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第134話 コテツの人情


 ――コン!


「ん?」


 ダンジョンのエントランスを通りがかると、ふいに何かがぶつかる音が聞こえてきた。

 一瞬なので詳細は不明、だが金属音じゃないな。もっとこう……乾いた音というか……。


 ――コン!


 まただ。


 うーむ……これは何の音だ?

 エントランスはダンジョン改装時にかなりの変更を加えている。自動で水が流れる仕掛けは仕込んだけど、音が出るようなものは無かったと思うんだけどな。


 取りあえず、音の正体を探るために出処を探ってみよう。音が鳴った方向に目星は付いている。そっちに意識を集中して……んー……もう一回鳴らないかな……。


 ――コン!


 おおっ! リクエストに応えるかのように鳴ってくれた!

 おかげで分かったぞ。音の出処は……扉だ。


 エントランスから繋がる八つの道、その中で唯一扉を設けているのはカラカルへと続く道だけ。

 当然のことだが、ダンジョン側から音を鳴らしているわけではない。となると、音はカラカル側からか……向こうで何かあったのか?


 非常事態だとまずい。俺は念のため、ダンジョン内に残っている眷属に警戒体制を取るように指示してから扉を開けることにした。

 程なくして、ノアとビークがエントランスに来てくれた。キバは残念ながら外回り、さっそく仕事に取り掛かっているということだが……まあ、このメンツで大丈夫だろ。と、思い切って扉を解放する。


 ――ガン!


「んがっ!」

「ニャッ!?」


 扉を開くと同時に、俺の額に硬いものが直撃した。刃物ではない、どちらかと言えば鈍器だ。

 俺に当てたのは事故らしく、音を鳴らしていた人物が謝罪しながら駆け寄って来た。


「あわわ……ごめんニャ! ぶつけるつもりなんてなかったニャ!」

「んん、ああ大丈夫……。掠り傷だ」


 本当は直撃だけどな。


 どうやら音を立てていたのはコテツらしい。カラカル側から鈍器……石をぶつけていたようだ。

 しかし何でまた、そんなことを……?


「だって……この扉が開かないからニャ。昨日は普通に叩いたけど反応は無かったし、今日はもうちょっと激しくしてみようと思ったんだニャ」

「開かない?」


 カラカルへの扉は木製の両開きの扉。厳つい印象を与えるために、重厚かつビークぐらいなら楽に通れるサイズに『創造』した。特に開かないようにしたつもりはない。

 そう言えば、俺がカラカルから戻ってきて以降、誰かこの扉を開けたっけ?


「ボクは見てません」

「自分もッスね。誰も触ってないんじゃないッスか? そもそも、コテツさんじゃ重くて開かないだけッスよ、これ。間違い無くマスターの設計ミスッスね」


 俺もそんな気がしてきた。

 そんな俺をコテツが恨めしそうに見ている。怒ってる……よな?


「締め出しなんてひどいニャ。マスターがカラカルに来ないから、オイラはどうして良いか分からなかったのにニャ」

「いや、こっちも色々あって……。第一、二日しか経ってないだろ?」

「二日もニャ!」


 うむむ、そんなに怒らなくても……。


「いくらオイラでも、流石に領主様のお屋敷だと肩が凝るニャ。それに街は何だか暗い雰囲気だしニャ」

「街の様子、まだ元に戻ってないのか?」


 俺の問いに、コテツの表情は怒りから困惑へと変わっている。


「街……っていうか、商人ギルドが何か変ニャ。皆してずっとギスギスしてて……ネルさんもかなり参ってるみたいニャ。それに、マスターも会ったニャ? ギルドにいた子供のケットシー達」


 ああ、コテツに森の話をせびっていた子供達だな。


「あの子達も怯えてしまって大変だニャ。カリカリした大人に怒鳴り付けられて、殴られそうになったり……」

「何? ……殴られたのか?」

「いや、オイラが間に入って何とかしたニャ。それで……そのことでマスターに相談があるニャ」


 今度は申し訳なさそうに頭を掻き出すコテツ。


 相談ぐらいいくらでも乗るさ。俺の方も散々世話になってるしな。取りあえず――


「ここじゃ人目があるし、奥に行こうか。ちょうど良い部屋があるんだよ」


 まさか、あの部屋に招き入れる客の第一号がコテツとは思わなかったな。

 

 ……


「これは、凄いニャ!」

「お前、さっきからそればっかだな」


 部屋に入ったコテツは、開口一番に感嘆の声を漏らしている。というより、エントランスに入ってから凄いしか言っていない。


 まあ、二日で見た目は大分変えたからな。

 洞窟っぽい大広間から、芸術作品のようなエントランス……。コテツからすれば何の前振りもなく変わっているのだ。驚くのも無理は無い。


 そして、この部屋……応接室だ。

 落ち着きと威厳を兼ね備えた、領主の屋敷にも劣らない応接室を前にしてコテツは目を丸くしている。こっちはその様子を見てニヤケてしまうほどに。


 そのままだと話が進まないので、俺はコテツにソファへ座るように促した。

 ノアがお茶を用意してくれたので、如何にも対談って感じだな。


「じゃあ、さっきの続きだ。相談っていうのは?」

「あ、うん。単刀直入に言うとニャ、オイラ……商人ギルドの子供達を引き取ろうと思ってるニャ」


 なるほど、そういうことか。

 何となく察しはついてたけど、言葉にすると重みがあるな。となると――


「ここに連れて来たいってわけか?」

「最終的にはそうしたいニャ。でも、その前にちゃんと手続きを踏みたいニャ」

「手続き?」

「そうニャ、商人には商人のしがらみってものがあるんだニャ……」


 そう言うと、コテツは溜息混じりに語り始めた。


 何でも、商人ギルドで働く子供達は望んでその立場にあるわけではないらしい。ほとんどが親からギルドに

預けられた子供達なのだそうだ。


 コテツも元々はヤパンの商人の下で働いていたらしいが、働く中で生命の危険を感じて逃げたとのこと。

 その後、森のコボルトとの邂逅を経て商人として独立できるに至ったらしいが……コテツも相当に苦労人のようだな。


 ちなみにコテツのような者は幸運に幸運が重なった例にしか過ぎず、多くの場合、逃げた者は野垂れ死ぬか、元の場所に出戻って一層ひどい扱いを受けることになるそうだ。

 それが分かっているから、誰も逃げたりせずにそのままこき使われる道を選ぶのだろう。


 しかし、親が何故、子供をそんな環境に置くのだろうか?


「あー……オイラの場合は口減らしニャ。他の連中もそんなのが多いんじゃないかニャ? 商人商人って言っても、金持ってる連中なんか少ないニャ。儲けたところでギルドに献上しないといけないしニャ」

「何だそりゃ、ギルドが腐ってんのか?」

「否定はしないニャ。所属してるオイラが言うのも何だけど、ギルドは抜けるとこから抜いていくニャ。店の権利だったり、仕入れだったり、人を雇うのにも金取られるニャ。他にもあった気がするけど、オイラに関係無いとこは忘れたニャ」


 おいおい、商人なのにそれで良いのかよ……。


 だけど、何となく見えた気がするな。所謂、既得権益ってやつか。

 富が商人ギルドに集中して、末端に行き渡らない。末端の商人が貧しければ、その皺寄せが子供達にまで及ぶ……と。こりゃ、ブラックどころの騒ぎじゃないな。

 

「えっと……話を戻すと、取らないといけない手続きってのは要するに金ニャ、金がいるニャ。オイラは自分の権利を自分で買ったニャ。あの子達の権利も金があればどうにかなるはずニャ」

「金って、まるで奴隷を買うみたいじゃねーか」

「……変わらないニャ。商人として普通にやってたらずっと奴隷のままニャ。あの子達には給金も無いし、今の状況を考えたら不憫で仕方無いニャ……」

「コテツ……」


 コテツは自分の幼い時のことを重ねているのかもしれない。

 それだけじゃないな。コテツは『人情家』なんて称号もあるのだ。純粋に放っとけないのだろう。

 勿論、俺も放っとけない。できることがあるならしてやりたい。


「で、コテツは俺に金を相談してどうするつもりだ? 知ってのとおり、俺は無一文だぞ」

「はぁ……絶対分かってて言ってるだろニャ。その気になれば、金なんていくらでも稼げるくせにニャ」

「ハハハ、でも稼ぐ算段はできんぞ? 必要なものは用意するけど、それを金に変えるのはコテツが考えてくれよ。俺としても、商人の卵が森に来てくれたら助かるしな」

「言っとくけど、こき使うのは禁止ニャ」

「分かってるって!」


 死ぬまで働くなんてさせるわけがないだろう。あんなものは体験しない方が良いに決まってる。

 前途ある子供達には特にな。

 


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