第11話 コボルトとの出会い
木の上にいた人物は普通の人間では無かった。
両手を使って木から降り、二本の足で大地に立っている。
質素な作りではあるが、布で作られたと見られる衣服も纏っている。
しかし、首から上が犬だった。尻尾まで生えている。
取りあえず、『鑑定』――
名称:ココ
種族:魔人・獣人、狗頭人
生命力:25 筋力:25 体力:29 魔力:21 知性:48 敏捷:38 器用:71
スキル:夜目、木工、植物学、方向感覚
ユニークスキル:強運
ココ? 名前まで犬っぽい。
それよりも、狗頭人? あのコボルトか!
この世界にはコボルトがいるとは驚きだ。
しかし、初めての異世界交流がコボルトとは……。
俺も犬だし、さっきは狼で、今は狗頭人か。犬ばっかりだな。
俺を見て、驚いたままのココが呟いた。
「これは……声の主は犬だったの?」
(お前だって、犬だろうが!)
つい、言ってしまった。
「あっ、ごめん。馬鹿にしてるんじゃなくて、ビックリしたの。気に障ったなら謝ります」
どうやら、ココは俺を見下す様子は無さそうだ。
話をしても大丈夫そうだな。
(立ち話もなんだし、ウチ来るか?)
「えっ? ウチ?」
「マスター、よろしいのですか?」
ノアが心配している。赤の他人をダンジョンに入れることに抵抗があるのかもしれない。
「えっ? 光るスライム!? スライムが喋った!?」
忙しいやつだな。
喋るスライムってやっぱり珍しいのか? 説明するのも面倒だし、放っておこう。
(ノア、もしかしたら、色々と情報が手に入るかもしれない。心配なのは分かるけど、そこまで警戒する必要は無いと思う。)
「分かりました!」
ノアは素直に提案を受けてくれた。
ココはと言うと、ノアの返事にまた驚いている。
(じゃあ、行くぞ?)
「えっ? 行くって言ってない……」
何か言ってるけど無視だ。
俺とノアは連行するように、ココをダンジョンに連れてきた。
中ではコノア達が、思い思いの場所で体を休めている。
普段の様子からは想像できないぐらい静かだ。
「何、ここ!? スライムだらけ!?」
騒がしいな、うちの子が寝てるんだから静かにしろ!
俺はわざと唸ってココを黙らせた。
(さて、色々と聞きたいことがあるんだけど、いいかな?)
俺は水場の前に腰を降ろして、ココに話掛けた。
ココは自分の置かれている状況が不安なのだろう、一向に落ち着く様子が無い。
まあ、日の出前から狼に追いかけ回され、一難去ったと思ったら、今度はスライムの巣窟に連れて来られたんだ。
しかも、変な犬に話をしようって言われて落ち着いていられるわけがない。
どうにかして緊張を解してやりたいが……。
(なあ、腹減ってないか?)
「えっ? 腹?」
やっぱり、緊張を解きながら話をするにはランチョンテクニックが一番だ。
といっても、料理を用意できるわけでもないし、コボルトが何を食べるのかも分からない。生肉を出しても良いのかどうか。
そこで、俺は秘蔵の一品を用意した。
(これ、食ってみるか? 美味いぞ)
俺が出したのは、『収納』していた蟻の蜜だ。
以前、酷い目に会ったがあの味は忘れられない。
実はあの後も、ちょくちょく『収納』から取り出して楽しんでいた。
食べることで『収納』し、『収納』から取り出して、また食べる。なんと味の無限ループが可能だったのだ。
その秘蔵の蟻蜜だ。
何度も繰り返し食べてる、といっても汚いわけでは無い、決して。
俺が出したといっても、何も無い空間からいきなり出したら、また警戒されるかもしれない。
隠していたやつ、という体で水場の陰から取り出した。上品に『創造』した石の皿に乗せて。
ココは蟻蜜を訝しげに眺めていたので、俺は別の蟻蜜を出して目の前で食べてやった。
うん、うまうま。
その様子を見たココは恐る恐る蟻蜜に顔を近付ける。
やっぱり犬みたいだ。匂いを嗅いでいる。
汚くないって、マジで!
意を決したのか、ココは舌先を蟻蜜に触れさせた。
舌に付いた蟻蜜の味を口の中で確かめると……後は早かった。
一心不乱に皿を舐め回している。
その姿に俺はちょっと引いた。
人がしているのを見ると、ちょっと……。
ココは蟻蜜が無くなった皿をまだ舐めている。
このままでは話が進まない。
(悪いけど、そろそろ話を聞かせてもらってもいいか?)
ココはようやく話をしてくれる気になったようだ。
皿を舐めるのを止めて、俺の前に正座をするように座った。
至近距離で見ると、ココの顔はやっぱり犬だ。
垂れた耳が特徴の、ビーグルのような顔付きをしている。
犬っぽいのは顔だけじゃなかった。
どうやら犬らしく毛深いようで、服から覗く首元や手も体毛で覆われている。
掌だけ毛が生えてないのが、反って目立っていた。
ココはメス……いや、女性なのだが、見た目では全然分からない。
(まずは、自己紹介しとこうか。俺はマスター、こっちの光ってるのがノア、周りにいるのはコノアだ。)
「ココ……です。」
(お前は、あそこで何をしていたんだ?)
「えっと……。森の中で食べ物を探していたら、彷徨いていた狼に見つかってしまって……。狼から逃げるうちに森を抜けて……木の上しか逃る所が無かった……です」
(よく、追いつかれずに木に登れたな)
「それは……」
ココは事の経緯を話してくれた。
ココが言うには、ココを含めた三人で食料を探していたらしい。
そんな中、ブラッドウルフに遭遇した、とのことだ。
上手く逃げれたのは、ココ達は予め危険な時の対処方法を決めていたからだ。
何かあったら散らばって逃げる。決して助けずに自分の命を優先する、と決めたらしい。
結果としてココが逃げ遅れた……訳でもないみたいだ。
(じゃあ、ココは逃げ遅れた奴を助けるために、囮になったのか?)
「そんな格好良いものじゃないよ。ペス……友達が木の上にいたんだけど、その下から狼が動かなかったから、友達の逃げる隙でも作れれば、って思って……」
(今度はココが同じ目に遭ったわけか。)
うーん、嫌いじゃない。むしろ好感が持てる。しかし、無茶だな。
この世界は弱肉強食を地でいってる世界みたいだし、そんな綺麗事じゃ生きていけないだろう。
現にココは危なかった。俺達が助けに入れたのも、ただの偶然だったのだ。
それとも、何か秘策でもあったのだろうか? あの時の様子では、そんな気配は感じなかったが……。
(ココは、ブラッドウルフをどうにかする自信があったのか?)
「えっ? うーん……自信という程のものじゃないけど……」
言葉を濁すな……。まあ、奥の手は隠したいのかもしれない。
「私は昔から運が良いみたいで……」
運? 運にかけたのか? ギャンブラー過ぎるぞ。
いや、確かココはスキルに『強運』なんてものがあった。
あながち馬鹿にできるものじゃないかもしれない。
(じゃあ、ココは賭けに勝ったってことだな?)
「うん……そういうことになるのかな? まさか森の外にあんな化物がいるとは思わなかったけど」
化物? ノアのことだな。
ココはその化物が目の前にいることを知らない。
ノアは化物呼ばわりされても、気にする様子は無いようだ。
一応、教えとくか。
(あー、その化物はノアのことだな。今はこの大きさなんだけど、怒ったらああなる。ココも気を付けろ)
本当のことを言ってもしょうがないので嘘も混ぜておく。
ノアに失礼な態度を取られても、俺が不愉快だからだ。
ココは俺の言ってる意味が分かってないらしい。
そりゃ、そうだ。巨大化なんて言われて、信じられるわけが無い。
実際は合体なのだが教える必要も無い。
(信じられないと思うけど、確認したかったらノアを怒らせてみたらどうだ?)
「ボクはマスターに危害を加える者には容赦しませんよ?」
ノアは冗談で言ってない。
なんというか……声に迫力がある。本気で言ってるのが分かる。
ココもノアの言葉は理解したのか、姿勢を正して緊張している。
(いや、冗談だから、楽にしてくれ。ノアもあんまり脅かすなよ?)
「はい! マスター!」
うん、いつもの調子のノアだ。
「あ、あの……ノア、さんはマスターさんの何なんですか?」
ノアにビビってるな。
でも、俺はノアの主だから、俺にもビビってもらおうか。意地悪っぽいけど。
(ノアは俺の眷……いや、ノアもコノアも俺の家族だ。俺の家族に手を出す奴は俺も容赦しない)
そう言って、俺は壁に――
(ストーンバレット!)
――を打ち込んだ。
俺の口から石の弾丸が放たれるのを見たココは、唖然として固まっている。
ノアも何故か、プルプルしている。どうしたんだ?
「マスター! ボク達は、か、家族、なんですか!?」
えっ? 駄目だった? 家族と思ってたのは俺だけ? だったら、ヤバイ。恥ずかしくなってきた。
(すまん、嫌だったか? 俺はそのつもりだったんだけど……)
「いえ! あまりに感激してしまって震えが止まりません!」
嬉しかったの? そんなに? あっ! コノアもなんか反応してる。
「コノア達も嬉しいんです! 疲れなんか気にならないほど喜んでます!」
「ワー……」
どんだけ? いや、明らかに疲れが出てるよ。良いから寝といてくれ。
ノア達は方っておいて、それよりもココだ。
(ココ? おーい)
俺の『思念波』は声よりも効果があるようだ。
頭の中に直接話し掛けることで、ココはようやく正気に戻った。
「あ、あの! 今のはマスターさんが! 口から吐いたんですか!?」
正気ではないな、えらく興奮している。
(魔術だ。俺は『土魔術』を使える)
「ま、魔術……貴方は、一体何者ですか……?」
(知らん。変わった力を持つ犬、で良いだろ)
「……」
ココは黙ってしまった。
まあ、実は君の今いるダンジョンが俺の本体です、って言っても信じないだろう。
今までのことで、ココの理解のキャパはとっくにオーバーしてる。顔に書いてあるのだ。
驚きすぎて疲れているココには悪いが、まだまだ聞きたいことがある。
この世界のことを……。