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第108話 大いなる勘違い


 宿を飛び出した俺は、ダッシュで領主の屋敷へ向かっていた。


 今の時刻は……昼をちょっと過ぎたぐらいか。

 今日来いって言われてたけど、正確な時間は言われてない。大丈夫だ……多分。


「おお、お前か。話は聞いている。通って構わないぞ」

「ありがとうございます」


 屋敷の門番には今日も同じ人が立っていた。

 というよりも、三日前から増員体制は続いているらしく、今も五人で門を警護していたようだ。


 三日ぐらいでは、まだ混乱は収まっていないのかもしれない。


 大通りを走っていた時にも感じたのだが、人の往来が随分と減った気がしていた。

 それどころか、武装した兵士が巡回している場面にも出くわすほどだった。

 そして今、俺が門を通った際も剣の携行は許可されている。


 三日前までの平和な日常が遠く感じてしまうな……。


「マスター様ですね。お待ちしておりました」


 屋敷の入口で待っていた使用人の女性に案内されて、俺は応接室まで通される。


 その間、俺は遅刻したことを咎められるか心配していたのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。俺が謝るよりも先に、笑顔で迎えられたのだ。


「よく来てくれたな。さあ、掛けてくれたまえ」

「領主様……ですか?」 


 応接室にはコテツと、黒いスーツに身を包んだ女性がソファに腰を掛けていた。


 声を掛けてきたのはスーツの女性。俺が確信を持って領主と言えないのは、ソファに腰掛けていたのが三日前に話をした領主とは似ても似つかない姿をしていたからだ。


 一見すると人間に見えるが、頭にはピンと立ったネコの耳、ソファに腰掛けながらも長い尻尾が見え隠れしている。俺の記憶が正しければ、執務室の前で見た領主が今のような姿をしていたはず。

 その記憶を頼りに領主と呼びかけたのだが、それは正解だったようだ。領主は首を傾げながらも肯定してくれた。


「ふむ、そのとおりだが、この姿は初めて見るのかね? 先日は『人化』するための魔力が不足していたので、ケットシーの姿のまま話をさせてもらったが、普段はこの姿でいることの方が多いのだよ」


 なるほど、これで合点がいった。

 コテツが以前言っていた『人化』、言われないと分からないものだな。


 いや、予想の一つとして立てていたが、本当にネコ耳になっているのを目の当たりにすると、妙な気持ちになってしまう。元が美人なだけに特に。

 俺は犬派なんだけどな……。

 

「さて、そろそろ座ってもらえないだろうか? そのまま話をするわけにもいくまい」

「あ、はい」


 いかん、邪な考えは封印だ。

 俺は心の中で頭を振って、コテツの隣に腰を下ろした。


「マスター、三日も寝るから心配したニャ」

「すまん……色々あったんだよ」

「何やら事情があるようだが、私の方から話をさせてもらっても良いかな?」


 領主の言葉で、俺とコテツは口を閉ざして領主へと顔を向ける。


「マスター、君の正体なのだが……君の口から話してもらえるかな?」


 勿論、全部話す。そういう約束だったからな。

 それに、領主には嘘が通じないのだ。

 変な誤魔化しよりも、正直に話して理解してもらった方が良い。


 そう考えた俺は、自分がダンジョンであることを包み隠さず話した。

 ついでではないが、話の流れでヘルブストの森で起きた魔窟のこと、コボルトとトードマンのこと、そして獣人の『呪い』のことについても説明している。


 領主の反応はというと、表情こそ大きな変化は見られない。

 俺がダンジョンだと言った時も、「なるほど」と相槌を打つ程度のものだった。


 しかし、ヘルブストの森について話をし始めると、徐々に変化が起き始める。

 耳がピンと立ったり尻尾が動いたりと、ネコ特有の表現が感情を雄弁に物語っていた。


 もしかしなくとも、こういう話が好きなのだろう。

 コテツはコテツで、ずっとニコニコしているし……俺の話がそんなに面白いかね?


「――というわけで、私はカラカルにやってきたわけです」


 どうだ、全部話したぞ。

 転生云々は省略してるけど構わんだろ。俺だってそのあたりはよく分からんし。


「む? ……コホン。そうか、ありがとう。嘘は無いようだな」

「ええ、他に何かありますか?」

「十分、いや思うところはいくつかある。その一つがダンジョンだ。ダンジョンというものは聞いたことがなないが……」


 どうにもこの世界にはダンジョンという概念が存在していないらしい。

 ダンジョンっていう言葉すらも存在しないっていうのが少し不思議だけどな。


「しかし、君の能力は……過去に事例がある。それがダンジョンと呼ばれるものかは不明だが、実によく似ているのだ」

「うえっ?」


 意外な言葉に思わず、声が裏返ってしまった。


「魔の攻勢の際には、英雄が現れるという話は聞いているかな?」

「はい」


 詳しくは知らないけどな。

 マックスとフロゲルから聞いた程度のことなら記憶している。


「おおよそ四百年前、前々回の魔の攻勢の英雄が君と似た能力を使っていたという記録があるのだよ」

「四百年前の英雄?」

「そう、しかし記録と言っても詳細は不明だ。何せ、ヤパン建国よりも昔のこと。当時の正確な記録など残っていなくてな。それに少々曰く付きなのだよ……」


 そう言うと、領主は声のトーンを明らかに落として語り出した。


「大きな声で言えないのだが、四百年前の英雄は魔の攻勢の際に人類を裏切ったという説もある。その裏切りによって、魔の領域が一気に広まったとも言われているのだ」

「裏切り……」

「人々の不安を煽ることになるので、知っている者は極少数だがね」


 二百年に一度訪れる魔の攻勢。それを退ける希望とされているのが英雄だ。

 もし、次の英雄が裏切るかもしれないとしたら……疑心暗鬼で、希望も何もあったものじゃないな。


「その四百年前の英雄の記録はほとんど残っていないのだが、数少ない情報の中に空間を繋げる能力があったとされている。君の能力を目にした時、私の脳裏にそのことが過ったものでね」


 空間を繋げる能力って言われても、俺と同じ理屈かどうかも分からん。

 俺の場合はダンジョンを介さないといけないわけで、言うほど自由に繋げられるわけではない。

 訳分からん英雄だか裏切り者だかと一緒にされても困るというものだ。


 でも万が一、同じ扱いされるとしたら面倒だな……。


「ええっと、領主様は私が英雄だと仰っしゃりたいのですか?」

「何を言ってるのだ? 君は知らないかもしれないが、英雄は皆人間なのだよ。まあ、ダンジョンが人間であるならば君が英雄ということもありえるが……君自身、自分で英雄だと思うところはあるのかね?」

「え? いや、無いです。はい……」


 何これ、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 英雄が人間限定だなんて知ってたら、俺だってこんな発言してないっての。

 そんな冷静に言われたら、俺が極めつけの勘違い野郎みたいじゃないか……。


「大丈夫ニャ。マスターはコボルトやトードマンにとっては英雄ニャ」


 変な慰めは止めろ!

 別に英雄になりたいわけじゃなくてだな、そんな大役は遠慮したいっていう意味で尋ねただけなんだよ!

 でも、そんなことを口に出すわけにいかん。言ってしまったら言い訳がましくて、余計に恥ずかしい奴になてしまう……。


「しかし、君の能力については容認できないものがある」

「えっ?」


 領主はそれまでにない強い口調で言い放っていた。 



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