第104話 受けた依頼について
前話で領主から一連の騒動について口外しないように頼まれた描写を追加しております。
改稿前にお読みくださった方は申し訳ありませんが、ご了承ください。
カラカル領主との話を終えた俺とコテツは、屋敷をあとにして商人ギルドへ向かう。
依頼であったリンクス公爵からの荷物を届けたことを報告に。
果たして、今日のできごとを経て依頼達成と言えるのかどうかは甚だ疑問ではあるが……。
と思案しながら歩く俺の目に、朝とは違う門の様子が飛び込んだ。
屋敷に起きた非常事態で増員したということだろうか。訪れた時は一人だった守衛が、今は五人で門の警護に当たっている。
そのうちの一人、今朝俺達を通した男が声を掛けてきた。
「お前達、無事だったのか!?」
「まあ……何とか」
「そうか、それなら良かった。詳しいことは知らないが、魔獣が現れたそうだな?」
「そうですけど……屋敷で起きたことは知らされてないんですか?」
門番にはどこまで話が回っているんだろうか。
念のため、屋敷の外に出回ってる情報を確認しておこう。
領主から口止めされてることだし、どこまで話して良いのか知っておきたい。
「うむ、屋敷から逃げ出した連中の誰もが、突然魔獣が現れたと言っていた。俺はここから動くわけにはいかんので救援は要請したが、それ以上のことは何も……。むしろ俺が聞きたいのだ。中で何があったんだ?」
これはやぶへびだったか……。
俺がどう答えようか迷っていると、コテツが代弁してくれた。
「申し訳ないですけど、混乱を避けるために領主様から口外しないように言われてますニャ。じきに領主様から説明があるはずだから、それまで待って欲しいですニャ」
「そうか……そうだな。誰が聞き耳を立ててるか分からん。俺は俺の仕事に専念しよう」
コテツの言葉に納得した男は門の側にある詰所へと入っていく。
すると、すぐに一本の剣を携えて外に出てきた。
見間違えようがない、俺の剣だ。
「すまないな……こんなことになるなら、預かるべきではなかったかもしれん」
「いえ、誰もこんなことが起きるとは思いませんから、気にしないでください」
申し訳無さそうにする門番から剣を受け取り、俺達は門を通させてもらう。
屋敷の外も、騒ぎが騒ぎだけに混乱が広まっていた。
とはいえ、魔獣の被害が屋敷内で済んだことが幸いしたのか、目立った騒ぎは起きていない。
通りすがりに屋敷の様子を窺う者や、立ち話をしながら遠巻きに見ている者がいる程度のものだ。
そんな人々の中に、見知った顔がある。
「あんた達、心配したんだよ……!」
「ネルさん」
商人ギルドの受付にいたネルさんが、門から出た俺とコテツの下に駆け寄ってきた。
今までの気丈な振る舞いとは違い、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「あんた達が荷物を届けに行った直後に、魔獣の騒ぎが起きたからね。それも領主様の屋敷って言うじゃないか、アタシは気が気じゃなかったよ……」
うーむ……こんな状態のネルさんに、依頼達成で良いのか聞くに聞けないな。
「ネルさん、依頼の件なんだけどニャ……」
コテツ、このタイミングで聞くのか?
俺にはできないけど、聞いてくれるならありがたい。
っていうか、これはコテツの受けた依頼なんだし、当然と言えば当然か。
「あ、ああ……そうだね。アタシとしたことがコテツに言われるまで気が付かなかったよ。依頼の件は達成で構わない。報酬は前払いしてるから報告の受領だけになるけど、それはもうアタシが受けたから良いよ。あんた達はゆっくり休みな」
あんまり依頼達成したって感じがしないけど、取りあえず肩の荷は一つ降りた。
それはそうと、少し気になることがある。
「ネルさん、聞きたいことがあるんですが……」
「聞きたいこと?」
俺が聞きたいこと……それは、リンクス公爵からの荷物についてだ。
タイミングがあまりにも良過ぎる。
始業の鐘までという時間指定もそうだが、荷物を持っていったパメラが核を取り込んでいたことを考えると、偶然とは思えない。
あの荷物が魔窟の核だった可能性があるなら、調べられることは調べておきたいのだ。
そうじゃなかったらそうじゃなかったで構わない。
だけど、もしも何らかの手がかりがあるなら……。
「あんたが何を聞ききたいのか知らないけど、ギルドに戻ってで良いかい? アタシも仕事を置いて来ちまったからね。続きはギルドで聞かせてもらうよ」
「分かりました」
ネルさんの提案を受けた俺達は、商人ギルドへと向かう。
道中、大通りを歩く俺の耳に、屋敷で起きたことに関する噂が入ってきた。
この世界でも噂というのは広がるのが早いらしく、露天商と客のやり取りの中でも、今朝起きたばかりのことに尾ひれがついて広まっていた。
賊が忍び込んだだの、隠していた魔獣が脱走していただのと好き放題……。
中には領主が異端の邪法に手を染めた結果だと抜かす奴もいる次第だ。
「マスター、聞く必要無いニャ。所詮は噂ニャ。すぐに忘れられるニャ」
「……ああ」
コテツに宥められて気が付いたが、俺はかなり不機嫌になっていたようだ。
全てというわけでないにしろ、街中で噂を立てている奴よりは遥かに事情を知っている。
何も知らないくせに知ったふうな顔をして、領主についての悪評を立てようとしている奴に対して憤りを感じていた。
しかし……噂話をしている奴を見ると、どうにも商人が発端となっているような気がするな。
商人が通行人をわざわざ呼び止めて、噂を流しているかに見えるのだ。
俺は何やらひっかかるものを感じながらも、目的の商人ギルドに到着した。
建物の中は普段と変わらず活気に満ちている。
ギルドを訪れる商人達は噂話よりも目の前の利益が肝要といった面持ちで、熱い交渉を繰り広げていた。
そんな人混みをすり抜け、ネルさんは定位置となる受付に回り込む。
「で、あんたの聞きたいことって何なんだい?」
「それは――」
俺は単刀直入に、今朝運んだ荷物のことについて聞いてみた。
しかし、ネルさんから返ってきた答えは今朝と同じもの。
「アタシも最新式の魔導具、ってことしか知らないんだよ」
「そうですか……」
俺の疑問に対して、ネルさんは関係書類を引っ張り出してまで確認してくれている。
俺にもその書類を見せてくれたが、書類には最新式の魔導具としか記入されていなかった。
一応、品名以外にも目を通しはするが、俺はどう足掻いても素人だ。
記入されている内容を見ても、何一つピンと来る情報は無い。
「ん? ちょっとその書類見せてみるニャ」
コテツは何かが気になったらしい。俺は手に持っていた書類をコテツに渡した。
受け取ったコテツは、低い唸り声を上げながら食い入るように書類を見つめている。
「……これ、偽造された書類じゃ無いかニャ?」
「偽造だって!?」
俺より先に、ネルさんの方が反応した。
「ちょっと、どういうことだい? あんたには何かが分かるのかい?」
「んー……何ていうかニャ。オイラ、この書類に似た感覚を覚えてるニャ」
と言って、コテツは俺の方を向いている。
「マスター、指輪のこと覚えてるかニャ?」
「指輪? 何それ?」
「ほら、大集落の事件が片付いた時にオイラがあげようとした指輪ニャ!」
あー……俺が森の魔窟を破壊した後の宴で、コテツがなけなしの贈り物をしてきたアレか。
確かあの時は犬だった俺が、目の前で食べてから『創造』し直したやつを返したんだよな。
ん? 今、その話をするってことは……。
「この書類、一度作ったものを作り直されてるかもしれないニャ」