第110話 騒動の裏側で
「それは?」
「これはパメラの手記だ。彼女の部屋から見つけたのだよ」
領主は手に持つ手記を捲りながら答えた。
「これには今回の騒動のあらましが記されている。それだけではない、私の周りで起きた事件についても、彼女の所見として残されている。悪いが、君達に直接見せるわけにはいかないのでね、私の口頭で述べさせてもらうとしよう」
「事件? 今回以外にも何かあったのですか?」
「うむ。無関係では無いようなので、そこから説明させてもらおうか」
……
領主が語り始めたのは五年前に起きた事件。
前領主であるオリバー伯爵と、伯爵夫人が亡くなることとなった事件についてだ。
事件のあらましとしては旅先での急死となっている。領主自身、それについては疑っていなかったらしい。
なにせ、死因となるものが何も発見されていない。
旅の道中、グレートファウルが引く車の中で、眠るように息を引き取っていた夫妻の姿が発見されていたというのだ。
偶然にしては出来すぎている……とも思えるが、当時カラカル近辺では同じ症状で命を落とす事例が散発していた。
何の前触れも無く、ある日突然眠るように死んでいく病。
決して多いわけでもないが、記憶から消え去られるほど少ないわけでもない。
不幸にも伯爵夫妻は、同時に発症してしまったと判断された。
「突然流行りだし突然収まった謎の病。今にして思えば、父と母を亡き者にするために画策されたものだったのだろうな。私が領主となった頃には、病はとんと聞くことがなくなった。それもパメラの手記によれば、ラシードという男の仕業とされているのだ」
「ラシード……聞いたことがある」
死に際のパメラが口にした名前だ。
今回の騒動の共犯と見て、間違い無いだろう。
「ラシードは料理人だ。それらしき遺体も厨房で発見されている。所持品から本人と確認できたが、ほとんど魔獣の姿となっていた。恐らく、君の仲間が始末してくれたのだろう」
屋敷の中ならノアかフロゲルだな。
知らないうちに、元凶の一人を倒していたのか。
「そしてラシードは、今回の騒動に合わせて使用人の体内に……」
「魔獣を『寄生』させていたのでしょう。『鑑定』でも、現れた魔獣……パラサイトバグに『寄生』というスキルがあることを確認しています」
冷静に考えると、とんでもなく恐ろしいスキルだ。
食い破られるまで、本人は気付くことなく普段どおりの生活を送っているようだった。『寄生』された時点で終わりと思うとゾッとする。
「続きに移るが、手記によるとラシードは連絡員としての役割も担っていたようだ。しかしどういうわけか、肝心な部分については記されていないのだ。何か理由でもあったのか……」
「それは恐らく、パメラに施された魂の呪縛によるものだと思います。それのせいで、パメラは創造主の不利になることは話せないと言ってました」
「ふむ、前にも聞いたな。魂の呪縛か……忌々しい」
領主は悔しそうに呟くと、再び語り出す。
今回の騒動の10日ほど前、ラシードを通してパメラに命令が下された。
リンクス公爵の荷物を受け取ること。
その荷物を『侵食』して取り込むこと。
そしてカラカルを……滅亡に追いやることを。
それを聞いて確信した。
やはり、俺達の運んだ荷物が事の発端となったのは間違い無いようだ。
俺がその場に居合わせたのは偶然としか言い様が無いが、結果として黒幕の目論見を阻止することができたということになる。
それは俺だけでなく、領主にとっても喜ばしいことのはずだが、領主は手記を閉じて俯いていた。
「パメラは最後の朝を迎えるまで、その日が訪れないことを望んでいたようだ。本意ではなかったのだろうな」
「そうですね。もしも本気でカラカルを滅ぼそうとしていたなら、自爆という手も残されていました。しかし、それをしなかった。彼女なりに抗っていたと思います」
「うむ……」
領主は目を閉じ、一つ大きく息を吸った。
「ふぅ……大丈夫だ。私は受け入れている」
パメラが言い残したよりも、この人はずっと強いのかもしれないな。俺の方が感傷に浸ってしまっているようだ。
俺も気持ちを落ち着けて、報告するとしよう。今の話で確信したことがあるからな。
「領主様、実はリンクス公爵の荷物について分かったことがあります」
「ふむ、そのことなのだが、先にコテツから聞いている。それを加味して、既にリンクス公爵の下へ問い合わせの使いを送っているのだ」
「ごめんニャ。商人ギルドで分かった書類の件を先に報告したんだニャ。マスターに相談しようと思ったけど、ずっと寝てたからニャ……」
なんだ、そうだったのか。
どちらにせよ報告はするつもりだったし、少しでも早く手を打てるに越したことはない。
「コテツ、良い判断だと思うぞ」
「そうかニャ?」
「うむ、手記に記された事柄だけではパメラの思い違いの可能性もあったのでね。商人ギルドに物的証拠が残されていたことを聞いて決心が付いたのだよ。リンクス公爵が直接関わっているかは不明だが、信用できる者を送っている。今は待つことしかできないが、何か掴んでくれると信じているよ」
流石に領主ともなると、独自に情報を探る部下を擁しているのかもしれない。
密偵みたいでちょっと興味があるな。
「そう言えば、リンクス公爵というのはどんな方なんですか?」
「リンクス公爵か……正直、何を考えてるのかよく分からない御仁ではあるな。無口で神経質、態度でしか表さないので使用人も気苦労が多いと聞く。……おっと、公言はしないでくれたまえよ?」
「はい、それは勿論ですが……リンクス公爵は人間ですか?」
「ふむ? 確かに人間だが……人造人間だと言いたいのかね?」
「分かりません。見た目で分からないのならば、可能性はあるかと思います。あとは、どういったスキルを持っているかが分かれば……」
「スキルについては分からんな。貴族は自分の持つスキルを話したがらないのだ。腹芸として嘘を突くこともあるが、私のように嘘を看破できる者にとっては不信感を募らせるだけだからな。沈黙を貫くことが多い。『鑑定』も控えるのが暗黙の了解となってるよ」
聞いておいて良かった……。
考えてみたら、スキルの中には相手の考えを読み取れるものあるし、貴族みたいに腹に一物隠し持つような連中は、スキルの有無で政治手腕が左右されることもあるのかもしれない。
これからは『鑑定』のタイミングも考えることにしよう。
それはさておき、リンクス公爵が人間でスキルは不明となると、ますます怪しい気がしてきたぞ。
ただの人間に魔窟の核が用意できるとも思えないけど、俺はまだまだこの世界について知らないことが多いわけだし、判断できないところもある。
今までの経緯から、黒幕は『創造』に近いスキルを持っていることは明らかで、仮にリンクス公爵が黒幕となると……戦争になったりするのか? ……深く考えてなかったな。
と、俺が深く思案を巡らせていることを悟られたのか、領主が声を掛けてきた。
「君がそこまで悩む必要は無い。ここからは私の仕事なのだ。ヤパンにもリンクス公爵のことについて警戒するようにも伝えているので、我々だけで収めてみせるさ」
「ヤパンにも伝えて大丈夫なんですか? その……万が一、誤解だったりしたら……」
「フフ……急に弱気になったな。大丈夫、そちらも信用できる人物にしか伝えていない。私よりも力を持つ人物なのだ。大船に乗ったつもりで構えてもらってかまわんよ」
領主よりも力がある人物って、相当な権力者な気もするが……詮索しても仕方が無いか。
そこまで自身満々なら、俺は待ちに徹してみるとしよう。
どうせ俺からできることは無さそうだし、何か分かってから動くので問題無いだろう。
「ふむ、君の方も考えは纏まったようだな?」
「はい」
「そうか、ヤパンとリンクス公爵の件は私に任せてくれ。進展があったら君にも連絡はする。君には先に取り決めた件だけは守ってもらいたい」
「はい、大丈夫です」
これで話は終わりみたいだのようだ。
一時は遅刻するかと思って焦ったけど、意外とそんなでもなかったな。
「マスターはこれからどうするつもりニャ? オイラは宿を撤収してくるけど、街は観光なんて言ってる場合じゃなさそうだニャ」
「えっ? うーん……あっ、そうだ。俺はダンジョンを整理するよ。バタバタしていて、色々と放置してたからな」
「ふむ、興味深いな。機会があったら私も訪ねたいものだ」
まあ、裏庭に設置するわけだし、いつでも来れるようにはなるな。
ちょうど良いし、内装も変更しようか?
更新がずれて申し訳ありません。
状況が安定するまで、三日に一度の更新で進めていきます。