第124話 立ち塞がる関門 ビーク
キバの精神世界を抜けた俺は、化身へと戻っていた。
俺の代理でキバとの攻防を繰り広げていた支援者と入れ替わりとなったわけだが……。
「これはまた……えらいことになってるな」
俺の視界に入ってきたものは、大規模な土砂災害に見舞われた様相を呈した部屋の有様。それと案の定ズタボロになった俺自身の体だった。
部屋については、直接破壊されたというよりも支援者が『生成』を使ったせいだろう。そうでなければ、ダンジョンの機能で自然と元の形に戻るはずだからな。
まあ、部屋なんてどうとでもなる。
俺の体も然り、修復できるものは壊してしまっても構わんのだ。
俺は仰向けになったまま、支援者に礼を言っていた。
「支援者、ありがとうな」
〈流石に骨が折れました〉
うん、見たら分かる。両足が変な方向を向いてるからな。
それよりも、俺が支援者に感謝しているのはキバのことだ。
今のキバは、小さなキバが言っていたとおり『身体狂化』が解除されて元の姿に戻っていた。しかもほとんど無傷なまま。
俺の状態から察するに、支援者は本当にギリギリまで俺を待っていてくれていたのだろう。俺がキバを何とかする、そう信じて。
キバの方はというと、俺が精神世界に入った直後に一頻り暴れてから眠るようにおとなしくなったそうだ。今もまだ俺の側で穏やかな顔をして寝息を立てている。
支援者が言うには、体にも精神にも強い負荷が掛かったせいとのことで、目が覚めるまでは時間がかかるらしい。
無理に起こすのも気が引けるので、俺はキバをそっとしておくことにした。
うーむ……穏やかな顔して寝ている。
この顔を見る限り、安心しても良いだろう。
キバが無事なら何も問題は無い。俺の両足が逆に曲がってるぐらい屁でもないのだ。
動けないついでだ。支援者に聞いておこう。
「ところで、支援者はスキルが自我を持ったりすると思うか?」
〈スキルが自我を……ですか?〉
俺が『不屈』に助けられたのは二度目、今回は会話までしていた。
分からないことだらけだが、俺の中に自我を持った存在が支援者以外にもいることは感じている。害じゃないのは確かだし、むしろありがたいことだけど。
〈……それについては、今はまだ説明できません〉
「今は?」
〈次の関門を乗り越えた時に話します〉
次の関門……ビークか。
やっぱり、あいつとも戦わないといけない流れなのか……。
しかし、どうしたものか。キバを放っといて、次の部屋に行くべきか?
精神世界のやり取りとはいえ、「後で話をしよう」と言ったばかりだしな……。
俺としては、キバが起きるのを待つのも構わないんだけど。
〈マスターは先へ進んでください。足は既に回復しているはずです〉
支援者の言うとおり、俺の足は完治している。
俺は足の状態を知ると同時に、『次元力操作』と『再生』で治療に取り掛かっていた。
少しの時間で完全回復、我ながら本当に便利な能力を身に付けたものだな。
「分かった。じゃあ、俺は先に進むよ」
〈はい、キバのことはノアに頼んでいます〉
「ノアに?」と聞き返す前に、元気な声が俺の耳に届いた。
「キタヨー!」
声の正体はコノア? と思ったら、すぐそばにノアもいる。
ちょうど今、部屋に入ってきたところのようだ。
「マスター、ご無事で良かったです! キバも随分と無茶をしたんですね。意識を失うぐらい全力だなんて、部屋もめちゃくちゃにして……」
いや、お前も大概ひどかったぞ?
気にしそうだから言わないでおくけど。
「……じゃあ、後はノアに任せても良いか? キバが起きたら、俺は次に向かったって言っておいてくれ」
「はい、分かりました!」
「それと……いや、良いや」
「マスター?」
キバが無茶した理由は直接聞く。無茶をさせた本人に。
ノアに聞いても困らせるだけかもしれないので、俺は言葉を引っ込めた。
俺は訝し気なノアの視線を背に受けながら、次の部屋への通路を進む。
通路は途中から階段になっていた。暗いせいか、次の部屋から差し込む光がやたら明るく感じてしまう。
眩しさに目を細めながら、俺が辿り着いた次の部屋は――
「んん……闘技場?」
ノアとキバの部屋とは全く違う、人工物ということが明らかな形状の場所。
円形闘技場とでも言うのだろうか。固められた土の地面、石でできた構造物、高い壁の上に用意された観客席を見ると、コロッセオという言葉が頭を過ってくる。
そんな闘技場の中央には、この部屋の番人が堂々と陣取っているわけだが……。
「グオオー……!」
堂々と仰向けでイビキをかいていた。
イビキの元となっているのは、勿論ビーク。この部屋の番人として、ここにいるのだろう。
しかし寝てるってマジか、こいつ?
俺は死に物狂いでここまでやって来たってのに?
「ゴォォー……ゴカッ! ……んあ? マスター……?」
「おはよう、ビーク君。よく眠っていたようだね」
「徹夜明けッスから、まだ眠いッス……。ええっと、マスターがここに来たってことは、自分の用意した罠は全部突破したってことッスよね?」
こいつ、肝が座ってるのか、俺の苛立ちを無視して話を進めてやがる。
まあ良い。その苛立ちは別の方法でぶつければ済む話だ。
「ビーク、お前がここにいるってことは、最後にお前と戦えってことで良いのか?」
「おお……そうッス! 自分を倒せばクリアで良いッスよ!」
嬉々として立ち上がるビーク。口調はいつもどおりだが、俺と相対してから雰囲気ががらりと変わりつつある。
おかげで俺も冷静になれたようだ。
苛立ちは消え失せ、今から戦うということを再認識させられた。
「ノアとキバはどうだったッスか? 二人は真面目だから、加減しないと思ったッスけど」
「ああ、二人とも俺を殺す気かと思うぐらい本気で来たよ。ノアはコノアと合体して、キバは『身体狂化』を解放してまで掛かってきた。流石に死ぬかと思ったな。で、そういうお前はどうする? 本気で来るのか?」
「そりゃ勿論、本気で行くッスよ。それが手向けってもんッスから」
「手向け……?」
手向けなんて言葉が出てくるとは思っていなかった。
予想外の言葉に俺は動揺してしまっていたらしい。動きが止まった俺に対してビークは――
「そういうとこッスよ!」
「えっ?」
不意討ちだ!
こいつ、俺が動揺すると分かっていて言ったのか!? だけど――
「――当たらんっての!」
「おおっ!? 何スか、今の!?」
俺の隙を突いたビークは飛び込みつつ爪を振るっていたが、今の俺にそんなスローな攻撃は当たらない。得意の緊急回避で難無く躱すことに成功した。
「やっぱ、二人から本気で来られたらマスターも成長するッスよね。今朝までとはまるで別人ッス!」
「何か嬉しそうだな」
「複雑な気持ちってやつッス!」
言い切ると同時にビークは再び攻勢に出ている。
よく見ると、ビークのユニークスキルである『筋肥大』を瞬間的に使用して瞬発力を強化しているようだ。
脚力を強化して速めた踏み込みは、昨日までの俺では対応し切れなかっただろう。しかしビークの言うとおり、今朝の俺とは違う。
ノアやキバの攻撃に比べれば、ビークの攻撃は範囲が狭く遅い、それでいて手数が少ないのだ。これでは当たるはずもない。
「ふぅ……流石に当たらんッスか。じゃあ、こんなのはどうッスか!?」
ビークは地面を抉るようなアッパースイングを繰り出した。抉るような、ではない。実際に抉っている。
俺はビークの腕によってぶちまけられた土砂が飛んでくると身構えたが、予想外のものが飛んできたことに反応が遅れてしまった。
「ぐっ……そう来たか!!」
俺に向かって飛んできたのは土砂ではなく、槍状の岩だ。
忘れかけていたが、俺はビークに『生成』を『付与』していた。ビークは『生成』を攻撃に転用して、変化させた地面を撃ち放ってきたのだ。
直撃は免れたものの、破片が掠めて体のあちこちに小さな傷を受けてしまった。
「自分もマスターの攻撃見てたッスからね! こんなのもあるッスよ!」
ビークが地面を強く踏みしめると、振動が波紋のように広がっていく。
液体のような……って本当に変化させたらしい。気が付くと闘技場の足場が全て泥沼と化していた。
俺はすかさず壁に張り付いて事なきを得たが、うっかりその場に立っていようものなら足を取られて狙い撃ちされてしまうだろう。下手をすれば、底無し沼のような地形にされて沈められる可能性もある。
当のビークは器用にも自分の足下だけを元に戻しているので、地形は圧倒的にこちらが不利なものになっていた。
「こういう使い方もあるのか……!」
「驚くのはまだまだこれからッス!」