第107話 慌ただしい目覚め
(何で言ってくれなかったんだよ!?)
三日はまずいだろ。
領主と会う約束をしていたのは、三日前……つまり今日、領主の屋敷に向かわないといけないことになる。
今、どのぐらいの時間なんだ?
貴族相手のドタキャンは罪になったり……するだろうな……。
〈まだ正午になったばかりですから、慌てる必要はありません〉
(正午って昼だろ? ますます慌てるっての!)
補助核は完成した。だったら、この空間にいる意味もない。
(支援者、戻るぞ!)
〈了解〉
支援者の返事の直後、俺の視界は切り替わる。
――核ルームだ。
俺の核を中心に、核ルームを一望するように見下ろしている。
そして核の周囲を回る補助核が二つ。桃色に光る補助核と、作ったばかりの紫に光る補助核だ。
二つの補助核が互いに干渉しないように飛び交っている光景は、いつまでも見ていたくなるがそうも言っていられない。
俺は急いで意識を化身へと戻そうとした。
〈マスター、補助核の効果ですが――〉
(後だ、後!)
今の俺の頭の中は、急いで領主の屋敷び向かうことでいっぱいなのだ。
支援者の言葉を遮り、意識を切り替える……。
……
「あ、起きた」
「アルカナ!?」
切り替わった視界の先にいたのはアルカナだ。
アルカナはベッドに横たわる俺の顔を、覗き込むように屈んでいた。
……近い、かなり。
取りあえず、離れてくれと意思を込めつつアルカナに質問する。
「お前、ここで何してるんだ? コテツは?」
部屋にコテツの姿は見当たらない。
三日も眠りっぱなしの俺を置いて、あいつは何処に行ったんだ?
アルカナはコテツが使っていたベッドに腰掛け、俺の問いに答えてくれた。
「コテツ君は領主様のところに行ってるよ。マスター君も行かないといけないんでしょ? なのに、ずっと眠ったまま起きないって、コテツ君心配してたよ」
「先に行ったのか……」
仕方が無いといえば仕方が無いか。
コテツからしたら、俺がいつ起きるか分からないのだ。
領主と約束した以上、何らかの説明をしないといけないと判断したのだろう。
で、それよりも気になるのは――
「何でアルカナがここに?」
「ん?」
いや、「ん?」じゃないだろ。
不思議そうな顔される筋合いはない。
「んー……仕事の前にちょっと寄ってみたら、コテツ君が困った様子でいたから、代わりに残ってあげたってところかな?」
「……俺達がこの宿に泊まっていたのをよく知ってたな」
「ギルマスから聞いてたからね。宿の人に聞いたら、部屋も教えてくれたよ」
この世界にプライバシーとか無いのか?
アルカナは関係者って扱いになってんのかね。
「コテツと代わったっていうのは?」
「マスター君のお守り。って言っても、コテツ君はマスター君を置いて領主様のところに行くつもりだったみたいだけどね。せっかくだから、寝顔を拝見しようと思って」
アルカナは眩しいぐらいに屈託の無い笑顔で答えてくれた。
本当に何を考えてるのか、今ひとつ分からん娘だ。
ともあれ、ここでアルカナの相手をしている時間も無い。
さっさと屋敷に向かわないと!
「悪い、俺はすぐに領主の屋敷に向かう。アルカナも仕事あるんだろ? 俺の相手をしてる場合じゃないだろうに」
「うん、それはそうなんだけど」
アルカナは立ち上がって、部屋の出口へと歩いていく。
いつもと違って神妙な様子に、俺はアルカナの背中から目が離させないでいた。
そしてアルカナは扉の前まで進んだところで、俺の方へと振り向いた。
その表情は、どこか寂し気な印象を受ける。
「ねえ、マスター君」
「何だ?」
「マスター君は、私が危険な目に遭っていたら……助けに来てくれる?」
アルカナ……急にどうしたんだ?
そんなことを言われたら、俺の方が不安になってしまう。
「危険な目って、今から行く仕事のことか?」
「もしもの話。ねえ、どうなの?」
とてもじゃないが、『もしも』の話をしているようには見えない。
こんな時、どう答えるのかが正解か分からないが……。
「助けに行く」
行かないわけがない。
付き合いの長さだとかは関係無い。俺は助けたい人を助ける。
だから俺はアルカナに危険が迫るなら全力で助けに行ってやる。
と、俺はかなり真剣な思いで答えたつもりなのだが……。
「マスター君は人が良過ぎるね。そんなんだと、すぐに騙されるよ」
「えっ?」
何? どういうこと?
俺、もしかして騙された?
「今のはどういう――」
「ありがとう」
アルカナはニッと笑うと、扉を開けて外に出て行ってしまった。
これはアルカナのペース……なのか?
アルカナの言葉が、本気か冗談だったのかも分からない。
しかし、俺の頭にはアルカナの寂しそうな顔が残ったままだ。
〈マスター、準備しないのですか?〉
(えっ? ああ、そうだな。すまん)
支援者の言葉で、俺は本来の目的を思い出した。
アルカナのことは気になるが、今は領主の屋敷に行かないとな。
(あっ、しまった……こんな格好じゃ、流石にまずいな)
準備しようと立ち上がって気が付いたが、服のことを忘れていた。
ノアに頼んだままだった。
ノアは俺の頼みを実行してくれていたのだろう。『収納』を確認すると、それらしい服が納められていた。
とはいえ、口から出せるようなサイズじゃない。
仕方が無い。ささっとダンジョンに戻って取り出すか。
〈その必要はありません〉
支援者に呼び止められた。
何か考えでもあるのか?
〈マスターは新しいスキルを身に付けています。『次元力操作』で限られた範囲でのダンジョンの機能を使用できます〉
『次元力操作』って言うと、ノアの『魔力操作』みたいなものか?
うーん……いつの間にそんなスキルを身に付けたんだろう。
〈パメラとの戦闘中に、切っ掛けを掴んでいました。さらに同期率の上昇に伴い、スキルへの昇華に成功しました〉
(同期率も上がったのか)
当然といえば当然でもある。
エレクトロードパイソンをはじめとして、ここ最近でかなりのDPを稼いでいた。
そこに核の魔素だ。
核は凄い量の魔素を秘めていたからな。あれが決め手になったと見て間違い無いだろう。
細かい内訳を確認したいところでもあるが、何せ時間が無い。
俺は『次元力操作』を試すことにした。
(こんな感じか?)
〈お見事です〉
フッフッフ……俺だって、やる時はあるのだ。
いつまでも支援者に頼りっぱなしの俺ではない。
俺がイメージしたのは一つの辺が20センチほどの立方体だ。
ちょっと歪だが、イメージが具現化して両手には青白い光の箱が乗っている。
質量は無いのか、重さは感じられないな。
この状態で『収納』を使えば良いってことか。
(意外といけるもんだな)
光の箱が消えて、代わりにきれいに畳まれた服が現れた。
これなら『創造』もできそうだ。サイズが限定されそうだけど。
ともかく、早速着替えよう。
……。
うん、今度の服も良い感じだな。
新しい服はオウルベアの毛皮がメインの素材に使用されている。
前回はジャケットだったが、今回はコートのようなデザインだ。
ブラッドウルフの紅い毛が装飾に使われているので、紅と黒が基調とした色合いとなっており、何ともシックな印象を受ける。
ズボンは少し丈が長くなって、膝下までの掛かるようになっていた。
こちらも勿論、オウルベアの素材で作られている。
しかし、ベルさんは相変わらず見事な腕前だ。
半端な仕事はしたくないって言ってたけど、この出来はまさに会心の出来と言えるだろう。
帰ったらお礼を言いに行かないといけないな。
さて、剣を腰に差して……ちょっと急ぐとしようか。
俺は宿を飛び出すように駆け出した。