第109話 協力の要請
領主は俺の目を見据えながら口を開く。
「その理由は君にも分かっているのではないかね?」
領主が俺のダンジョンとしての能力を容認できない理由か……思い当たるところが多過ぎる。
領主が目にしたところで言えば、ダンジョンを移動手段として活用する方法。
色々と制限はあるが、入口さえ繋げてしまえば何処にでも移動することができる。
上手く利用すれば、大軍勢を直接敵の本拠地に送り込むことすら可能だ。
これだけでも十分脅威と言える能力に映るだろう。
しかし、ダンジョンの本領は移動手段ではない。
敵を誘い込んで迎撃するところにある。
複雑怪奇な迷宮を作り、罠と眷属による侵入者の撃退。
工夫次第では難攻不落な要塞を実現することもできるのだ。
それこそが、本来のダンジョンの姿というものだろう。
まあ、俺はダンジョンで敵を迎撃することに重きを置いてるわけじゃないんだがね。
「その顔は理解しているようだね?」
「はい……」
「ふむ、しかし君の能力を君が自由に使うことは当然の権利だ。能力の性質上、私が制限を強制できるとも思ってはいない。そこで君には頼みたいことがあるのだよ」
「頼みたいこと?」
「その能力は私の許可の範囲内で留めてもらいたいのだ。少なくとも、この街にいる間はね」
禁止されるってわけじゃないなら、別に大丈夫……かな?
いや、でも許可の範囲っていうのが気になる。念のため、確認しておこうか。
「失礼ですが、許可の範囲っていうのは……」
「そうだな、順を追って説明させてもらうとしよう」
領主の出した許可の範囲。
それは俺にとって、意外とも言える内容であった。
まず第一に、カラカルにおけるダンジョンの接続場所を領主の屋敷の敷地内だけに限定すること。
しかも、常時繋げたままにして欲しいという条件付きで。
「街中で不用意に能力を使われるぐらいなら、目の届く範囲で使用してもらった方が把握しやすいのでね」
なるほど、そういう考えもあるのか。
だとすると、俺にも都合が良いかもしれない。
こそこそと隠れるよりは、限られた場所でも堂々と能力を使えた方が気も楽というものだ。
ちなみに、ダンジョンの接続場所は裏庭の一角に決まった。
俺は何処でも大丈夫だと言ったのだが、領主の方から指定されたのだ。
そしてその話の流れで、俺がカラカル滞在時には領主の屋敷で寝泊まりすることも決まっていた。
ダンジョンが繋げてあるのに、外の宿で寝泊まりするというのもおかしい話だしな。
「ということは、オイラも……」
「うむ、コテツもこの屋敷に留まってもらうことになる」
それは俺も助かる。
ガンザンから言われてた、コテツを商人ギルドから警護するという話もまだ生きているのだ。
離れて行動することになると、その約束を守ることが難しくなる。
「そして次の条件なのだが――」
次の条件……それは魔獣をカラカルに送り込まないこと。
魔獣というのは勿論、俺の眷属のことだ。
危険な魔獣ではないと言っても、見た目がまんま魔獣だからな……。
まだ混乱が収まりきっていない状況でもあるわけだし、そこは仕方が無いだろう。
俺の能力を知らない人から見れば、再び魔獣の襲来が起きたと勘違いしてパニックになる可能性が高い。
「使用人の中には魔獣への恐怖が拭い去れていない者も多い。察してもらえるとありがたいが……」
「はい、それは分かっています」
「助かる。では三つ目の条件となるが――」
あとは何が制限されるのだろうか?
そう思っていた俺に、全く予想外の条件が突きつけられた。
「有事の際には、君の能力を当てにさせてもらいたい」
「有事……ですか?」
「ふむ、少し説明させてもらうとしようか」
そこから俺は、領主にカラカルが置かれている状況を説明してもらうこととなった。
カラカルの本来の役割とは、ヤパンの遥か北に位置する人間至上主義国家テンプルムの動向に目を見張るところにある。
獣人に対し一方的に攻撃を仕掛けてくるテンプルムから、人々の生活を守るという目的で建てられた街なのだ。
そのカラカルも、現在は三日前の襲撃から立ち直れていない状況にある。
今のままでは本来の役割を果たせないと判断した領主は、有事の際の備えとして、俺に応援を求めているというわけだ。
「部外者に当たる君に話す内容ではないのだが……そうも言ってられん。公の場でないからこそ、君に話しているのだ。勿論、そのような事態にならないように努めてはいるがね」
「具体的には、どこまで協力すれば良いのですか?」
「ふむ、前線に立て……などとは言わんよ。そこまで恥知らずではない。緊急時における人命の救助と、住民の避難を請け負ってもらえるだけで十分だ」
「なるほど、ダンジョンに避難させるということでよろしいのですか?」
「うむ、もしもの場合だがね。それだけでも随分と助かる。背中を気にしなくてよくなるのだからな」
それぐらいなら、お安いご用というものだ。
しかし、領主の口振りからすると……。
「何か、起きそうですか?」
「それは分からんよ。私は最悪の事態を想定しているに過ぎんからね」
最悪の事態か……黒幕なるものが存在するのであれば、何かしらの行動に移っていてもおかしくはない。
そう考えたら、何か起きそうな気がしてきたな……。
こんな勘は外れて欲しいものだけど。
「君の能力に関する制限は以上になるが、それで構わないかね?」
「はい。お気遣い感謝します」
「なに、さっきの話ではないが、有事の際には君にも協力を要請することになるのだ。屋敷の敷地内だけでも自由にしてもらって構わんよ。ああ、それと今回の件なのだが、本国であるヤパンには既に報告に向かわせている。君のことについてはかなり有耶無耶にしているが、ヤパンからの説明を求められた場合は……」
「今日のことは全部話してもらっても結構です」
「すまないな。カラカル始まって以来の騒動だったので、流石に報告しないというわけにはいかないのだよ。ヤパンからどのような打診があるか分からないが、私のできる範囲で便宜は図らせてもらう」
そういえば、俺は元々ヤパンに向かうつもりだったのだ。
この様子だと、そう簡単にヤパンには向かうことはできないかもしれないな。
まあ、急いでヤパンに向かう理由なんて無いので別に構わないんだけどね。
俺が小さく溜め息をついたところを察したのか、コテツが領主に尋ねてくれた。
「領主様、マスターはヤパンに向かうつもりだったんだけど、それはどうしたら良いのですかニャ?」
「ふむ、ヤパンにか……すまないが、それは許可できないな。少なくとも、ヤパンへの報告が終わるまではな」
分かってはいたけど、ちょっと残念だ。
「さて、平時であれば他にも取り決めたいことがあるのだが、それは追々とさせてもらおう。ここからは、三日前の騒動について分かったことを話すとしようか」
そう言うと、領主は一冊の手帳を懐から取り出した。