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第133話 その背にあるのは仲間の証


 さて、どうしたものか……。


 俺は今、一つの小屋の前で頭を抱えている。

 眷属達と別れた俺は、その足でサナティオにやって来た。ここサナティオは薬や服などの物品を調達する時に訪れる、コボルト達の作業場が林立する場所だ。

 用件は勿論必要な物の調達、すなわち新しい服を用立ててもらうために来たのだ。


 服なら『創造』で賄えば良いだけのことでもあるが、それはあくまで最後の手段。俺自身に定めた自分ルールでもある。そう簡単に破るぐらいなら定めたりしない。


 だが……今回ばかりは『創造』しようかという考えが頭を過った。


 何せ、作ってもらったばかりの服を一週間と経たずにボロ布に変えてしまったのだ。次の服くださーい、なんて気軽に言えるようなメンタルを俺は持っていない。

 しかし、それを隠したまま違う服を着て誤魔化すような面の皮の厚さも持っていなかった。


 傍から見ればどうでも良いような葛藤で悩むこと数分、意を決した俺は作業場の扉に手を掛けた。


「お、お邪魔しまーす……!」


 妙に上ずった声とともに作業場の中に入っていくと、中はいつもと変わらず、作業をするコボルト達が忙しなく動き回っている。

 そんな作業場であっても、扉が開けば必ず誰かが反応する。すぐ側で布を裁断していた作業員が俺に声を掛けてきた。


「これはマスター様、何か御用ですか?」

「あ、うん、ちょっとネルさんにね……」

「おや、マスター様じゃないか」


 そう広くない作業場だ。誰かが名前を出せば、それは当人の耳にすぐ入る。

 件のネルさんも、俺が名前を出したことでこちらに気が付いたらしく、手がけていた作業を中断して俺の方に歩いて来た。


 ……ただそれだけなのに、すごい迫力だ。 


「今日はどうしたんだい? それにその格好は?」

「ああうん、えっと……この格好は……」


 俺の今の格好は簡素な布の服、最初にもらった服を着ている。


 だって、それは仕方が無いだろう。俺が普段着ていたブラッドウルフの服も、数日前にもらったばかりのオウルベアの服も、その両方が先の連戦でズタボロになっている。

 元は仕立ての良い服であっても、見る影も無いほどにボロになってしまえば来て歩くことは憚られる。朝食の前には今の服に着替えて行動していた。


 その旨をネルさんに包み隠さず説明する。気休めにしかならないだろうが、前回の服のお礼も含めて。

 対するネルさんは俺の話で特段気を悪くする様子も無く、むしろ興味があるかのように頷きながら聞いていた。


 俺はてっきり、凄い剣幕で怒鳴りつけられると覚悟していたんだけどな。


「なるほどねぇ……マスター様は物を大事にしない人だったとは残念だよ」


 呆れるような溜息をつくネルさん、これはこれでショックだ……!


「そうじゃないって! 俺も必死だったから、服を守る余裕が無いだけで……!」

「あっはっは……冗談だよ! 体を守った代わりに服や防具が駄目になるなら、それが正しいあり方さね! それにちょうど良かったかもしれないしね。ほら、あれを」


 ちょうど良かった……とは?


 俺の疑問の答えは、作業員達の手の上にある。

 ネルさんの合図を受けた作業員は、作業場の奥から一着の服を持ってきた。大事に保管されていたのだろう。きれいに畳まれた、見るからに上質な材料を精巧な技術で加工した逸品だ。


「前に作ったオウルベアと同等の品なんだけどね、ちょいとデザインを変えてあるのさ」


 そう言うと、ネルさんは服を手に取り、俺に見えるように広げてくれた。

 それは確かに以前もらったオウルベア製のコートと形状は同じだが、その背中の部分には新しく刺繍が施されている。この模様は……。


「どうだい、見覚えあるだろう?」

「ある。あるに決まってるよ」


 円を描くように配置された淡い青、緑、紅に彩られた三色の花。その中心部には犬の横顔のシルエット。

 これは以前会議で決めた俺達のシンボルだ。

 シルエット部は俺がモデルとか言われて困ったものだが、こうして見ると意外と様になってるな。うん、悪くない。


 俺がまじまじとシンボルを見ていると、ネルさんはデザインを変えた経緯を話してくれた。


支援者(システム)様に、これから作る服や防具にはこれを付けて欲しいって頼まれたのさ」

支援者(システム)が?」

「何でも、人間の国と交流を持つには大事なことだって言ってたねぇ。あたしには分からないけど、マスター様には分かるかい?」


 服や防具にシンボルか……。


「一目で何処に所属しているか分かるようにするためだな。敵か味方の識別に使ったりもできる」

「へぇ……そうなんだね。だったら、これもそうなのかい?」


 ネルさんは一枚の布切れを手に取った。

 その布にも俺達のシンボルが刺繍されているようだ。大きさ的にはハンカチ……じゃないな。うーん……バンダナ……にしても大きいか。いや、もしかして――


「魔獣用のものかもな」

「魔獣用……ああ、なるほどねぇ」


 ネルさんもピンと来たようだ。


 布は厚手で見るからに丈夫、広げれば俺の胴体に巻き付けることもできるほど大きい。

 風呂敷なんかにも使えるだろうけど、シンボルがあることを考えれば魔獣……俺の眷属用というのが妥当な線だろう。


「これも支援者(システム)が?」

「そうさ、でも用途はマスター様に聞けって言うもんだからね。理由は分からないけど、取りあえず作ってみたのさ」


 支援者(システム)め、いなくなってもまだ俺を試すのか。

 他にもこういうことがありそうだな。


「ネルさん、この布はどのくらい作ってある?」

「まだ十枚も無いよ。具体的な数が決まりそうかい?」

「具体的とはいかないけど、七十枚ぐらいはいるかな? そのうちの二枚は特大サイズ」

「七十枚……分かった、用意させてもらうよ」


 魔獣用のシンボルなら、俺の眷属達に身に付けてもらった方が良いだろう。

 特にブラッドウルフは野生との違いを明確にしないといけないからな。

 ノアとコノアについては……難しい。野生のスライムと間違えようも無いし、今のままで大丈夫だろ、多分。


「じゃあそろそろ出て行ってもらえるかい? マスター様が来ると、皆の手が止まっちまうんでね。他に用事が無ければ、ほら行った行った!」

「お? わわわ……」


 強引に服を持たされ、半ば強制的に作業場の外へ押し出された。

 まあ、邪魔してるのは確かだし、それも致し方無し……か。


 ともあれ、怒られずに済んだし新しい服ももらえたのだ。こいつは重畳としておこう。



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