第135話 準備に取り掛かる
今回は短めになります。
「それじゃあ、後のことはノアと相談してくれな」
「分かったニャ。ノアちゃん、よろしく頼むニャ」
「はい!」
俺とコテツの話は、概ねではあるが内容を実行に移せるところまで煮詰めていた。
とはいえ、行動に移すとしても相応の準備がいる。コテツとノアは今からその準備に取り掛かるのだ。
何が必要で量はどれだけいるのか、それはコテツに任せている。コテツにしか分からないことだからな。
ノアがいれば『収納』から物を取り出すことができるし、俺が行かなければならないことでもない。そっちは二人に任せて、俺は俺で別のことをするつもりだ。
「呼んだッスか?」
ノア達と入れ違いになるように、ビークが応接室に現れた。
急な呼び出しに応じてくれて感心だ。そんなビークにはこれをやろう。
「ほれ」
「これは……羽ペンスか?」
「おっ、正解だ」
俺がビークに渡したもの、それは羽ペンだ。
俺はカラカルでの探索時に紙やペン、インクなどの筆記用具と鍋やフライパンなどの生活用品を購入していた。それを今まで出さなかったのは……まあ、色々と理由はある。決して、宿に忘れていたものをコテツが届けてくれたとかではないのだ。
「マスターはこれで自分に何をしろって言うんスか?」
ビークは渡された羽ペンを爪の先で捻ってクルクルと回している。手の大きさに対して羽ペンは小鳥の羽毛ぐらいしかないというのに、なかなか器用な芸当だ。
そんなビークの質問に答える前に、俺の方からビークに確認することがある。
「お前、字は書けるか?」
「書けるッスよ。何か書けってことッスか?」
察しが良いね。そんな賢いビークにはこれをプレゼントだ。
「その羽根ペンだと小さいだろ? こっちがビーク用の特大サイズ、って言ってもペン先は普通と変わらないから持ち手だけでかく『創造』したやつな」
ビークが爪の先で摘まんでいた羽ペンと特大サイズの羽ペンを入れ換えた。
別に重いというわけでもないのだろうが、ビークは羽ペンを持ち直して手に収めている。特大でようやくちょうど良いぐらいか。
「これはどうも。で、結局は何スか?」
「コテツが来たおかげで紙とペンが手に入った。なら使わない手は無いだろ? これからは紙を使ったやり取りも増やしていくつもりだし、それに先立ってビークには企画書の作成をお願いしたい」
「は?」
まあ、そうなるわな。
いきなり企画書なんて言われても、困るというのは至極当然なことだ。
「なんてな、企画書ってのは半分冗談だ。だけど、紙を使ってもらいたいのは本当だぞ」
「んー……自分、あんまり堅苦しいのは勘弁ッスよ」
「分かってるって。ただ単に、俺の眷属の中でペンを扱えるのがお前とノアしかいないってだけなんだ」
ノアには応接室を出る前に確認してある。文字の読み書きができるかどうかを。
聞くには聞いてみたものの……まさか書けるとは思っていなかった。
驚くことに、ノアは『変形』を駆使して文字を書いてみせたのだ。それも……俺よりきれいな字で。
そんなノアには既に頼んでいる。ダンジョンの外で起きたことを中心に、気付いたことや気になったこと、どんなことでも良いから紙に書いてくれと。
勿論、ノアは快諾してくれた。時間があれば色んなことを書いてくれると約束してくれたのだ。
となると、あとはビークだ。
「ビークの場合はダンジョンに関したことも書いてくれると助かるな。例えば……変更するに当たっての案とか部屋の形とか」
「別に書くのは構わないッスけど……マスターに読む暇あるんスか?」
「フッフッフ……聞いて驚け、俺は直接読まなくても大丈夫な術を身に付けたのだ」
俺も今日知ったことだけどな。
方法は簡単、文字が書かれた紙を『分解』するだけだ。
どうやら『解析』の効果らしい。情報の『解析』が文字にも及ぶのは意外だったけど、これは本当にありがたい。本の類も『分解』するだけで頭に入るなら、とんでもない効果が発揮できるかもしれないからな。
「だから、ビークも好きなだけメモを取ってくれ。何だったら思い付いたスキルの使い方でも良いぞ」
「うわあ……楽する気満々ッスね」
「何だ、悪いか?」
「悪くないッスよ。むしろ好都合ッス。マスターが賢くなってくれれば、こっちも楽できそうッスから」
おい、面と向かって何てこと言いやがる。
ノアは「マスターに知ってもらいたいことがたくさんあるんです」なんて嬉しいことを言ってくれたというのに、えらい違いだ。
それに勘違いしてはいけない。
知識を蓄積したところで賢くなるわけじゃない。それを理解する必要があるし、その前に取捨選択もしないといけないのだ。
まあ、それも物があって初めてできること。
物が無ければ、得るところから始めなければならないというわけだ。
「ちなみに紙ってどのぐらいあるッスか?」
「ん? 紙か、いくらでもあるぞ。『創造』すれば良いだけだし、インクも同じだ。好きなだけ使ってくれて構わん」
ほら、と言わんばかりに目の前のテーブルに紙の束を用意してやった。
インクはテーブルの横に置いた。ビンに入ってるものの、サイズはバケツ並み。単純にでかくしたものだ。
「なるほどッス。これ、持って行っても大丈夫ッスか?」
「全部か? 別に良いけど……」
どうした急に……。
ビークがやる気になると何だか怖いな。
「お前……何か企んでるだろ」
「何言ってるんスか。マスターのために一肌脱ぐ覚悟が決まったってことッスよ。じゃ、そういうことでこれ全部持っていくッス」
あー……こいつ絶対何か思い付いたな。
失敗したかな……でも何だかんだで妙案思い付くやつだしな。
うーん……様子見てみるか。
意気揚々と去っていくビークの背中を見ていると、自分の判断が正しいのか正しくないのかが分からなくなる。ビークは色んな意味でジョーカーだな……。
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