第118話 自分で自分を攻略する 作ったやつ、出てこい
数々の落とし穴――もとい、困難を乗り越え、ようやく開けた場所に出ることができた。
ここまで掛かった時間は一時間を超えている。
何に時間が掛かったと言えば、落ちた穴から脱出するのに手間が掛かったぐらいで、一度も落ちなければ二十分も掛からないのではなかろうか。
とは言っても、普通のやつなら一度落ちただけで終了しているだろうけど……。
それはともかく、俺が今いる場所は一つの大きな部屋。
部屋とは言っても通路と様相は変わらず、ゴツゴツした岩肌が剥き出しになった天然の洞窟と見紛う出来栄えの部屋だ。
ここも凹凸に富んだ形状で大小の石柱が天井と地面を結んでいるあたり、ビークの芸の細かさが窺える。
しかし、俺にはそれを感心している余裕は無い。
通路は落とし穴だらけ、じゃあここには何がある?
そんな警戒心が先行して、おちおち気を休めることもできないのだ。
うーむ……無造作に置かれている岩が転がってくるなんてことはないだろうな……。
〈ここには特に何もありません。休憩場所にどうぞ〉
「無いのかよ!」
思わず突っ込んでしまった。
まあ、それなら座るのにちょうど良い岩があるし、お言葉に甘えて……どっこらせっと。
〈マスターが今通ってきた道は、ダンジョンと外を繋げる道の一つにしか過ぎません。罠を仕掛けずにここまで繋げた道や、行き止まりと落とし穴を絡めた道など、様々な道が用意されています。今回は比較的単純な道を選択しました〉
確かに、繋げられる入口の数はまだあるしな。全部が全部、同じルートってわけにもいかないだろう。
よく見ると、この部屋から通じる道はいくつかあるようだ。
高い位置に空けられた穴、あれも道の一つだろう。岩陰の地面に空けられた道なんてものもある。
「でも、これじゃあ俺は何処を通れば良いのか分からないぞ? 一つ一つ進む時間が勿体無い」
〈マスター……スキルを使ってください〉
スキル? 道が分かるスキルなんてあったっけ?
『方向感覚』……うーん……正しい道が分かってないから、帰る道しか分からないっぽい。
それじゃあ『直感』なんてどうだ? ……うん、何となーくだけど多分あれだ。
奥へと続く道は、一際大きな岩に隠れた位置にある穴。
続く道はさっきまでと違って、やや広めで足場も安定している。落とし穴は……無いみたいだな。
見つけたついでだ。休憩を切り上げて進むことにしよう。
しかし、よくよく考えてみたら、俺のスキルには探索に向いてるスキルも結構含まれているようだ。
実のところ、落とし穴があった道ではかなりの頻度で『危険察知』が反応していた。
それであっても、何が危険か分かっていないと反応のしようがない。
何が危険か分かった時には、大体が既に手遅れ。ダストシュートを滑走している時だった。
こういった場面でも、俺の経験不足が悔やまれるんだよな……。
――っと、やばい! 『危険察知』が反応した! 何が来る!?
俺は咄嗟に身構えた。
身構えたところで対処できるか分からないが、反射的にだ。
そのまま通路を見回す……が、何も無いように見える。
『危険察知』は何かがあると、『直感』は……一緒か。何か、やばいことしか分からん。
あと使えそうなもの……『聴力強化』でも試してみるか。
……。
……ん? 何か、ガツンガツン聞こえるな。遠くで何かがぶつかるような音。
これは……後ろか。
俺は恐る恐る振り返って、今来た道に目を向けると――
「うおお! これはいかんだろ!」
――通路を塞ぐようにして天井と地面から岩が突き出ている。
規則正しく上下してかち合う岩、挟まれれば大惨事だ。尖っていない分、押し潰すといったところだろうか。何と言うか……歯。とりわけ臼歯みたいな印象を受ける。
〈ビークは『咀嚼する案内人』と名付けていました〉
「名前なんて、どうでも良いっての!」
後ろから差し迫ってくる歯。開いた時に向こうが見えるということは、タイミング良く通り抜ければ引き返すことが出来るかもしれない。
しかし……訳分からん巨大な歯に噛まれに行くぐらいなら、素直に奥へ進むに決まっている。
幸い、迫る速度はそこまで速くない。走れば十分逃げ切れる程度の速度だ。
ただまあ、後ろからあんなものが迫ってくると落ち着いていられるものでもない。俺はかなり急いで、通路を奥へとひた走った。
五分もしないぐらいだろうか、通路の奥が開けているように見える。部屋だろう。
そこまで行けば大丈夫だろうと、俺は勢いそのままで次の部屋に飛び込んだ。
「――な、に!? 今度は何だ!?」
部屋に入った瞬間、足場が揺れた。
左右に振り子のように揺れる足場で、俺は腰を落として踏ん張りながら部屋の様子を見渡す。
かなり広い長方形の部屋、特に何かあるわけでもない。むしろ……地面が無いぐらいだ。
では俺がいる場所はどうなっているか?
俺にもよく分からんが、どうやら足の下にある地面は石の板を敷いたもののようだ。
それが何枚も連なって一つの道になっている……揺れ方から察するに、吊橋のようなものかもしれない。
今来た道と次の道へ繋ぐ一本道。木の板の代わりに石の板を使った吊橋が掛けられている。手すりのようなものはない。
揺れた拍子に落ちた先は……なるほど、下は落とし穴の終着点か。遥か下の地面には、鋭い岩が無数に突き出ていた。
〈ビークとしては、この部屋に飛行できる魔獣を放って欲しいとのことです。マスターの情報の中では、ジャイアントバットやパラライズモス、ポイズンモスが該当します〉
足場が悪い中での空中からの襲撃。上に気を取られて落ちてしまえばそれまでだ。
退路は……無いな。ビークの言う『咀嚼する案内人』が閉じきってしまって、帰る道が完全に無くなってしまっている。
しっかし、さっきの通路と言い、この部屋と言い……。
「鬼か、あいつは!」
……
俺は『吸着』があるので、今の部屋は最初さえ凌げば問題無い。
ほとんど無いに等しい通路を挟んだ次の部屋はと言うと……。
何も無い。
いや、地面はあるよ? 天井も壁もある。
ただし、今までのような洞窟然とした造りではなく、完全に人工物のような造りだ。
しかも、部屋というより通路と言ったほうが近いかもしれない。
正方形でくり抜いた穴のような部屋。高さと幅が均等、奥行きだけが異常に長い部屋なのだ。
材質も金属? これって……まさか!?
〈肯定。全て魔鋼です〉
あいつ、やりやがったな……! 魔鋼を『創造』しようとしたら、結構な量のDPを消費してしまう。
『生成』でそれが当てはまるか知らんが……あれ? 言うほど多めに減ってるわけでもないな。
〈『生成』はあくまで元にした物質を模倣するだけ、存在自体を生み出す『創造』とは理を異にしています〉
ここに来て『生成』と『創造』の違いを知ることになろうとは。
でも、朧気ながら理解した。俺の推察が正しければ、仮にここの魔鋼を加工しようとしても……。
〈肯定。無駄です。ダンジョンを構成する物質は、元の形状に戻ります。外に運べたとしても消え失せるのみです〉
ダンジョンを構成するものは、別の次元のもの……みたいなものだろうな。
土の時もそうだった。穴を掘ってもすぐに戻っていたのだ。形を変えるためには『生成』しないといけない。そんなところも『生成』のルールなのだろう。
まあ、今さらだ。余分なDPが減って無ければ問題無い。
で、このメタリックな部屋に何の意味があるのかが気になるところなんだけど……取りあえず、ちょっと歩くか。
『危険察知』は反応しない。とどのつまり安全ということだ。
いつも急に反応するけどな。
しかし……ここだけ、SF感あるっていうのも面白い。
全部が金属、繋ぎ目も無ければ何の模様も無い、ツルッツルの部屋なのだ。
〈この部屋は少し特殊なものになっています。『気配察知』『魔力感知』『温度感知』『危険察知』に反応すれば対象を『鑑定』、人に該当しない種族であれば攻撃します。その攻撃方法も『鑑定』の結果を元に算出、加えて『鑑定』情報は、ダンジョン奥にある魔鋼製のボードに表示する仕様となっています〉
えっ? じゃあ、ここを歩くと自動でスキャンされてるってことになるのか?
何それ、急にハイテクっぽくないか?
〈マスターが実行するのですが〉
そうでした。
『自動演算』を通した俺の能力で……って言っても凄いな。
「ちなみに、その魔鋼製のボードって何処にあるんだ?」
〈ダンジョン区画最奥の部屋です。ビークは待機場所と呼んでいました〉
待機場所か。別に構わないけど、あそこが最後の砦になるんだから、もうちょっとマシな呼び方がありそうなものなのに。
〈最後の砦になる部屋も用意されています。ご心配無く〉
「別の部屋? それは楽しみだ」
わざわざ別の部屋を用意したってことか。
敵を迎撃しやすいようにするなら、確かに別の部屋が良さそうだしな。
「そう言えば、ここでの攻撃方法ってどんなのがあるんだ? 俺がやるにしても案はあるんだろ?」
〈了解。実行します〉
「いや、実行しなくても――」
俺が止めるよりも早く、支援者はソレを実行に移していた。
「ごわわわわわ!!」
こ、これは……電撃か!?
(早く止めろ!)
痺れて言葉にならんから『思念波』で訴えた。
それを受けて、支援者はすぐに『発電』を止めてくれたが……。
〈ビークから伝言です。「どうだったッスか?」です〉
「……マジでキレそうだ」
あいつ、仕込みやがった……。
支援者も何故かこういうことを進んでやるきらいがあるからな。二人して、こうなるように共謀したに違いない。取りあえずビークは後でしばく!
ともあれ、気を取り直して次へ進むとしようか。まだ、ちょっと痺れてるけど。
体の感触を確かめながら、俺は部屋の奥へと目を向けた。
部屋の奥の通路は上りの階段になっているらしい。
〈次の部屋では、第一の関門が待っています〉
「第一の関門?」
聞き慣れない言葉に訝しみながらも、俺は階段を上り始める。
傾斜は大したことがないが、とにかく長い。十分ほど経ったところで、ようやく次の部屋に辿り着くことができた。
「この部屋は……!」
見覚えがある。と言うより、似せたのだろう。
ダンジョン内で、この景色を拝めるはずがないのだから。
恐らく、部屋の形状はドーム状。
壁や天井が暗く、そして黒を基調にしているせいで、大きさははっきりしていない。
そこに散りばめられた小さな光。まるで星空を演出しているかのようだ。
残念ながら月は無いようだが……。
そして地面はというと、部屋一面が草に覆われており、ところどころ夜光草と思われる淡い光が散在して何とも言えない懐かしさを感じさせる。
ここは俺が転生して初めて見た景色、夜の平原にそっくりなのだ。
そこに夜光草ではない光が一つ。
淡いながらも、大きな光が存在していた。