第127話 立ち塞がる関門 次元力対次元力
「ふはー……進化、成功したみたいッスね」
進化前と変わらない口調。声だけ聞くと、普段のビークと違う点は無いように感じるだろう。
しかし、俺の目の前にいるのは間違い無くオウルベアのビークではない。
名前の由来である嘴は長くなり、やや湾曲しているようにも見える。顔全体の印象もフクロウではなく、どちらかと言えば鷹に近いものだ。
3メートルを超えていた巨体はむしろ小さくなり身長は2メートルほど。ずんぐりむっくりな熊のような体は引き締まって、手足がはっきりとしたかなり人型に近い形状になっていた。
そして、何より目を引くのが――
「おお! 動くッスねぇ! こんな感じなんスか」
ビークがバッサバッサと羽ばたかせる一対の翼だ。
背中から生えた翼は広げれば片方で5メートルほどはありそうだ。それを左右、目一杯広げれば10メートル。そんなビークの翼が巻き起こす風で、俺の体が押されてしまう。
オウルベアだった面影はまるで無い。あるとするなら、体色が以前と同じ青と黒を基調としているというところぐらいなものか。
名称:ビーク
種族:不明
称号:特殊個体、ダンジョンの眷属、名付き、ダンジョンの番人
生命力:761 筋力:902 体力:791 魔力:658 知性:311 敏捷:560 器用:477
スキル:気配察知、夜目、遠視、威圧、腕力強化、囮、生成
ユニークスキル:次元力操作
種族が不明?
〈ビークは自身の望む存在となりました。既存の存在とは理を異にしています。よって、該当する種族名等はありません〉
理を異にする存在って……じゃあ、ビークは全くの新種ってことなのか!?
目の前で体操し出したこいつが!?
〈肯定〉
マジか……。自力で進化した時点で凄いことなのに、まさかの新種とは……。
ビークは確固たるイメージを持っていると言っていたが、その結果がこの進化ということなのだろう。
まさか、イメージだけでこんなことになるとは思っていなかった。
そんな理解が追いつかず困惑する俺に、ビークを称賛する声が聞こえてくる。
「ビーク、おめでとう!」
「それでこそ、マスターの眷属だ!」
「イイナー!」
「ありがとうッス!」
……そうだな。何でだとか、信じられんとかよりも先に言うべきことがある。
「ビーク、おめでとう。お前は本当に凄いと思う。しかも新種だってよ」
「ハハ……聞こえてたッスから。でも、新種だと何か良いことあるんスかね?」
〈種族名の決定権が発生します〉
何だそりゃ、そんなことできるのか。
「種族名ッスか……。マスターは何が良いと思うッスか?」
「俺? んー……鷹っぽいし、人っぽくもあるからホークマンで良いんじゃないか?」
「だっさ! ああ、ついつい本音が出てしまったッス……。でも嫌ッスよ。そんなのは」
うおおい! 軽く傷付くっての!
でもなぁ……俺、あんまりネーミングセンス良くないし、急に言われても……。
「じゃあ、ヴェズルフェルニルにするッス!」
〈了解。ビークは『ヴェズルフェルニル』と認識されました〉
……ヴェズルフェルニル? あっ! 種族名が――
名称:ビーク
種族:次元獣、ヴェズルフェルニル
今度は次元獣だって?
次から次へと意味が分からん……。魔獣じゃない存在になったとでも言うのか?
〈肯定。ビークが純粋に次元力を源とする存在である以上、魔獣や聖獣という定義には収まりません。僭越ながら、私が次元獣と認識しました〉
やれやれだよ、本当に。
さらっと流していたが、ビークのユニークスキルから『筋肥大』が消えて『次元力操作』にも変わっていた。
それもビークの望んだ結果なら別に構わないが、俺の専売特許であるはずの『次元力操作』まで手に入れられたら、俺のアイデンティティーが心配になってしまう。
ただまあ、惨事にならなくて良かったのは確かだ。
それにビークが進化したことで、他の眷属達も思うところがあるだろう。これから自力で進化しようとする者も出るかもしれない。いや、出てるな既に。
「うおおお! 我も必ず!」
キバめ、さっきはひどいことになってたのに懲りてないのか……。
元気なのは良いが、あいつは空回りが心配だな。
「うっし! 体の動かし方も分かってきたッスから、そろそろ始めるッスかね」
体操を終えたらしいビークが、両拳を打ち付けながら何か言い出した。
……冗談だよな?
「マスター、何て顔してんスか? まだ勝負は終わってないッスよ?」
「ちょっと待て。この流れは、お前が進化してめでたしって流れだろ?」
「何言ってんスか。この流れだからこそ、ぶつかり合うんじゃないッスか。こんなんじゃ誰も納得しないッスよ」
「お前こそ、何言ってんだ」と思いながら、俺はノア達の方に目を向けるが……。
気が付けば、皆して観客席まで移動していた。どうやら、空気はビークの味方をしているらしい。
冗談ではなく、本当に進化したビークと戦わなければならないようだ。
観念したつもりはないが、今一度ビークに目を向ける。
ビークの能力値は合体したノアに匹敵していた。それも制限時間なども無くキバのような自我を失うというデメリットも無い。
おまけに『生成』と『次元力操作』を持ち合わせているということは、俺が付け入る隙など全く無いようにさえ思えてくる。
「ああ、自分は『生成』使わんッスよ。『次元力操作』を試したいのもあるし、何よりこの体で何ができるか知りたいッスから」
そう言って、ビークは半身になりながら握った拳を胸付近で留めていた。
人型に近いビークがそう構えると、格闘家のそれに通じるものがある。
「随分と様になってるな。フロゲルから教わったのか?」
「うーん……何か自然にこんなポーズ取ってるッス。自分でも分からんッスけど、これがしっくりくるッス」
自分でも分からんのか。
それでもビークの構えは堂に入っている。体こそ小さくなったものの、溢れる存在感は進化前よりも遥かに大きい。構えただけでも『威圧』が放たれているように感じるほどだ。
そんな威圧感に当てられたのか、俺も自然に剣を構えていた。
「マスターもやる気になってくれて良かったッス!」
「嫌だけどな!」
会話に続けて俺は攻撃を仕掛ける。
「ストーンバレット!」
当たったところでダメージは無いだろうが、電撃の準備をする時間を稼ぐつもりの牽制だ。
迫るストーンバレットに対してビークの取った行動は――
「翼の使い方その一ッス!」
背中の翼を腕のように巧みに扱い、ストーンバレットを弾き飛ばした!
はたかれた衝撃でストーンバレットは砕け散ったが、それを気にしている暇は無い。ビークは俺に向かって、真っ直ぐに踏み込んでいた。
「くそっ!」
今さらあんなものじゃ時間稼ぎにもならんか。どうにか距離を空けて次の手を――!?
「翼の使い方その二ッス!」
後退しようとした俺を黒い影が覆う。
影の正体はビークの翼。一瞬で距離を詰めたビークは、翼を広げて俺を包み込んでいた。
ビークは両手両足が自由、つまり至近距離に俺を捉えて逃がさない形になっている。退路は完全に断たれてしまった。
「このまま殴るッス!」
「――させるか!」
至近距離なら準備する手間も必要無い。元より逃げ道が無いなら攻撃あるのみ。
『高速思考』状態となった俺は、直接ビークに電撃を叩き込む! ……が。
――スキルが発動しない!?
「残念だったッスね! この翼の内側は自分のテリトリーッス!」
「うぐおっ!」
ビークの言葉が耳に届いた時には、俺は既に殴り飛ばされ宙を待っていた。
本気で殴られていれば、俺の体は恐らくストーンバレットのように砕け散っているはず。無事なまま地面に落下したということは手加減されていたのだろう。大ダメージではあるものの、致命傷を負わずに済んでいた。
「『次元力操作』を翼の内側に集中させてみたッス。やっぱり相手の能力を制限できるみたいッスね」
「ぐっは……そんな使い方すんのか……」
ヨロヨロと立ち上がる俺に対して、ビークはさらに追い打ちを掛ける。
「もう一つ考えたのがあるッス! これはどうッスかね?」
そう言うと、ビークは上半身を大きく捻り始めた。
円盤投げの選手のようでいて、それをさらに暴力的にしたもの。限界まで捻った体が小さく震え、極限まで力を溜めているということが見て取れる。
それと同時に俺の中で『危険察知』の警鐘が鳴り響く。
これはやばいのが来る……!
「行くッスよ! 名付けて……次元衝波ぁ!!」
捻った体を解放しつつ繰り出す掌底。
勢いそのままに、腕全体から放たれる青い光の奔流が俺に向かって押し寄せてくる!
これは流石に避ける以外に取れる行動は無い。
事前に宣告もされたし、『危険察知』もある。動作も大振りなので、避けることは容易い……が、それでもビークの放った次元衝波の痕跡は、俺を驚愕させるに十分足るものだった。
青い光が通った跡は部屋の端まできれいに削り取られている。
吹き飛んだ、ではなく消滅しているのだ。
食らってなくとも分かる。存在そのものを消し去る一撃、それがビークの放った次元衝波というものだということが。
「……」
言葉が出ない。
攻撃、防御、どちらも俺の『次元力操作』の比ではないのだ。
俺の思考も必死に考えはする。今の一撃は俺にもできるのか、どう対応するべきか、等々……。
しかし、思考が加速しても纏まらないものはどうしようもなかった。
「マスター! あの時の一太刀を今一度!」
俺の思考を呼び戻したのはキバの声だ。
あの時の一太刀……それは何か、すぐに思い当たった。
カラカルでパメラに放った一撃。俺の記憶が正しければ、空間に切れ目が残っていた。思い返せば、あれも次元力での攻撃だ。規模はともかく、ビークの次元衝波と同質の攻撃かもしれない。
ただ、あれは魔力を刃に形成する魔導具があって初めてできた攻撃だった。
当の魔導具は次元力に耐え切れず、粉々になってしまって既に無い。今、俺の手元にあるのは魔鋼製の剣一振りのみ、あれを再現することは……。
「マスター、自分のやりたいことはこれで終わりッス! 次はマスターの番ッスよ」
「……ん?」
「また変な顔するッスね。マスターはさっき、自分のしたいことに付き合ってくれたッス。だから、次はマスターの番ッス!」
「でもな……これはできるかどうかも分からんし、できたとしても……」
どうやら俺は意気消沈していたようだ。ビークにもそれを感じ取られたらしく、強い口調で捲し立てられてしまった。
「ああ、もう! うじうじうっさいッスね! キバがマスターを信じてるんスから、マスターも堂々とするッスよ! 根拠の無い自信でも、できると信じりゃできることもあるッス! ……よし、分かったッス! 次のマスターの攻撃を受けて、自分が屁とも思わなかったら自分の勝ちッス! これはきついと思わせたらマスターの勝ちッス! さあ、どうぞ!」
こいつ、もう無茶苦茶だな。しかし、根拠の無い自信か……。
俺は観客席のノアやキバ、コノア達を見ていくが……誰一人として、悲壮感など微塵も出していない。むしろ、俺ができると信じて疑っていない強い視線を放っている。今の俺には、それが何とも心強い。
俺自身は万能でも天才でもない。
でも、信じられているならやるしかないだろうが!
「ビーク、下手すりゃ、お前死ぬぞ?」
「うはっ! 良い顔してるッスね。大丈夫ッスよ、それよりも本当にその攻撃が自分に通用するか心配したらどうッスか?」
「うるせえ! 後悔すんなよ!」
言葉とは裏腹に、ビークも俺を励ましてくれていた。
大丈夫、お前が見せてくれたばかりだ。なりたい自分になる。やりたいことをやる。できると信じりゃ、できるもんだってな!
「……うおおお!!」
俺は剣に次元力を集中させる。
この剣も俺が『創造』したもの、元はDP……次元力だ。馴染まないわけがない。いや、この際理屈なんて、もうどうでも良い。
「おお! それはまさしく……!」
「これは強烈なのが来そうッスね」
ビークは翼を閉じて全身を次元力で包み込んでいる。完全防御の姿勢ということだろう。
俺の方も準備はできた。俺の剣は刃が光に変わり、既に剣の形を有していない。この状態なら、あの時の一撃を放つことができるはず。
しかしそれでも、ビークの防御を破れる気がしない。が、今さらうだうだ考えるのも面倒だ。
剣を頭上に掲げた俺は最後のイメージ……ノアが放とうとした光の奔流、キバが繰り出した全てを切り裂く一撃を剣に向けて思い浮かべる。
もはや、それは剣ではなく光の柱と呼べるもの。その光の柱を球体に近いビークの光に向けて、力の限り降り下ろす!
「これで……どうだぁああ!!!!」
「ぬうおおおお!!!!」
俺とビーク、二人の次元力がぶつかり弾け、闘技場全てを包み込んでいた。