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幕間 ―キバ編 砕けぬ誇り―


 我等が課した難関を乗り越え、主は歩き出す。

 小さくも広い背を追い、我も歩く。


 そこに近付く影が一つ。身を屈めるようにして我に向かって耳打ちする。


「さっきのは響いたッスよ」


 影の正体はビーク、我と同じくマスターの眷属だ。

 そのビークが言う『さっきの』とは、我がビークに向かって発した言葉のことだろう。


 『貴様もマスターの眷属ならば、与えられた力を自分のものにしてみせろ』


 響くのも無理はない。我も貴様に言われた時は胸に響いたものだ。

 だからこそ、我も言ったのだ。貴様にもらったものを少しでも返せるものならばとな……。


 ……


 …………


「貴様には眷属としての自覚は無いのか!?」


 マスターのダンジョンに響く我の怒声。

 普段は抑えていたものの、その日はいつになくビークの態度が鼻に付いていた。


「マスターが不在である今、我等が決意を新たに留守を守ると誓わずしてどうする!?」


 マスターは旅立たれている。 

 夜間は休息のために戻られるが、日中は不在。なればこそ、マスターの御体でもあるこのダンジョンを命に代えても守り抜くのが眷属というもの。それにも関わらず、こやつは……。


「いやぁ……自分がいなくても問題無さそうッスから。アーキィとランディもいることだし」

「えっ? いや、まぁ……」

「むぅ……」


 自分の責務を他人に押し付けて、自身はフラフラと何処かに出ていくばかり。こやつの頭の中は一体、どうなっていると言うのだ……!


「キバは固いんスよ。もっと肩の力抜かないと、大事な時に失敗するッス」

「我は常に神経を張り巡らせているのだ。たわけたことを抜かす貴様とは違う……!」


 いつもならここでノアが間に入って諍いを止めるのが常であった。しかしながら、ノアはマスターとともに旅に出ている。その時の我とビークの間には割って入る者は誰もいない。

 アーキィとランディが視界内で狼狽えていることは分かっていたが、頭に血が上っている我にはどうでも良いことだ。ビークを戒める……そのことだけに我の意識は向けられていた。


「そもそも、貴様にはマスターに対する敬意が足りぬ! へらへらとした態度は不快極まりないのだ!」

「そんなこと言われても困るッス。マスターから直接言われれば考えるッスけど、言われないうちはこのままッスよ」


 我の言葉に肩を竦めるビーク。

 その「やれやれ」といった態度が癪に触るというのだ!


「ちょ、牙剥き出して唸るのは駄目ッスよ。コボルトやトードマンの皆に見られたらまずいッス。アーキィ、ランディ、ちょっと……」


 アーキィとランディがビークの合図で通路へ向かう。


 心配など必要無いだろう。この部屋はマスターの定めたダンジョン区画、時間帯によっては人の出入りは無い。今がその時間帯なのだ。

 しかし、人の出入りを気にするということは、こいつもそのつもりということか。


「貴様もやる気ならちょうど良い。その根性、今こそ叩き直してくれるわ!」

「そういうつもりじゃないッスけど……仕方無いッスね。分かったッス……行くぞオラァ!」


 気合いとともに放たれる『威圧』。


 ククク……そうこなくては……!


「ガルァ!」


 咆哮とともに、我はビークに飛びかかった。


 ……


「どうッスか?」

「な、何故だ……? 何故、歯が立たぬ……!?」


 地に伏しているのはビークではなく、我の方だった。


 さほどの時間も掛けずに付いた決着。我は全力で挑んだ。

 鈍重な動きのビークでは、我の動きを捉えられぬはず。それにも関わらず、こやつは的確に攻撃をいなし、反撃を繰り出してきた。


 その反撃のどれもが掌での打撃。爪は一切使っていない。

 それどころか、スキルを使う気配すらない。……我は手加減されていた。


 実力の差? ……馬鹿な! 

 我はオウルベアと戦ってから進化も遂げている。ビークがマスターの『創造』したオウルベアとはいえ、ここまで強いはずがない……!


「キバは何で本気で来ないッスか?」

「ぐ……本気だと……?」


 顔を上げると、見下ろすビークと目が合った。

 その目には勝者の驕りなど微塵も無く、むしろ我を案ずる眼差しを向けている。


 何故にこやつはこのような目をしているのだ……。


「あー……そう言えば、キバは暴走したことがあるんだったッスね。それでッスか……」

「何がだ……?」

「何て言うんスか……怖がってるって言うんスかね?」

「ぬぅ……」


 我が怖がっている……だと?


「次に暴走したら……って考えて、本気出せないんスかね。うーん……」


 我はビークの言葉に覚えがある。

 確かに我は自身のスキルである『身体狂化』を使うことを戸惑っている。


 これを使えばどうなるのか自分でも分からない。制御できる保証が無いのだ。

 以前自分が暴走した時の記憶……マスターの困惑する目を思い出せば、スキルを使うことなどできるはずがない。


「キバは自分に自信が無いんスね」

「貴様……何が言いたい?」


 ビークは大きく息を吸い込むと、我の目を見て口を開いた。


「キバは自分を誤魔化してるんスよ。マスターの眷属って、本当は自分に対して言ってるんスね。あるべき自分の姿を思い浮かべて、それになるように無理をして……それじゃあ駄目ッス。キバの言うマスターの眷属なら……与えてもらった力を使いこなすぐらいしてみせないと、マスターの眷属は務まらんッスよ」


 与えてもらった力を使いこなす……。


「我にできると思うのか……?」

「それは自分で決めることッス。やばいと思ったら自分がぶん殴ってでも止めてやるから、やりたいようにやってみるッスよ!」

「……良いだろう」


 貴様の言うとおりだ。マスターの眷属たる者――


「与えられた力を使いこなせずして、何が眷属か!」


 我はスキル『身体狂化』を解放した。

 以前とはまた違う。体の奥底から力が湧き上がるような感覚……!


 くっ……扱いきれん……意識が……。


「これはマスターやノアじゃ、手に負えんッスね……さて、いっちょやるか!!」


 それから後のことはよく覚えていない。

 気が付けば、傷だらけのビークが再び我を見下ろしていた。


 どうやら、『身体狂化』をもってしても我はビークに負けたようだ。


 いつまでも心配気に見てくるビークに、我は思い付くままの言葉を投げかけた。


「どうだった……?」


 何のことか分からなかったのだろう。一瞬だけビークは怪訝な顔をしたが、すぐに答えは返ってきた。


「強かったッス。本気出さないと、やばかったッスよ」


 強かった、か……。


「ああ、それと分かったこともあるッス」

「む?」

「自分の『筋肥大』もそうなんスけど、スキルを一気に解放するからまずいことになるんスよ。そこは微調整ッス」

「なるほどな……。しかし――」

「しかしもかかしも無いッス。できないなら何度でも練習するッスよ。マスターなんか大概失敗してるッスけど、へこたれんじゃないッスか。すぐへこたれるやつも眷属失格ッスよ!」


 言葉も無い。

 我よりもビークの方が、よほどマスターの眷属らしいことを言う。


「ククク……」

「どうしたッスか?」

「いや、貴様もマスターの眷属と思っただけだ。……ビーク、頼みがある」

「おっ、特訓スか? 良いッスね。付き合うッスよ!」


 言うまでもないか。


「ならば付き合ってもらうとしよう。今度は貴様が地に伏すようにな」

「それが人にものを頼む態度ッスか? まあ、良いッスけど。後はキバの精神面を鍛えられたら良いんスけどね……」

「貴様……我の精神が弱いと言うのか?」

「ほら、そうやってすぐ怒る。何事も自然体、心にゆとりを持つことが大事なんスよ。それと思い詰めないことッス。まあ、自分が受け止めてやるから、やばいと思ったら自分にぶつかってきたら良いッスよ」

「ぬかせ、この力を我が物にした時に同じセリフが言えると思うな」

「減らず口が言えるなら、もう大丈夫ッスね。そんじゃあ、マスターが帰ってくる前に片付けるッスよ。こんなことしてたのがバレたら洒落にならんッス!」


 何事も無かったようにせかせかと動き回るビーク。その背中は大きく、不覚にも頼りに感じてしまう我がいた。


 それからというもの、ビーク相手にスキルを訓練する日が続いた。


 暴走後の懸念さえ無くなれば遠慮する必要は無い。我はスキルを制御する糸口を掴むために、何度も『身体狂化』を繰り返す。

 その日々の中で我が見出だした結論。それが『身体強化』に止めたスキルの解放だった。


 幸いにも、マスターに訪れた窮地までに間に合った。

 我の力がマスターの助けとなることができたのだ。


 しかし、その心が我に慢心を与えたのかもしれぬ。


 支援者(システム)の頼みを受けてのマスターとの手合わせ。我であれば、マスターのさらなる力を引き出すことも可能と信じて疑わなかった。


 その結果は……あまりにもひどいものだ。


 いとも容易くマスターに完敗しただけに留まらず、あまつさえ『身体狂化』を限界以上に解放してしまう有様。

 それであっても、マスターは我を見捨てることはしなかった。


 垣間見た夢の中での朧気なマスターの記憶。覚えていることはほとんど無い。

 だが、マスターが……主が我を受け入れてくれていることだけは、はっきりと覚えている。

 それは忘れることは無いだろう。忘れてはならないものなのだ。

 

 我の中に芽吹いた『何か』が告げる。


 隣には受け止めてくれる友がいる。前には導いてくれる主がいる。

 その存在がある限り、我の誇りは二度と砕けぬ……!



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