第129話 支援者の話を
目覚めた俺が最初に目にしたのは、ビークと戦った部屋の天井。そして、俺の顔を覗き込むノア、キバ、コノア達だ。
俺はノアに上半身を支えられるようにして横たわっていたらしく、正面にはキバの顔が構えている。キバは俺が目を覚ましたことに気が付き、声を掛けてきた。
「マスター! 目覚められましたか!」
「む……ビークは?」
俺の視界内にビークはいない。
まさか、さっきの空間に置いてきたってわけじゃないよな……?
「ここにいるッスよ」
なんだ、キバの体に隠れて見えていなかっただけか。
体を起こした俺は、ビークの無事を確認するが……。
「お前、進化は?」
「起きたら元に戻ってたッス。まだ完全じゃないみたいッスね」
ビークは進化前のオウルベアの姿に戻っていた。
最後の攻防で負った傷が見当たらないのは幸いだが、進化前に戻るとは……。
「大丈夫ッス! コツは掴んだんで、またやってみるッスよ。繰り返してるうちに、馴染むと思うッス!」
そういうものか?
ともあれ、ビークも無事なら一件落着……じゃなかったな。
俺はノアとキバの方に向き直す。
「ノア、キバ……二人は支援者のこと、知ってたんだな?」
俺の問いに対し、二人は沈黙した。
別に責めるつもりは無いが、聞いておきたかったのだ。
俺がいないところで支援者とどんなことを話していたのかを。
二人は俺の質問の意図を履き違えているのか、押し黙ったまま数分ほどの時間が流れていた。
ビークとコノアもこの空気には入ってこれないようだ。じっと動かず、こちらの様子を窺っている。
そんな沈黙の中、口火を切ったのはノアだ。
「はい、知ってました」
「そうか。キバもだろ?」
「は、はっ……」
キバは見ていて気の毒なほど、しょんぼりしている。
精神世界にお邪魔した俺としては、小さいキバを思い出してしまって何だか可哀想だ。
「マスター、支援者さんはやっぱりもういないんですね」
「ああ、今さっきな。それよりも聞かせてくれないか?」
「支援者さんのこと……ですか?」
「そうだ。俺の知らないところで、皆があいつとどんなやり取りしていたのかを教えてもらいたいんだ」
「分かりました」
それからノアは、俺の知らない支援者の一面について話してくれた。
どうやら支援者は、補助核の『創造』直後からノアとは頻繁にやり取りをしていたらしい。
ノアは支援者に知恵を借りて、支援者はノアにダンジョンの外での雑務を頼んで、お互いを補っていたということだ。
「平原でマスターに用意したお茶も、支援者さんに力添えしてもらって作ったものなんです。出来上がった時に、体が無い自分の代わってボクにマスターへ振る舞って欲しいって言ってました」
「あのお茶が? ……そうだったのか」
カラカルへ移動している間に飲んでたグラーティアのお茶。深くは気にしてなかったけど、そういう経緯があったんだな。
「そんな中で支援者さんに頼まれたんです。いつかマスターと戦う場を用意するから、全力で戦って欲しいって。それと……支援者さんがいなくなった後は、マスターが変なことしないか心配だから側で見ていて欲しいとも」
「何だそりゃ。それじゃあ、俺がいつも変なことしてるみたいじゃないか」
あいつは母親か。……まあ、そんなところあったよな。
「マスター、次は我から……」
「ああ、頼む」
ノアが話をしたおかげで話しやすくなったのだろう、キバがノアの後に続いて名乗りを上げた。
キバはノアとは違って、支援者と接する機会が多くはなかったようだ。
よくよく考えると、キバはダンジョンの外にいることの方が多い。俺の用事に付き合ってもらうことが多いので、仕方無いと言えばそれだけだが。
そんなキバは、カラカルでの騒動直後に支援者から今回の話があったそうだ。
「我にマスターの真の力を引き出してもらいたいと頼まれました。消え行く者の最後の願い、それが叶わなければ無念のうちに消えてしまうと。そして……」
「そして?」
「ノアは見事にマスターの力を引き出したことを告げられました。なればこそ、我はマスターに全力を出してもらわなければなりませんでした。魔窟の時のように未知の力を発揮して頂くほどに……!」
支援者め……煽り過ぎだ。
キバの場合、ノアができたなら自分もできなければとプレッシャーになることは目に見えている。その結果が暴走だ。
自分の不甲斐無さと必要とされてないという不安に襲われて、『身体狂化』を解放してしまった。
しかし、それは俺にも責任はある。キバの心情を無視して放置していたという責任が……。
「キバ、お前はその……精神世界のことは覚えてるのか?」
「精神世界……ですか?」
キバは見るからにキョトンとした顔でこちらを見ている。
ということは、覚えていないんだな。
「むう……申し訳ありませぬ。我は夢の中でマスターに会った気はしてますが、はっきりとは……」
「夢か。いや、夢なら夢で良いんだ。何か変わったことは?」
「あります。何だか胸が空く思いを感じています。それと、我の中にもう一人の我がいるように感じます」
もう一人のキバ……小さい方か黒い方のどっちかのことか?
「その、もう一人のキバがいれば、今なら『身体狂化』も制御できそうな気がしております。今ここで試してみても――」
「それは駄目だ!」
何を言い出すんだこいつは……。
しかし、本当に制御できるなら、事態は好転しているかもしれない。精神世界の出来事が『身体狂化』に影響しているのだろう。
「じゃあ、次は自分ッスね」
キバの話に区切りが付いたところで、ビークが口を開いた。
最後になったビークの話はというと――
「話を持ってこられたのはダンジョンを改造してる時ッス。って言っても、自分の場合は結構さっぱりしてるッスよ。ノアとキバの後のマスターは強くなってるはずだから、それを叩きのめしてやって欲しいってだけッス。マスターは叩かないと伸びないから容赦無しでっていうおまけ付きでッス」
「あー……まあ、そうだとは思ったよ。お前はあんまり隠すつもりなかったみたいだしな」
「自分で最後って分かってたからッスね。でも、今にして思えばッスけど……」
ビークは顎に手を当てて思案気な様子だ。
「多分、支援者さんは、マスターだけじゃなくって自分達の力も底上げしようとしてたと思うんスよ。キバと自分なんて、素の状態で一回マスターに負けてるッスから。で、その後何だかんだで二人とも成長できたッス」
うん? ……言われてみればそうだな。
過程はともかくとして、二人とも確かに強くなれた。
キバは『身体狂化』を克服する切っ掛けを手に入れたし、ビークは進化の……次元力の可能性を皆に示した。
だけど、ここまで思い通りに進むものか?
キバの『身体狂化』なんて、下手したら大惨事だ。俺の発想も土壇場での思い付きだし、支援者は実行しなかったとはいえ、キバを処分とか言い出してたからな。
ビークも適当に切り上げてたら、進化するなんて結末に至ってなかっただろう。
「支援者さん、予知能力とかあるッスか?」
「まさか……流石に無いだろ。そんなもんあったら、自分が消える未来を回避してそうなもんだ」
偶然この結末になったとしか言いようが無い。
俺も補助核のおかげで計算や予想が大幅に強化されている。支援者はそれを遥かに上回って頭が回るのだ。予測立てた結果の一つが今の状況……だよな。
支援者がいない今となっては、それを確かめる術も無い。だったら――
「次に会った時にでも聞けば良いな」
「軽いッスね」
そりゃあ、また会えるからな。
支援者じゃないけど、これは決定事項だ。
俺は決めたのだ。どんな手を使ってでも、支援者にまた会うってな!
「よし!」
俺はパン! と自分の両頬を叩いて、喝を入れた。
「しんみりするのはこれで終わりだ! お前らも切り換えろよ!」
「「はい!」」
「やれやれッス……」
俺は眷属達を引き連れてダンジョンを後にする。
これからは支援者がいない生活だ。あいつに頼ってた分、俺がしっかりしないとな。