第14話 それぞれの気持ち
日が昇り、森に光が差し込みだした。
森の中は、うっすらと立ち籠める霧のせいで視界が悪い。
(ココ? どうする? 霧はそのうち晴れると思うし、そろそろ行くか?)
「そうですね。このぐらいなら大丈夫ですね。行きましょう」
ココは立ち籠める霧の中を迷いなく進んでいく。
俺は遅れないように、ココの後を付いて歩く。
この状況で置いて行かれたら、確実に迷ってしまうからな。
(あとどれぐらいで着きそうだ?)
「……うーん、そうですね。真っ直ぐ向かっているので、早ければ今日中に着くかもしれませんね」
(おっ! そりゃ良かった。森で一晩って、精神的に疲れるしな。体力は全然大丈夫なんだけど……)
「本当に大丈夫ですか? 結局、一晩中マスターさんが見張っててくれましたけど、休みたい時は言ってくださいね?」
(ああ、了解)
一晩一緒に過ごしたおかげか、ココは大分打ち解けてくれたみたいだ。
今朝も蟻の蜜が欲しそうだったので、ココの木の実と交換してもらったのだが……。
「ええっ? 口から出すんですか? もしかして、昨日も?」
(昨日は違うって、あれはちゃんと置いてあったやつだ。今はこうやって口から出すしかないから、やってるだけだって)
「ええ……。見なきゃ良かったかも……」
(じゃあ、いらんな? 腹から出してるわけじゃないから、汚くないんだけどな……)
「あっ、待ってください。汚くないんですよね? じゃあ、もらいます」
(現金な奴だな……)
……という、やり取りもあったのだ。
ココから貰った木の実は正直不味い。
グリの実とか言う名前で、見た目は巨大などんぐりだ。
齧ると口一杯に渋みが広がり、鼻の奥に古くなった木のような香りが残る。
ココは平気な顔をして齧っていた。こいつの味覚は大丈夫か?
聞いてみると、コボルトは割と普通にこの実を食べるらしく、そこまで不味く感じないそうだ。
コボルトには悪いが可哀想になってきた。
助けることを前向きに検討しても良いかもしれない。
……
日が真上に昇る頃には、霧は完全に晴れていた。
俺も森を進むことに慣れてきた。
今では、ココと世間話をしながら歩いている。
(ココと一緒に食べ物を探していた奴ら、無事かな?)
「無事、だと良いですけど……」
(あの狼……ブラッドウルフなんだけど、森によく出るのか?)
「いえ……初めて見ました。狼の話は聞いたことがあったんです。巨大な犬のような魔獣がいるって。でも、その狼はもっと森の奥にしかいない、って聞いてたんですけど……」
(森の異変、か……)
「コボルト……いえ、私達はどうすれば良いんでしょうか……?」
(おいおい、昨日会ったばっかりの俺に聞くなよ。リーダーみたいな人がいるんだろ? そういう人が考えるって)
「そう、ですよね」
ココは不安そうだ。
昨日は食料のことで頭が一杯だったが、余裕ができれば他の現実を直視してしまうのだろう。
他人事とはいえ、考えても仕方がない。
(とにかく、一旦戻ることが先決だな。腹が多少でも満たされれば、良い案が出るかもしれないし)
「そうですよね。今、考えても仕方ないですね」
うん、少しは気が楽になったかな。
その後も俺達は問題無く森を進む。
道中、魔獣に遭遇することもあったが、大した魔獣には遭っていない。
ココの予想どおり、日が落ちる前にはコボルトの住む場所に着くことができた。
……正直、驚いた。
村、とまではいかなくとも集落ぐらいはあると思っていたのだが……何も無かった。
ただ、人が集まっていただけなのだ。
森の少し開けた場所に巨大な岩が一つ、建物のようなものは存在しない。
その岩の周辺で身を寄せ合うようにして、コボルト達は座り込んでいる。
ココは五十人と言っていたが、食料を探しに出ているのか、それより少なく見える。
周りの警戒でもしていたのだろう、一人のコボルトがこっちに気付いて近付いてくる。
「ココ! 無事だったのか!」
「ペス! そっちも無事みたいで良かった」
どうやら、ココが囮になって逃した友人らしい。
ペスはココと違って顔がブルドックみたいだ。コボルトでも犬種が違うんだな……。
周りを見ると、様々な犬の顔をしたコボルトがココとペスのやり取りを眺めている。
「ところでココ、戻ってくる間に犬を捕まえたんだな」
犬? あっ、俺のことか。ペスがこっち見てるし。
「皆で分けるには小さいけど、お前の手柄だもんな。せめて、子供達には分けてやれよ」
ん? 分ける? 何を?
「ペス! 違うよ! この方を食べたりしないから!」
食べる? ……俺をか! こいつ、俺を食べる気か!
「この方はマスターさん、見た目は犬だけど、凄い力の持ち主なんだから……怒らせたりしないでよ」
「何言ってんだ? 犬だぞ? 外で捕まえた犬に情が移ったのか?」
ココがこっちを頻りに気にしてる。俺が怒り出すか、心配しているようだ。
大丈夫だって。ペスの気持ちは分かるし、面白いから続けて。
顔には出てないが俺がニヤニヤしていると、ココは諦めて助け舟を求めてきた。
「マスターさん! 黙っていないで、何とか言ってください!」
「ココ? お前、大丈夫か?」
そろそろココが気の毒だな。
(すまん、すまん、ちょっと悪ふざけが過ぎたかな)
「もう……からかわないでください」
「ココ、この声は何処から聞こえてるんだ……?」
案の上、ペスは困惑しているようだ。
折角だし、この場にいる皆に自己紹介しておくとするか。
(俺の名はマスター。見た目は犬だが、ただの犬と思うなよ?)
「は? この声は、この犬が?」
ペスは驚きを隠せないようだ。口を空けたまま、こちらを見ている。
遠目で見ていたコボルト達も理解できていないらしく、周囲の視線がこちらに集中している。
ココは勿論、動じていない。
「マスターさん、長に会ってもらえますか?」
(長って、代表者か? ……そうだな、いきなり俺が食料を渡すって言っても混乱するだけかもな)
ココが先導しようと歩き出したところで、一人のコボルトがこっちに向かって来るのが見えた。
「あっ、マスターさん、あの人が長です」
その人物は他のコボルトよりも一回り大きく、がっしりとした体躯の持ち主だ。
顔はシェパードそっくりで、知性の高さが窺えた。
名称:マックス
称号:狗頭人・リーダー
種族:魔人・獣人、狗頭人
生命力:57 筋力:49 体力:53 魔力:40 知性:76 敏捷:51 器用:62
スキル:方向感覚、剣術、統率、夜目、精神耐性
「ココ、魔獣に襲われたと聞いていたが無事で何よりだ。……今の不思議な声はそちらの犬が?」
「はい、こちらのマスターさんが、頭の中に直接話し掛けています。」
(どうも、俺はマスター。信じられないかもしれないが、ココの言ったとおりだ)
流石にコボルトの長だけあって、微塵も動じていない。
「私はマックス。ここにいるコボルト達の纏め役をしている。貴方のような方が、ここにどういった用件で?」
(ん? ココに食料を分ける約束をしたから直接来たんだ。それより、俺のような方ってのは?)
「……貴方は犬の姿をしているが、本当は別の種族なのでは?」
何だ? 何か分かるのか?
(……どういうことだ?)
「頭の中に直接言葉を送ることができるのは、上位の存在ぐらいだと聞いたことがある。それに、貴方からは不思議な力を感じる。魔獣では無い、聖獣か、あるいは別の種族か……。不快に感じたのなら謝罪する。」
うーん……『思念波』って結構凄いスキルだったんだな。便利だ、ぐらいしか考えてなかった。
「それと、ココと約束とは?」
マックスはココを一瞥すると、ココは察したのだろう、事の経緯を話し始めた。
「……なるほど、ココの命を救っただけでなく我々に食料を分けてくれる、と」
(ああ、十分な量かは分からんが、出せる分は出しても良い)
「では、我々は貴方に何を差し出せばよろしいのか?」
(ん? 何をって……何の話だ? 何もいらんぞ)
「……貴方のような上位の存在が、我々のような劣等種族に無償の施しを与えるとは考えられないのだ。我々は同じ獣人からも、手を差し伸べられることもないというのに……」
……思ってたよりも、コボルトの扱いは酷いようだ。
誰からも助けてもらえず生きてきたのだろう、ただの好意であっても警戒してしまうようだ。
マックスの話を聞いて、ココや他のコボルト達も黙って俯いてしまっている。
だが、マックスは勘違いをしている。
(さっきから、俺を上位の存在とか言ってるけど、俺自身、自分が何者かよく分かってないんだぞ? 俺は自分が、その上位の存在だとか思ってないし、どうでもいい。それよりも、自分がそうしたいって思ったことをするだけだ)
「しかし、貴方の役割を果たさなければならないはず。貴方は何らかの存在意義があって、生を受けたのでは?」
うおお……マックス、頭固いな。俺が良いって言ってるのに。
俺だって、コボルトがつまらん奴らだったら、適当に相手して帰るつもりだったけど、そんなつもりはなくなったんだ。
食料どころじゃない、住む所すら無いじゃないか。
挙げ句に他の獣人からも助けてもらえないって、どれだけ世界はコボルトに冷たいんだ。
俺がちょっと優しくするぐらい良いだろう。
俺の役割だって、俺が知りたいぐらいだ。
……俺がこの世界に生まれた理由、か。
(マックス、お前は俺に役割を果たせって言うけど、俺にも自分の役割なんか知らないんだ。俺も生まれた時に自分に何か役割があるはずと悩んだけど、俺の相棒が言ってくれた。『貴方の命は貴方だけのもの。何を願い、何を為すかは心のままに。貴方の歩む道に、幸多からんことを』ってな。だから、俺は自分のしたいことをする。俺の心の思うままに生きるんだ)
〈……が強化されました〉
? 今、支援者が何か言った?
「マスター……殿、それでは本当に貴方は、無償で我々に救いの手を差し伸べてくれると?」
(ああ、信じてくれて良い)