第120話 立ち塞がる関門 ノア&コノア
ノアとの戦い最終ラウンド、分裂体であるコノアと合体したノアが俺の前に立ち塞がった。
名称:ノア
種族:不定形・粘性、ウィザードリィスライム
称号:特殊個体、ダンジョンの眷属、名付き、集合体
生命力:773 筋力:635 体力:821 魔力:902 知性:472 敏捷:324 器用:516
スキル:擬態、物理耐性、痛覚無効、高速再生、収納、分裂、危険察知、火事場、気配察知、麻痺液、統率
ユニークスキル:変形、魔力操作
ブラッドウルフを撃退した時や、ゴブリンを迎撃した時とは比較に比べ物にならない能力値だ。
それもそのはず、あれからノアは二段階の進化を遂げている。その上、コノアも増えた。同じなままのはずがない。
外見も成長を遂げている。今なら直径が3メートルはあるだろう。体積ならキバやビークを上回っているかもしれない。
そんな巨体が部屋の中央に鎮座し、俺と相対していることになる。
「覚悟は良いな?」
巨体から発せられる言葉は、キャラ作りであると知っていても緊張せずにはいられない。
威圧感が先程までと段違いなのだ。
「さあ、かかってくるが良い!」
「――っ!?」
かかってくるが良いと言いながら、先手を打ったのはノアの方だ。
ノアはその場から動いていない。魔力の弾を放ったわけでもない。俺に迫る攻撃、それは――
「下からか!」
――ズドォ!
俺がいた場所が突然爆ぜる。
間一髪、回避に成功した俺の視界が捉えたものは、土や草を巻き上げながら姿を表す半透明の光る触手。『変形』によって形作られたノアの一部だ。ノアは地中を介して触手を伸ばしてきた。
触手は魔力を纏っているのか、俺の『魔力感知』が反応している。
そのおかげで回避することはできたが……まだ安心している余裕は無さそうだ。
次が来る!
――ズドォ! ズドォ! ズドォ!!
回避した場所を狙って現れた触手、回避させまいと先回りした位置に触手が次々と現れる。
一発目と合わせて計四本、あっと言う間に四方を触手に取り囲まれてしまった。
「恐れ慄くが良い。戦いはまだ始まったばかりだ」
言葉とともに、ノアの体に変化が起き始めた。
体が収縮し、雫のような形状に変化していく。
「お前……まだ隠し玉があるのか……」
正直、勘弁してもらいたい。
合体しただけでも勝てる可能性が低いというのに、これ以上の変化は生きた心地がしない。
いっそ、今のうちに攻撃してしま――
「くそっ、流石に無理か!」
邪な考えを察したのか、四本の触手が俺に向かって襲いかかってくる。
鞭のようにしならせながらの叩きつけ、ノア自身は変化を続けるままで何とも器用なことだ!
「ああ、くそっ! うっとおしい!」
どうすれば良い!? この触手、切って良いのか!?
もし、これがコノアだとしたら斬りかかるわけにはいかん……!
〈問題ありません〉
「良いのか? 良いんだな!?」
辛うじて回避し続けているこの状況、打開するには触手をどうにかせざるを得ない。コノアを心配する気持ちは依然残ったままだが、支援者の言葉を信じて剣を横薙ぎに払う――が!
「切れん!?」
振り下ろしてきた触手を回避しながら、そのうちの一本に斬りつけることには成功した。しかし、紐を棒で払うかのように手応えがまるで感じられない。
それどころか、触手が捩った反動に巻き込まれて撥ね飛ばされてしまう始末だ。
やばい! 体勢を崩したところに追い打ちが!
「だらぁ!」
咄嗟の『噴出』、俺にとっての緊急回避だ!
多少無茶な姿勢でも、『噴出』する空気の反動を利用すれば短距離の移動ぐらいなら可能にする。
左手と両足、三方向から『噴出』したせいでバランスを完全に失ってはいるが、触手の攻撃は当たっていない。
無茶でも何でも、触手の攻撃は直撃するわけにはいかんのだ。
触手が地面を叩きつける衝撃は凄まじく、振動と音、陥没した地面を見る限り俺が耐えきれるような威力ではない。魔力の弾が可愛く見えるほどだ。
そうこうしながらも、ノアの変化は続いている……と、触手が突如として本体へと戻っていく。
「刮目せよ」
変化を遂げたノアの体には無数の亀裂が入っていた。まるで花開く前の蕾のように、薄い膜が折り重なるかの如く。
やがてそれは、一枚一枚と花弁のように開いていき、ついには一つの花となる。
青く光る半透明の花。似ている花といえば蓮の花だろうか、色も大きさもまるで違うし、そもそもこれはノアであって花ではない。
しかしながら、夜空の平原を模した空間に咲く大輪の花は、あまりにも神々しく美しい。
俺は今の今まで戦っていたことを忘れて、ノアの姿に見入っていた。
〈マスター?〉
いかん、見惚れてる場合じゃない。
俺が再び構えたところで、ノアが仰々しく言葉を発した。
「我が姿を胸に、この地で眠るが良い」
ノア……キャラが完全に変わってるぞ……。
なんて思うのも束の間、ノアは既に動き出していた。
ノアの体の下部から触手が伸びる。
さっきとは形状が違って、先端には……花?
「――げっ!!」
触手の先端から魔力の弾が撃ち出されてきた!
ここでも『噴出』を使った緊急回避が成功したが、この先も成功させ続ける自信が無い。
先端に花を付けた触手が四本、俺に狙いを定めているのだ。
「んなくそぉおお!!」
次々と放たれる魔力の弾丸、放つ触手もあらゆる角度から放ってくる。もはや『噴出』無しでの回避は不可能だ。
俺は部屋の中を地も空もなく動き続けていた。
焦る俺は必死に考えを張り巡らせていく。
その間もノアの猛攻が止むことはない。打撃に加えて魔力の弾丸を放つ触手、魔力を纏っているせいか、こっちの攻撃は通用しない。魔力を中和させて攻撃しようにも、対象がでかすぎて何処から手を付ければ良いのかも分からない。
本体の花には触れることもできていないのだ。
……駄目だ! 正攻法では勝ち目が無い!
と、なかば諦念が頭を過り出したところで気が付いた。
目に見えるもの全てが、徐々にゆっくりとなっていることに……。
迫る触手や放たれる魔力の弾がスロー再生のように動いている。それにともなう音までも、間延びするように聞こえる気がする。
俺が早く動けるようになった……わけではないようだ。俺の体もゆっくりにしか動かない。
それでも、四方から迫る触手や連射される弾丸を躱すには、回避の判断がしやすくて便利だけどな。
もしかして、これが――
〈肯定。『高速思考』です。マスターは補助核の機能を発揮しつつあります〉
そうか、そいつは朗報だ。こんな切羽詰まった状態じゃなければ尚のことな。
って言うか、切羽詰まった状態だからこそ身に付けたのかもしれない。所謂、火事場の馬鹿力というやつでな。
それは良いとして、さっきから俺の頭の中がチリチリし始めている。
言い換えると、頭の中の回路が焼け付きそうと言ったところだろう。
どうやら、これは長時間使えない。いつまでもつのかも分からん。
それでも制限時間までにどうにか……ん?
(支援者! ノアの合体には制限時間があったよな!? 残り時間は!?)
〈フェアではありませんが……残り196秒です〉
196秒! 三分ちょいか! それまで凌げば何とかなるかなるか……?
反撃で時間稼ぎ……は悪手だ。効果は薄過ぎる。こうなったら剣も邪魔だ。
両手両足、場合によっては口も含めた『噴出』での回避に専念するしかない!
「賢しい!」
ノアも焦っているのか、攻撃はさらに苛烈と化していく。
四本だった触手が五、六、七、八本と増えていき、俺に向かって迫ってくるのだ。
後で出した四本、これは魔力が不足しているのか、先端の形状は蕾のような形状をしている。
用途も鞭のように叩きつけてくるのみだ。その分、先の四本から放たれる弾幕が激しくなってるが……!
〈残り120秒です〉
ご丁寧にありがとうよ! 俺の方も残り時間が少なそうだ!
ノアの弾丸には制限が無いのか? 弾幕が激しいな!
〈残り60秒です〉
くそっ! 『高速思考』のおかげで時間が長く感じる!
上手く誘導して自滅させ……無理だ! 先回りされる!
〈残り30秒〉
あああ、あとちょっと! 踏ん張れ、俺!
もう色気は出さん! 回避するのみ!
〈残り10――〉
その瞬間、俺を取り囲む触手の動きが元に戻る。
先に時間が来たのは俺の方だ。
とはいえ、残り時間は僅か。最後まで諦めなければ何とか――
「これでぇ!!」
回避に夢中になっていた間にノアの本体、巨大な花が俺の方に向けられていた。
恐らくはノアの切り札だろう、圧縮された魔力が花の中央に収束されているようだ。
直視できないほどに眩い光、それが今まさに放たれようとしている。
考えるまでもない、当たれば俺は消滅する。『危険察知』が全く反応していないことが不思議だが、それ以上に俺自身、恐怖を感じていないことが不思議だった。だが――
「――ここしかない!!」
俺の最後の切り札を切る!
限定された条件でしか発動できず、どれだけの効果があるかが分からん。が、これに賭けるしかない!
「ぬおおお!!!」
「うあああ!!!」
俺の切り札、それは部屋に充満させた伝導体――エレクトロードパイソンの体液に向けての『発電』だ。
エレクトロードパイソンもこの攻撃を使っていた。
と言っても、支援者によって完封されていたので効果のほどは定かではなかったが。
俺の場合、エレクトロードパイソンのように体液を瞬時に『噴出』することはできない。
だから俺は、回避しながら『噴出』する空気にエレクトロードパイソンの体液を混ぜることにした。
『噴出』する空気も体液と同じく、『収納』を経由しているので何の問題も無かった。問題があるとすれば、どのぐらいの量が必要か分からず、今回『噴出』した量も足りてるのか、足りてないのか分からない。
いや、今起きてる現象を考えると足りてないとは思えないか……。
部屋に響く衝撃と轟音、電撃の閃光やら魔力の光やらで何がなんだか分からない。
電撃は上手くいった。ノアの苦しむ叫びが聞こえたのだ、間違いない。
しかし、俺の目論見どおりいったとも思えなかった。
なぜなら、ノアは魔力を解き放っていた。
俺の最後のあがきに怯みながらも、己の全力を振り絞ったのだ。
……当たらなかったけどな。
というのは俺の軽口。実際には、ノアの一撃は俺の右腕を掠めた。
掠めただけにも関わらず、俺の右腕は根本から消し飛んでいたのだ。
それに気付いた瞬間、俺の背中に冷たいものが流れた気がした。と同時に、『危険察知』が反応しまくる。
何で今さら? 意味が分からん。
そんな俺は置いといて、問題はノアだ。
ノアは最後の魔力を放った直後に限界が来たらしく、本体は花が枯れるかのように萎み始めた。
一頻り萎みきったところで、合体が解かれたわけだが……。
「ノア! お前、大丈夫か!?」
「はい……ボクの……負けですね……」
合体の反動……以前はコノアだけが行動不能になっていたが、今はノアも同じように、形を保てないほどに消耗している。コノアも同様だ。周辺には動く体力すら残されていないコノア達が散らばっていた。
「お前、無茶し過ぎなんだよ。ここまでやる必要あったのか?」
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうに謝られたら、これ以上は何も言えん。
それよりもこの状況を何とかしないと。
「マ、マスター……腕が……」
「大丈夫だ。俺には『再生』もあるし、それに……見てろ」
ふとした思い付きだけど、試す価値はある。成功する確信もあるしな。
俺の体は化身、DPが基となって構成されている。
眷属もそうだ。DPを基にして『創造』した存在、DPである次元力を使えば回復させることも可能なはず……!
そう考えた俺は、『次元力操作』を発動させる。
俺を中心にして広がっていく青白い光。『噴射』を使いまくったおかげか、噴霧するかのように『次元力操作』を発動するコツを身に付けていたようだ。まあその分、本当に薄い霧のようなものだけどな。
しかしそれでも効果はあったようだ。
「マスター、腕が! コノア達も!」
「ああ、分かってる。ノアも元に戻ってるぞ」
部屋にいたノア達の形が整い出した。
霧状のDPを受けて回復したようだ。コノア達は自分の回復を確かめるように飛び跳ねたり転がったりと、すっかりいつもの様子に戻っている。
「ワーイ!」
やっぱりコノアはこうじゃないとな。
さて、俺の腕も元に戻ったことだし、今度こそ次へ進むとするか。
「マスター、次はキバが待っています。お気を付けて!」
「キバか……。分かった、ありがとう。行ってくるよ」
「ガンバレー!」
俺はノアとコノアの言葉を受けて、次の部屋への通路へと足を運んだ。
この展開だと、戦うしかないんだろうな……。
そう考えると足が重い。
覚悟を決める間もなく、次の部屋へと辿り着く。
入るや否や、部屋の中央に陣取った巨狼が話し掛けてきた。
「ノアを退けるとは、流石はマスター! さあ、我の力をお見せしましょう!」
尻尾をブンブンと千切れんばかりに振りまくるキバ。
頼むから、そんなに張り切らないでくれ……俺は既に疲れてるんだ……。