第130話 さっそくの穴埋め
支援者がいなくなった後、俺に試練が訪れた。
眷属を引き連れてダンジョンを出る。
格好付けているが、その実は単に食事に出ようとしただけだ。外はすっかり日が落ちているので、夕食の席で支援者の件を説明しようと考えていたのだが……それどころではなかった。
突如として真っ暗になるダンジョン内部。それもそのはず、ダンジョンの管理は支援者に丸投げだったのだ。
光源の調整、空調の管理等々……。
正直、何を任せていたのか把握していない。
優秀な人材が突然いなくなった組織……に近いかもしれない。とどのつまり、他人に任せっぱなしのツケが回ってきたということだ。
こうなってしまうと俺は食事どころではない。ダンジョン内部を確認して回るという何とも情けない状況に陥っていた。
……我ながら幸先が不安だな。
……
「――以上が今回のあらましだ」
一頻り確認を終えた後、俺は急遽会議を開くことにした。
議題内容は勿論、支援者の件について。
参加者はというと、コボルトからマックスとソフィ、トードマンからフロゲルという最小限の人数での会議だ。食事を終えた後を見計らって参加を呼び掛けた。残念ながら、俺は飯抜きでの参加である。
「つまり、支援者殿は私用でマスター様の下を離れた、と……」
支援者が消えた、というと余計な心配を掛けてしまうかもしれない。そう考えた俺は、一時的に離れたという説明に置き換えている。
いつになるかは分からないが、支援者は必ず戻ってくる。ならば、そういう表現で差し支えないだろう。マックスとソフィは俺の言葉をすんなり受け入れてくれた。
ただ、やはりというか流石に『万能感知』は欺けない。フロゲルには何やら感付かれているようだ。察してくれているのか、突っ込んで来ないようだが……。
(私用ね……。まあ、ええわ。んで、アレはどうするんや?)
「アレ?」
アレ……アレ……ああ、アレか!
「『希望』のことか?」
(忘れたわけちゃうんやな。お前は支援者さんおらんで、どうするつもりなんや?)
どうするも何も――
「俺が『解析』を進める」
(……ほう)
フロゲルは口の端を上げ、ニヤリと笑った。
(ええ顔やな。一皮剥けたか)
そうか? 顔と言われても、俺にはピンと来ない。
鏡の無い生活だし、そもそも自分の顔に興味も無い。
だが、フロゲルの言葉を肯定するように、ソフィとマックスも微笑みながら頷いている。
「マスター様、支援者殿の件は了承しました。部族の者には我々から説明させて頂きます」
「ああ、頼むよ」
「マスター様も無理なさらずに、我々を頼られてください」
「えっ? あ、ああ……」
これはソフィとマックスにも感付かれてるようだ。
……さて、取りあえずの理解を得られれば会議は解散だ。
三人が部屋を出たところで、俺は次の行動に取り掛かる。
フロゲルに言った手前、やらないわけにはいかない。
俺だけで『希望』の『解析』を始めるのだ。
……
俺は意識を核へと移している。
視界にあるのは『希望』を構成する情報のみ。元々何も無い真っ白な空間だが、その大部分を占める大きさの黒い塊が鎮座していた。
『希望』が黒いわけじゃない。情報の密度が高過ぎて黒い球体にしか見えないのだ。
巨大で密度の高い補助核と例えることもできそうだが、情報の構成が魔法陣のようなものなのかは分からない。見たところ隙間のようなものも見当たらないしな。
しかし、これであっても『希望』の欠片でしかないのだ。
一度に全部を『分解』してしまうと、あまりの情報量に俺がパンクする可能性がある。
俺に負担がかからない程度の量だけを『分解』した。
しかし……『解析』すると意気込んでみたものの、こうも巨大だと何処から手を付けて良いのか分からない。
今度ばかりは頼る相手もいない……が、悩んでいても仕方が無い。まずは試しに情報を抜き取ってみようか。
俺は適当に球体の一部分を引っ張って……抜けた。
なら、次は抜いた部分の情報を『解析』してみよう。
……なるほど。量に物怖じしてしまうが、構成は補助核に似ている。
だけじゃないな。スキルの情報とも大差ない。
やはりこの世界の情報というものは、根っこの部分まで遡ると同じもので構成されているようだ。
原子や分子なんかと考え方は同じかもな。……目の前の情報は本当に文字みたいなものだけど。
さぁて、それじゃあ片っ端から削り取って分別してみるか。作業していくうちに見えるものもあるだろう。
……
それから俺は、抜き取った情報をひたすら『解析』して選別していく……。
終わりなんて見えない。
視界内にあるものも『希望』の一部でしかないのに、俺の作業はそれを少しずつ削り取るという『塵も積もれば』の真逆、山を削って塵に還すという途方もない苦行をただ一人で行っている。
削り取った情報も、現時点では何の意味を持っているのかも分からない。
もしかして、この表面を構成する部分に意味は無いのか? なんて考えも頭を過るが、どちらにせよやるしかない。俺はひたすら削る……。
……
単純作業だと、つい色々と考えてしまう。
支援者はこの塊から補助核の情報を見つけたんだよな……。
補助核か……。
……
ん? 待てよ? わざわざ俺がやらなくてもいけるんじゃないか?
俺は閃いたことを即座に実行、それが成功したことを確認した。
端的に言うと、補助核の『自動演算』で適当に『分解』させる。それだけのことだ。
これは単純作業、そこに複雑な思考は必要無い。
分別も現段階では何となくで問題無い。細かい『解析』も後で纏めて行えば構わないだろう。
うーむ……もっと早く気が付けば良かった。
支援者はこれを鑑みて補助核の『創造』を提案したのかもしれない。
いや、自分がいなくても大丈夫なようにするための代替え案だったのか?
……いかんな。ついついしんみりしてしまう。
ともあれ、後は補助核が自動で処理してくれる。俺は定期的に進捗を確かめるだけで十分だな。
さて、いつまでも『希望』の『解析』に付きっきりになっていられない。
ここでは時間の感覚がおかしいからな。まさか何日も経ってないと思うけど……ちょっと心配だ。
俺は意識を『化身』へと切り替えた。
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