第131話 お手本
「おはようございます!」
「んあ? ……ああ、おはよう」
意識を戻すと同時に、タイミング良くノアの挨拶で迎えられた。
……タイミング良くじゃあ無いだろうな。ノアのことだ。俺の前でずっと待っていたかもしれない。
「俺って、どれぐらいの時間こうしてた?」
「一晩です。会議が終わった後、ボクが来た時にはマスターは眠ってました」
俺は会議室にある椅子に座ったまま、意識を核に移していた。
端から見れば眠っているように見えるだろう。
実際は寝ずに作業してたんだけど、訂正する必要も無いことだ。
俺は体をほぐすように伸びをしながら、ノアに一つ頼みごとをした。
「朝食の後、俺の眷属を集めてくれ」
……
仕事の後の飯は美味い。
っていうか、晩飯も抜いていたんだ。そりゃ美味いわな。
さて……。
「マスター、ご命令どおり眷属が揃っています!」
「あ、ありがとうな」
命令か……そこまで仰々しいつもりはなかったけど、俺の言葉に対する重みの温度差はいまだに拭えない。
ダンジョン区画に集まった眷属達は、ズラリと整列して俺の言葉を待っている。その表情は真剣そのものだ。
ノア、キバ、ビークを始め、コノア達やブラッドウルフであるコウガ達、アーキィとランディもいる。ホーンラビットのラビとビビについては、ビビの体調を鑑みて呼んでいない。
その眷属のほとんどが今、俺一人に視線を向けているわけだが……。
「増えてるよな?」
明らかに多い、ブラッドウルフが。
ざっと五十以上いるぞ。
「マスター覚えてないんスか? 餌付けしてたのマスターッスよ?」
ビークに言われて思い出した。
俺はカラカルに旅立つ前に、ダンジョンに侵入したブラッドウルフに餌付けをしていたのだ。
うーん……最後に餌を与えた時は何体だったかな……。
どう考えても、ここまで多くなかったはずだ。
「ビークの言葉に惑わされてはいけません。マスターが旅立った後、ビークも餌付けをしていました。ここにいる者の大半はビークの手によるものです」
「あわわ……それ言っちゃ駄目ッスよ!」
「お前なぁ……」
どさくさに紛れて人のせいにするとは、呆れてものも言えんわ!
……元はと言えば俺が始めたことだけど。
「でも、何でここに集めたんだ? こういうのも何だけど、眷属じゃないし」
俺の言葉を理解してか、集まったブラッドウルフ達がしょんぼりしてしまった。ちょっと胸が痛む。
そんな俺の問いにキバが答えてくれた。
「この者達はマスターに忠誠を誓うと集まった者達です。まだ日は浅いですが、訓練もさせております」
「訓練?」
「御覧に見せましょう、ルズ!」
ルズはコウガのうちの一体、凛とした顔付きと細やかな毛並みが美しいブラッドウルフだ。キバの副官的な役割を担っている。
キバに呼ばれたルズは列の前に出て、ブラッドウルフ達へと向き直す。
そのまま大きく息を吸ったかと思うと――
「気をつけぇぇ!!」
――ビッシィ!
擬音で言うと、まさにそれだ。
ルズの号令でブラッドウルフ達は一斉に居を正している。
正したと言っても、狼なので背筋を伸ばして顔は正面、足を真っ直ぐにして立っているだけだが、それでも全員が整然と佇む姿は見事なものだ。
……ルズの声にビクッとなった俺とは大違いだな。
「まだこれからです」
キバの言葉に続いて、ルズはさらに号令を掛ける。
「その場に……伏せっ!!」
今度は一斉に低い姿勢をとっている。
号令の意味を理解してるということが一目瞭然だ。
「まだ集団での移動については練度が不足していますが、これからの訓練で必ずや――」
「凄いぞ! まさか、こんな訓練してるなんてな!」
驚きよりも感動に近いものがある。
俺の称賛も理解しているのだろう。ブラッドウルフ達も嬉しそうに尻尾だけが動いている。顔は真剣なままだが……そこも含めて、よく訓練されているということだ。
「休め!」
ルズの号令でブラッドウルフ達は元の姿勢へと戻った。
号令を出し終えたルズは、俺の方に顔を向けている。
「コボルトとトードマンとともに行動する訓練も実施しています。万が一、牙を向けようものなら……分かっているだろうな!」
ルズに睨まれたブラッドウルフ達は一斉に身を縮こまらせた。
俺の方からは見えないが、よほど恐ろしい目をしているのだろう。その表情には畏怖の念が込められている。
「訓練はルズが担当しているのか?」
「はい、私が責任を持って訓練しています。必要とあれば、さらに厳しく躾けますが」
「いいよ、今のままで十分だから! これからも頼む、無理の無い範囲で」
思ってたよりも、ルズって怖いかもしれない。
だが、こういう役割を与えることも大事だろう。今回集めた理由の一つがそれでもあるしな。
ブラッドウルフの件を容認した俺は、改めて眷属達に正対した。
「大分話が逸れたけど、今日集まってもらったのは昨日起きたことについて説明するためだ」
ダンジョン視察から始まり、支援者がいなくなるまで……。
俺がいつもどおりということもあってか、眷属達も多少の動揺で済んでいた。
支援者のことも大事だが、他にも大事なことがある。
「今の話の中ではさらりとしか触れてないけど……ビーク、前に出ろ」
「えっ? 自分スか?」
「お前が初めて成功させたんだからな。分かるだろ?」
「あー……そうッスね」
頭を掻きながら前に出てくるビーク。面倒臭そうな態度に免じて、自分で説明させてやろう。
「説明ッスか? うーん……仕方無いッスね」
意外とすんなり引き受けたと思ったら、ビークは目を閉じて黙り込んでしまった。「どうした?」と言おうとしたところで、ビークは動き出す。
「じゃあ、見てるッスよ!」
「お前、実践するのか!?」
「一回見た方がイメージできるッスから! ぬおお……!!」
俺が問い掛けた時には、既に光が集まり出していた。
その光景を、固唾を飲んで見守る眷属達。一度見ていてる俺でも、思わず見入ってしまう。
……どうやら、前回よりも光の流れがスムーズなようだ。
ビークのやつ、たった一回でコツを掴んだのか?
「これが自力での進化ッスよ!」
放たれる閃光とともにビークが叫ぶ。
収束する光の中に現れたのは進化したビーク。翼を携えたヴェズルフェルニルの姿だ。
セリフとポーズが決まっていて、不覚にも格好良いと思ってしまった俺がいる。
だが、この姿を初めて目にする者には不覚も何も無い。純粋に驚き、それが次第に興奮へと変わっていく。
皆は一様に、熱い視線をビークに注いでいた。
その眼差しに答えるように、ビークは口を開く。
「見てのとおり、自分は進化したッス。だけど、この進化は不完全なもので、マスターの力があってできる一時的なものッス。その証拠に……」
ビークの体から光が霧散した!
中心部には、オウルベアの姿をしたビークが佇んでいる。
「集中が切れれば、元に戻るッス」
俺の目には、自力で解いたようにも見えたが……。
ともあれ、ビークは説明を続けている。
「完全な進化は、自分の中にある力を使わないといけないッス。そのためには、よく食べてよく寝るッス。そんで、自分のなりたいものを強くイメージすることが大事ッス! 時間を掛けても良いッス。大きい自分、力が強い自分、速く動く自分を……強く、強く願うッス!」
熱く語るビーク。その熱が伝播するかのように、他の眷属達も興奮が伝わっていく。
進化の可能性が提示された後に方法まで示されたのだ。これに歓喜しないやつはいないだろう。しかし……。
本当にそうなのか……?
だけど、進化した本人が言うんだし……うーむ……。
そんな俺の考えをよそに、眷属達は歓声を上げている。
これは下手なことを言って期待を裏切るわけにもいかない。
ただ……確認はしておこう。
(それは本当のことか?)
『思念波』でこっそり問い質した。
(ずっと考えてた理論の一つッス。自分達はマスターの力、次元力の恩恵で食べなくても大丈夫な体ッス。なら、食べた分のエネルギーを自分の中に溜めれるんじゃないかって考えたッス。それを進化に使えれば……いいや、使えるッス!)
(そうか……そうだよな)
信じる、願う、イメージする……それを形にするのが俺の力、次元力だ。ビークの言うことは理に叶っている。
(分かった、お前を信じるよ。だから有言実行だ。自力の進化も、お前が最初にやってみせろ!)
(望むところッスよ!)
皆が興奮からの歓喜に震えている中で、俺とビークだけが別の思いに胸を熱くさせていた。