第119話 立ち塞がる関門 ノア
「我らが聖域を荒らす不届き者よ、覚悟はできているだろうな?」
部屋の主と疑いようのない存在から放たれる声。
見た目に反して、その言葉からは侵入者を排除する強い意志が込められている。
しかし、どこからどう見ても――
「ノアだよな?」
「……」
あれ? 違う? 人違い……いやスライム違いか?
光るスライムなんてノア以外いなさそうなものだし、俺のダンジョンにいるのだからノアに間違いないと思ったんだけど……。
何やら珍妙な気まずさを含む空気が流れている。
それは向こうも同じなのか、沈黙を破ったのはノア(?)からだった。
「……覚悟はできているだろうな?」
もしかして、そういう流れ?
支援者は『第一の関門』とか言ってたけど、ノアを倒して先に進めってことか。
〈肯定。ノアの訓練も兼ねていますので、手心無きようお願いします。ただし、ダンジョンとしての能力を使わず、マスターの力のみで打ち勝ってください〉
随分と回りくどい、けど了解だ。
そうと分かれば、俺もノアに合わせて役を作ってみようか。
「押し通る! 邪魔をするな!」
軽く構えながら、それっぽいセリフを言ってみた。
こういうのもたまにはいいかもな。
俺の言葉が合図になって、ノアも状況が進んだことが分かったようだ。
「ここは通さん!」
ノアはプルンと大きく揺れて、後ろに一つ大きく飛んだ。
と同時に、辺りを包む空気が変わる。
いつものノアではない、訓練の時とも違う真剣なノア。
表情は無くとも、気配がまるで違う。お互いに準備できたところで……。
――来る!
「はぁっ!」
ノア得意の魔力の弾による射撃!
部屋を暗くしているのは、これを見難くするためか! しかし――
「――当たらん!」
いくら見え難くとも、まっすぐ飛んでくる弾は発射されるタイミングさえ分かれば簡単に避けることができる。
サイドステップで躱した後は、ノアに向かって突き進む。
もう一度、魔力の弾が飛んでくるかもしれない。すぐに回避できるように警戒しながら――
「ぐおっ!」
――後ろ!?
俺は背後から受けた衝撃で、思わずバランスを崩してしまった。
そのまま倒れるわけにもいかない。無理に踏ん張らず、敢えて前転して体勢を整える。
その際に、攻撃してきたものの正体を見極めようと俺が今いた場所に目を向ける……が誰もいない。
「そんな余裕があるのか?」
悠長にしている暇もなく、ノアの弾が俺に向かって放たれる。
「ちぃっ!」
万全とは言えない体勢への追い打ち。回避しようとすれば、必要以上に動作が大きくなってしまう。
ノアも今がチャンスと見たのか、執拗に俺に向かって攻撃を続けてくる。
幾度か弾を避けたところに――
「がぁっ!」
背後からの一撃!
今度は堪えきれず、地面に突っ伏してしまった。
「マ、マスター!」
ノア……地が出てるぞ。
今がチャンスだろう……と言いたいところだが、攻撃を躊躇してくれて助かる。
転倒したところにノアの弾を受ければ、流石にどうなるか分からない。魔獣であっても、ほとんど一撃で木っ端微塵になるほどなのだ。
訓練の時に俺も何度か食らったことがあるが、その時は手加減してくれていたらしく、ビークにぶん殴られたぐらいの衝撃で済んでいた。比較対象がおかしいが、手加減が無ければ即死もあり得るということだ。
対して、背後からの攻撃はそこまでの威力は無い。
背中とはいえ、直撃しても体が吹き飛ぶような事態にはなっていないし、何かが突き刺さるだとか、切りつけられるといった攻撃の類でもない。どちらかといえば、魔力の弾と同じ攻撃という印象を受ける。
となると、魔力の弾をどうにかして後ろから撃ってきてるってことか……。
ノアのスキルにそんな変化球を可能にするスキルあったっけかな?
あるとすれば『魔力操作』か。魔力を放つだけなら以前の『魔力放出』で事足りる。
俺の知らない用途があるのだろう。とにかく……。
「ノア、心配してくれるのはありがたいけど何もしないってのは駄目だろ。次また同じようになったら、俺の負けってことで良いか?」
「あっ、えっと……はい! 同じチャンスは二度と無いと思え!」
言葉は番人みたいだけど、口調は戻ってるぞ。まあ、良いか。
さて、仕切り直しだ。
ノアには偉そうに言ったが、俺は大きなチャンスをもらった。
仮説をもとにスキルの構成を組み直して……。
「はぁっ!」
おっと、危ない! 正面の攻撃は当たらないし――
「――後ろもな!」
正面の弾は体を捻らせ、後ろから迫る攻撃は振り向きざまに剣で弾く!
「えっ!?」
今のは流石にノアも驚いたか。
偶然避けたわけじゃなく、完全に見切ってたことを証明したんだしな。
背後から迫る攻撃は魔力で構成された弾。『魔力感知』を自分に『付与』した瞬間に確信した。それは何処を起点にして発射されるのかも。
今の俺は、スキル『魔力感知』で周囲に存在する魔力を感じるようになっている。
この部屋……一見すると夜の平原を再現しているように見えるが、周りに生える夜光草が曲者だ。
「『魔力感知』が無ければ、夜光草にノアの魔力を隠してるだなんて気が付かなかったな」
ノアの魔力は淡い光を帯びている。
夜光草とは色が少し違うが、気にはならない程度のもの。部屋の全ての夜光草に隠されていれば違和感など分かりはしない。
それを『魔力操作』の効果を使って、任意のタイミングで発射しているということだろう。
背後に位置した夜光草に徹底しているのは確実に当てるためか、種明かしを避けてのことか……。
どちらにしても、仕掛けが分かれば対処のしようはある。
「流石です! ……でも!」
ノア、また素に戻ってるぞ。
……なんて言ってる場合じゃない。攻撃は激しさを増している。
全方位、部屋に存在する全ての夜光草から弾が放たれ出したのだ。
出し惜しみするつもりなどないのだろう。避けられることも想定内、本命はあくまでノア自身の放つ魔力。
夜光草からの攻撃は囮に、本命を叩き込む作戦にシフトしたようだ。
俺もノアの弾だけは剣で弾いたりはしない。
他の弾とは違って、衝撃で腕が持っていかれるかもしれないのだ。これだけは回避に専念する。
だからといって、逃げ回ってるだけじゃないけどな!
「ストーンバレット!」
回避しながらのストーンバレット。普段のノアであれば、いとも容易く躱せる攻撃だ。
しかし、今度のストーンバレットは一味違う。
俺も『次元力操作』を身に付けたことで、口以外からも魔術を放つことができるようになっている。
掌を起点にした『次元力操作』の発動、そこからなら魔術が使えるのだ。
そこに『自動演算』を組み合わせる。
「くぅっ!」
俺の左手から止めどなく発射されるストーンバレット。
思考とは別に自動で連射されるので、右手は剣を使って防御に専念できる。足を使っての回避も同様だ。
ノアの仕掛けた夜光草からの攻撃は、一度放てばそこからの射撃はできない。つまりは戦闘が長引けば長引くほど弾数が減り、ノアにとって状況は不利になる。
初めは圧倒的な物量で迫ってきた攻撃も、今となってはノア自身の放つ弾のみだ。
その弾も俺のストーンバレットとの撃ち合いで精度は決して高くない。
それだけではない、連射力で勝る俺が射撃で有利になり始めていた。
回避しきれなくなったノアは、堪らず魔力の障壁で防御に移行する。
こうなってしまうと、ストーンバレットではノアの防御を破るほどの威力はない。
対処方法は障壁を強引にぶち破るか、無効化するかの二択。
俺が選択するのは……後者、障壁を無効化させる!
「うおおお!」
接近すれば『次元力操作』を干渉させて無効化することも可能だ。そう踏んで、ノアとの距離を一気に詰める。
周囲には魔力の反応も無い。ノアの攻撃さえ警戒すれば問題無し、そのノアも今は障壁で防御を固めている。これはもらった!
「――隙あり!」
言うや否や、ノアは防御に使っていた魔力の障壁を撃ち放った!
俺が接近するタイミングを待っていたのか、狙いは正確だ。
だが、それでも――
「当たらんのだな、これが!」
「ええっ!?」
ノアには予備動作無しでジャンプした俺がどう見えたか聞きたいところだ。
『噴射』を使って跳躍する。
一見簡単に見えるが、やってみるとかなり加減が難しい。補助核のシミュレーションを瞬時にやっているからこそ成功している。それでも一瞬の跳躍のみ、使えても緊急時の回避運動程度なのだ。
それでも今回は最高のタイミングで使用できた。
攻撃を回避されたノアに抵抗する術は無い。飛び上がった勢いそのままに、俺はノアを羽交い締めにする。というか、ただ抱きついただけだ。ここまで来たら、剣を突き立てる必要も無いだろう。
「ハッハッハ! 捕まえた! 俺の勝ちだ!」
「そ、そんな……!」
残念だったな。ノアが『魔力操作』を身に付けた時のことを聞いていなければ、無策で突っ込んでいた。そうなれば勝負は決まる。カウンターをもろに食らった俺の負けだ。
一応、一度目の接近時も準備はしていた。
実行する前に不意打ちを食らったので、お披露目する機会は無かったけど。
まあ、過程はどうあれ今回は俺に軍配は上がった……で良いのかな?
いまだ驚いたままのノアには悪いけど、ここはしれっと通らせてもらうとしよう。
ノアを解放した俺は、部屋の奥にある通路へ向かおうとすると……。
「ノアー!」
「うおっ、コノア!?」
突然、奥の通路から大量のコノアが現れた。
俺を押しのけたコノア達は、ノアを取り囲むように位置取っている。
〈さきほど、ノアはマスターに止めをさせる状況にありました。つまり、マスターとノアはお互いに一勝していることになります〉
(……)
ノアとコノア、両方がこの場にいて支援者の言葉……まずい予感しかしない。
〈マスターの記憶にある言葉で言うところの最終ラウンドです。ノア、お願いします〉
「はい! ここにいるコノアはボクが『分裂』した全てのコノア、次はボクの出せる全力で相手をします!」
その言葉を皮切りに、コノア達がノアを包むようにして一所に集まっていく。
時間にして数秒、別れていたものが元に戻るかのように滑らかで無駄の無い動き。戦いの最中であれば命取りかもしれないが、相手をするのは俺だから……というわけでもなく、俺はただただ目の前の光景に圧倒されていた。
ノアとコノア達、全ての境界が消えたところで――
「うっ!」
一瞬の強い光とともに変化は終わりを迎える。
「さあ、マスター! 今度こそ決着です!」
「はは……マジか」
俺は腹の底から、乾いた笑いが込み上げてきた。