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第123話 立ち塞がる関門 本当のキバ


 支援者(システム)が操る俺の『化身(アバター)』がキバと向かい合う。


 俺の『化身(アバター)』を支援者(システム)に任せた目的は一つだけ、俺の代わりにキバを殺せ……なわけがない。ただひたすらキバの攻撃を避け続けてくれ。それだけだ。


「確約はできません。今のキバは先のエレクトロードパイソンよりも難敵です。マスターが手間取るようであれば、私はキバを処分します」


 今の言葉は本気だろう。


 支援者(システム)は既にキバと戦闘を始めている……が、俺ではついていけないほどに激しいものとなっていた。


 支援者(システム)は以前にも見た二刀流スタイル。俺の剣と支援者(システム)が『創造』した細剣の二本でキバを攻撃している。攻撃とはいっても牽制に近い。急所でなければ剣での攻撃は纏う光と毛皮で防がれてしまうのだ。

 狙うのは専ら目や鼻だけ。そこだけは守りが薄いらしく、キバも支援者(システム)の攻撃を警戒して身を翻していた。


 『生成』を利用した地形攻撃も使ってはいるが、キバには掠りもしていない。支援者(システム)もそれを知っていてか、あくまで時間稼ぎや立ち位置を変えるためにしか使わないようだ。

 

 一方、キバも支援者(システム)に対して攻撃を仕掛けている。というより、戦闘の主導権はキバにあった。


 元々の身体能力の差が著しいせいで、俺の体ではキバの体当たりですら致命傷になってしまう。牙や爪など防御しても無駄、回避以外に選択肢は無い。そのアドバンテージを活用して、キバは執拗に攻撃を仕掛けていた。高速で行われるラッシュ……俺なら既に死んでいる。


 そんな状況であっても、支援者(システム)はほんの僅かな隙を突いて攻めに転じていた。しかも、『高速思考』の類を持たずに。

 今のキバは化物だが、支援者(システム)も正真正銘の化物だ。俺も多少は強くなったと思っていたが、こんな二人の戦いを目の当たりにすれば自信など消え失せてしまう。


 まあ、俺は戦闘よりもこっちが重要なんだけど……!


「マスター、手順はよろしいのですか!?」

(大丈夫だ! 支援者(システム)はそっちに集中しろ!)


 支援者(システム)が俺を心配してくれているが、こっちの方が心配だ。今のやり取りでキバの爪が化身(アバター)を掠めた。危うく指が何本か失くなるところだったぞ……。


 それはともかく、俺は意識を集中する。


 俺がしようとしているのはスキルの『解析』だ。

 皮肉にも走馬灯を見たおかげで思い出した。パメラに仕掛けられた『侵食』のことを。


 『侵食』の効果ははっきりしていない。『不屈』があったので効果が発動される前に『侵食』を無効化できたからな。

 しかし、効果は大体想像がつく。恐らくだが、相手の自我に干渉するスキル。名前から判断するに、乗っ取ることもできるかもしれない。

 もし乗っ取ることができるのであれば、俺が直接『身体狂化』を解除する。そうでなくとも、戦闘不能にできれば十分だ。俺の目的はキバを殺さずに済ますことなのだから。


 ともあれ、それは『解析』の結果次第。

 俺はスキルを『解析』したことが無い。スキルどころか手に入れた情報を『解析』し直したことも無いのだ。


 それでもできると確信している。


補助核(サポートデバイス)に比べれば、こんなもん可愛いもんだ)


 と、思念で一人ごちているが、本当にそう感じていた。


 『解析』に取り掛かった俺がいるのは、補助核(サポートデバイス)を『創造』した時に訪れた空間……とでも言うのだろうか、白い世界に情報らしき文字の羅列やらが存在している世界だ。

 ひょっとしたら、ここって(コア)の中なのかもしれない。


 まあ、そんなことよりもやるべきことは目の前のこれだ。


 俺の前にある物体、それは『侵食』の情報と思しき文字で構成された球体だ。補助核(サポートデバイス)に似ているが、規模が遥かに小さいもの。この『侵食』をどうにか使える状態にすることが俺の目的なのだ。 


 そもそも『侵食』を俺自身に『付与』できれば簡単なことだったのだが、ユニークスキルであるせいで『付与』できなかった。

 ユニークスキルであっても使えるようにするためにはどうするか……。その答えの一つが『解析』だ。


 支援者(システム)も手順を気にしていたが、俺のシミュレートだとまずはこいつを『分解』する。


 と、俺がイメージした途端に『侵食』が崩れ始めた。

 補助核(サポートデバイス)がイメージをダイレクトに反映させてくれているようだ。こいつは助かる。

 あっと言う間に球体が『分解』されて文字だけになっていた。


 こう見ると、スキルってプログラムみたいなものかもな。


 文字の種類はそう多くないようだが、組み合わせ次第で効果が変わる。俺が復元せずに別の組み合わせをすれば全く違う効果になるかもしれない……が、今はそんなことをしている場合ではない。次はバラした文字の『解析』を試す。


 うーん……『解析』した結果だと、『侵食』のままで使えるようにするのは難しそうだ。

 ユニークたる所以なのか存在――というより容量といった方が分かりやすいな――がでかいせいで『付与』できないらしく、その容量を決定的に大きくしているものが乗っ取りに関係する文字らしい。


 この乗っ取りは確かに強力だが今はいらん。それ以外、対象の意識に干渉する部分だけだと、コモンスキル程度の容量で収まるだろう。


 となると……これを省いて使えるようにするには……なるほど、『思念波』に組み込めればさらに省けそうだぞ。なら、ここだけを外して、次は『思念波』を……。


 ……。


 ……よし! 終わった!


 ちょうどぴったり嵌まる部分があったおかげで、『思念波』に組み込むのは予想以上に簡単にできた。

 スキルにはそういう関係性があるっていうのも面白い発見だ。


 ともあれ、これで俺は『思念波』を通して相手の意識に干渉できるようになったぞ。

 あとは意識を元に戻して――


支援者(システム)、待たせたな!)

「肯定。待ちわびました」


 支援者(システム)の言葉が突き刺さる。


 意識を戻した俺が目にしたのは、ボロボロになった俺の『化身(アバター)』だった。


 致命傷は受けていない。だが、全身傷だらけで総合的に大ダメージを受けているのは明らかなほどに。

 対してキバは掠り傷程度、額に小さな傷があるぐらいで済んでいた。


 俺の意思を尊重して……ということでもなく、支援者(システム)はかなり追い詰められていたようだ。俺が『解析』に費やした数分ほどの間に起きたのだろう、原型を留めていない部屋が戦闘の凄まじさを物語っている。


 これは急いだ方が良さそうだ。

 

 俺は今まさに攻撃を躱している支援者(システム)に呼びかけた。


(もうちょい耐えてくれ! すぐ終わらせる!)

「了解」


 さあて、キバよ。お前の頭の中にお邪魔するぞ!


(――『思念波』!)


 何の抵抗手段も持たないキバに『思念波』はあっさりと通用した。

 あとは自動……とはいかず、俺が直接キバの意識に働きかける必要がある。ちょっと面倒だが仕方が無い。

 俺は『思念波』に乗せて自我をキバの精神の中に送り込む。


 …… 


 成功だ。俺はキバの精神世界へと移動することができた。

 ここは俺の中の世界とよく似ている。何も無い空間が眼前に広がっていた。しかし……。


「……暗いな」


 視界は三百六十度、全てが薄暗い。

 俺の今の姿は思念のみ、体は無い。目で見ているわけではないが、暗いというのははっきり分かる。

 どことなく湿っぽく感じることもあってか、陰鬱な印象を受けてしまう空間だ。  


 それはともかく、俺の予想だとここにキバの自我が存在するはず。『身体狂化』を解除させるためにも、キバの自我を探してみよう。


「おーい、キバー! 何処かにいるのかー!?」


 ……。


 返事が無い。そう簡単には――


「……!」


 聞こえた! よく聞こえないが、確かに聞こえる!

 何か争ってるような声だ。行ってみよう!


 ここもイメージ次第で行動できるみたいだ。慣れた感覚で声の聞こえた方に向かって進んでいくと……。


「ガウゥゥ……!」

「グルルァ!!」


 二匹の狼が……いや、巨大な黒い狼が小さな子供の狼をいたぶっている。生かさず殺さずといった具合に一方的に攻撃をしていた。

 状況から判断するに、小さい方はキバだろう。となると、黒い方は何だ? 『身体狂化』の化身か何かか?


「ガルァ!」


 考えるのは後だ。俺は黒い狼に向かって攻撃する。イメージで何とかなるだろ!


「おらぁ!」


 俺のイメージどおりに放たれた光が黒い狼の後頭部に直撃した……が。


「グル? ……グルァァ!」


 てめえ、何かしただろ! と言わんばかりに怒り狂う黒い狼。

 ダメージは無し、ヘイトは完全に俺に向かっている。俺は黒い狼をぶちのめすイメージしたはずなのに……!


「何ともならんのか!」


 ちょっと待て、俺って他人の精神の中でやられたらどうなんの!? 何かやばい気がするぞ!


 なんて怯んだところでどうにもならない。黒い狼は俺に向かって走ってきた!


「――ガゥ!」


 俺を庇うようにキバが黒い狼に飛びかかった。


 黒い狼の首元にしがみつくようにして爪を立てているキバ。黒い狼からすれば今のキバなど取るに足らないほど小さな存在のはずだが、黒い狼はキバがよっぽど煩わしいのか、俺への攻撃は止めて再びキバをいたぶりだしていた。


 しかし、キバもやられてばかりではない。満身創痍にも関わらず、小さな体で黒い狼に抵抗している。

 とはいえ、体躯の差は絶望的に開きがある。抵抗虚しくキバは黒い狼に足蹴にされてしまった。


 それでもキバの目は諦めていない。諦念など存在していないかのように強い力を秘めた目をしていた。

 

「あいつ、お前よりも根性あるじゃないか!」


 声の主はすぐ隣、いつの間にか現れた大きな光から発せられていた。

 俺にはこの声に聞き覚えがある。


「もしかして、ハ――」

「おっと! 俺のことよりもあっちだろ? 助太刀してやらないと」

「確かにそうですけど……」


 助太刀って言われても、どうすれば良いのかさっぱり分からん。

 攻撃のイメージでは何のダメージも与えられていなかったのだ。攻撃手段そのものが間違ってるような気もするが、実際のところは何も分かっていない。


「お前、あの黒い方は敵と思ってるのか? あいつもお前の仲間だぞ」

「えっ!?」


 ということは黒い方もキバ……!? じゃあ、キバとキバが戦ってるのか!?


「黒い方は不安だとか、そんな感情だな。小さい方は誇りだとかお前への思いとかの感情だ。俺も詳しいことは分からんが、あいつはいつも不安と戦ってるんじゃないのか? 今のあいつは不安で押しつぶされそうになってる。それをギリギリで耐えてるってところか」


 キバ……お前、いつも不安だったのか?

 もしかして、それって俺が原因か? 心当たりは……なくもない。


「お前の中で見てたけど、あいつはいつもお前のために必死で頑張ってたな。空回りしてることも多かったが、そんなもんは愛嬌だろ?」


 胸が痛い……。

 そんなつもりはなかったけど、俺はキバをぞんざいに扱ってたのかもしれない。重要なことはノアとビークに任せることが多かったし、普段から潜在的に劣等感を感じていたなら、全部俺の責任だ。


「キバ、もう良い! 止めろ! 不安なことなんて無いんだ!」


 俺は思わずキバに飛び付いていた。小さいキバではなく、黒い狼のキバに。

 キバは纏わりつく俺を振りほどこうとするが、俺は絶対に離さない。


 お前が不安に感じることは無い。それが分かるまで、何があっても離しはしない!


「グルルル……」

「キバ……お前なら大丈夫だとか勝手に思ってた。すげえ強いし、へこたれないし、何だかんだでいつも元気だしな。でも、そうじゃなかった。お前も本当は無理してたんだな」

「うう……」


 唸り声が徐々に変化し始めた。

 しかし、そんなものはどうでも良い。俺はキバに言葉を掛け続ける。


「オウルベアの時もお前がいなかったら、どうなってたか分からない。ココもそう、下手したら死んでたかもしれないんだ」

「マスター……我は……本当は……」

「何だ?」

「いつか役立たずと呼ばれることを恐れて……」

「役立たず? キバが役立たずなわけないだろ」

「でも……マスターの窮地には役に立てず……」


 魔窟やエレクトロードパイソンの件、気にするなって言ってたんだけどな……。

 キバにとってはトラウマみたいなものだろう。思ったよりも根は深いのかもしれない。


「お前が全部しないといけない理由なんて無いんだ。お互いにできることをすれば良い。いつか言ってたよな? 抱え込む癖があるのは俺もだけど、お前も抱え込むなよ。周りには皆いるんだ。皆でできればそいつが何よりなんだ」


 いつしか、キバは暴れることなく俺の言葉に耳を傾けていた。

 そんなキバが意を決したように口を開く。


「マスター……我の……僕の本当の姿を見ても幻滅しないでいられますか?」


 本当の姿……? そんなのがあるのか?

 幻滅もなにも、そんな姿があるなら是非とも見せてくれ。


「幻滅しない。約束する」

「マスター……」


 ふと気が付けば、俺と話をしていたのは小さいキバだ。

 俺は夢中になってしがみついていたせいで、黒いキバが霧散するまで気が付かなかった。


 ほどなくして黒いキバは消え、残ったのは小さなキバだけ。

 本当のキバはこんなにも小さいんだな。


「こんな僕でも良いんですか?」

「ああ、勿論だ! これからも一緒にいてくれ!」

「マスター……ありがとう!」


 キバを中心に光の輪が広がっていく。


 薄暗かった空間に晴れ晴れとした青空が広がり、周囲には見渡す限りの草原が現れた。ドゥマン平原よりも穏やかで、心地良い風が吹いている。

 キバの精神世界も本当の姿を見せたのだろう。あまりの変貌ぶりに、俺は思わず感嘆の声が漏れていた。


「凄いな……」

「マスター……ごめんなさい」


 喜んでいたはずのキバが項垂れている。

 急にどうしたんだ?


「僕、マスターを傷付けた……」

「傷? ああ、外のことか。そう言えば、『身体狂化』はどうなった? 解除してくれたのか?」

「う、うん……」

「そうか、なら良い! 傷とかそんなもん、気にすんな!」


 小さくてもキバは真面目だな。

 真面目なせいでここまで溜め込んだのかもしれない。これからは俺が注意してやらないと。


「本当に大丈夫……?」

「気にすんなって! じゃあ、俺は戻るから。後のことは元の姿で話しような」

「……うん!」


 小さいキバに別れを告げて、俺はキバの精神世界をあとにした。

 


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