやれだよ……。
おとなしくビークに連れて行かれるバルバトスを見て、俺は嘆息を漏らした。
「お疲れ様ニャ」
「コテツはバルバトスに突かれたこと無いって本当か? 俺なんかこの短時間で何回突かれたか分からんぞ」
「ニャハハ……そんなことよりも、これで準備の第一段階は終了だニャ」
そんなことで済ましてくれるなよ。
まあ、良いか。コテツの言うとおり、計画の第一段階が済んだことだしな。
コテツが相談を持ちかけてきたのは昨日のこと。
話が纏まる頃には既に日が傾いていた。ともすれば行動に移すのは翌日で良いだろうと、今日の朝からバルバトスを引き連れてカラカルを発っていた。
俺とバルバトスがドゥマン平原に来た理由は一つ、コテツの計画の下準備のためだ。
コテツは商人ギルドから子供達を引き取る計画を立てている。そのために必要なものはズバリ金。方法は勿論、正攻法。商品を収めて金に換える方法で行く。
それじゃあ、俺が今してることは何か? ……非常に面倒だけど、既成事実を作っているのだ。
現在、カラカルと森を繋ぐ道はカラカル領主の屋敷にしかない。そこから森で用意した品を商品として運ぶのは難しいものがある。
普通に考えて、領主の屋敷から物を運ぶこと自体おかしい話だろう。
それが領主の頼みだったりなら分からないでもないが、商人ギルドに持っていって金に換える……変な噂が立たないわけがない。人の目だって避けることができないしな。
例えばこれが領主の屋敷以外だとしたら……それも駄目だな。商品の出所が不明だと、これはこれで変に勘繰られて面倒なことになる。結局のところ、街の中を起点にするには無理があるのだ。
そうなると必然的にカラカルの外にダンジョンを繋げなければならない。
まあ、森からカラカルへ移動してた時に繋げた場所を利用すれば良い話でもあるが……それだと俺とバルバトスがカラカルを出たという事実が残らなくなる。それもまた問題なのだ。
そもそも、俺は三日間カラカルから姿を消していた。
それは思ったより大事だったらしい。いくら領主の屋敷に滞在しているといっても、使用人や門番の目に触れていないとなると怪しまれないわけがない。
俺の能力のことを知っている領主とコテツが口裏を合わせてくれたおかげで誤魔化せたものの、そう何日も姿を眩ませるのは得策ではないということだ。
それもあって、今回は敢えて人目に付くように領主の屋敷を正門から、商人ギルドでバルバトスと荷車を預かるのも正規の手続きを踏んで、カラカルを出る時もちゃんと記録に残るようにした。
ただ、そこにコテツも同行すると今度はコテツが行動し難くなる。それを鑑みて、俺がコテツの代行として森に赴くことで辻褄を合わせることにしたのだ。
俺とバルバトスはカラカルにいない、コテツはカラカルに残った状態、これが計画の第一段階となる。
第二段階はここからさらに面倒なこと……というか、単に時間の問題だ。
森に行って帰ってくる、それは一日や二日でできることではない。本来なら二週間は掛かるだろうか。
しかしこれについては、多少はサバを読むつもりである。
行程が思ったよりも順調だった……とでも言えば良いだろう。たとえ問い詰められても、明らかに不自然でなければ事実で通せる。変な話だが、上手い嘘は真実を混ぜると吐きやすいものなのだ。
とはいえ、正直かなり面倒なことをしているとは思う。
俺の能力が公にできたら、バーっと行ってガーッと手続きしてドーンとして終わりだ。一日もあればコテツの計画を達成できるだろう。
しかし、それができないんだよな……。
領主との約束もあるし、物流の常識を覆すことにもなる。余計なことをすると、どうにも面倒な未来になる想像しかできない。
最悪、俺の能力を利用したいがためにコテツの計画を邪魔する輩が出る可能性もある。少なくとも、今はおとなしく潜伏している方が穏便に事は進めるだろうな。
それは俺だけの考えではない。コテツも同意している。
俺とコテツ、二人が協議して導き出した答えでもあった。
「じゃあオイラはカラカルに戻るとするニャ。実行は十日後、それで良いニャ?」
「ああ、それまでは俺もこっちでおとなしくしてるよ。バルバトスも責任持って預かっとくから」
「オイラもちょくちょく来るつもりニャ。こっちとカラカルの情報を交換するためにもニャ」
「それもそうだな。じゃあ何かあったら教えてくれよ」
「分かってるニャ。万が一魔獣なんか出たら、真っ先にマスターを呼ぶからニャ」
おいおい……縁起でも無いこと言うなよな。でも、ありえないこともないか。
十日……何事も無ければ良いんだけど。
ダンジョンから立ち去るコテツの背中を見送る俺に一抹の不安が過る。
「マスター! 大変です!」
そんな俺の不安が的中したのか、ノアが慌てた様子でやって来た。
よほど大変なことなのか、ノアはコノアのように飛び跳ねている。落ち着いていられないというところだろう。とにかく状況を確認せねば。
「どうした!?」
「生まれたんです!」
「生まれた? ……あっ!」
何が、と言う前に答えが分かった。
このタイミングで生まれたとなると、答えは――
「ラビとビビの赤ちゃんです!」
吉報だった!