第103話 領主への説明
俺は領主とともに応接室へと足を運ぶ。
仲間についてはダンジョンへ帰還するように指示しておいた。
待たせるのも悪いしな。話をするのは俺だけで十分だ。
「マスター、無事みたいで良かったニャ……」
応接室で待っていたのはコテツだった。
明らかに顔色が悪く、来客用のソファに力なくもたれ掛かっている。
「コテツ、大丈夫か?」
「な、何とかニャ……。マスターもボロボロになってるし、人のこと言えないニャ」
一見するとボロボロに見えるかもしれないけど、俺の被害はほとんど服だけで済んでいる。
その服の方はと言うと、パメラの攻撃ですっかり破れてしまい、かなりパンクな仕上がりとなっていた。
対してコテツは、魔術を放った反動がいまだに色濃く残っているようだ。
疲弊し切った顔で無理やり笑顔を作っている。
そんなコテツも、領主を前にしてはだらしない格好のままでいられない。
もたつきながらも姿勢を正そうと、ソファの上でもがいていた。
「そのままで構わんよ」
「も、申しわけございませんニャ……」
コテツを制した領主は、そのまま応接室のソファに腰掛けている。
俺も領主に促されるままに、コテツの隣に腰を下ろす。
「まずは部下の非礼を詫びよう。彼は短気なところがあるが誠実な男なのだ。彼なりに状況を判断しての行動ということは了承願いたい」
部下? ……ああ、さっきのおっさんか。
ちょっとイラッとしたけど、俺がおっさんの立場だったら……あそこまで怒鳴らんか。
でも、ここは大人対応で。
「謝罪は必要ありませんよ。こちらも何の説明もせずに現れたのですから、混乱するのも無理はないかと思います。むしろこちらが謝罪しなければなりません」
「そうか、そう言ってもらえるならありがたい。それでは先の件は、これで手打ちということで良いかな?」
「ええ、構いません」
おっさんの件は元々どうでも良い。
肝心なのはここからだ。
「さて早速だが、屋敷で起きたことを簡潔に説明してもらいたい。何分、屋敷は混乱の最中にあるのだ。状況を把握して陣頭指揮に移らなければならないのでな。それと、この騒動についての口外は控えて欲しい。これ以上の混乱を避けるためなのだ。分かってもらえるかな?」
「分かりました、私が把握していることについて話します。勿論、無用な口外もしません」
領主の言い分は分かっている。俺も混乱を広めるつもりなど毛頭も無いのだ。
俺は順序立てて領主に説明した。
始業の鐘から始まった一連の騒動。魔獣の発生、パメラの凶行、魔窟の核のこと、そして俺がパメラを殺したことを……。
俺の口からパメラの死を聞いた領主は、眉間に皺を寄せながら目を閉じている。
そして、絞り出すように一言だけ呟いた。
「パメラは……死んだのか……」
俺には領主とパメラの関係については分からない。
ただ、パメラの最期の言葉を思うと、ただの主従だけの関係には思えなかった。
そして領主の顔を見る限り、それは思い違いでは無いようだ。
パメラの最期の言葉……伝えないと。
「パメラは最期まで貴女を心配していました。お嬢様は寂しがり屋なところがあるからと……」
領主は閉じた瞼に力を込めている。
その姿が俺の目には、涙を零すまいと必死に堪えているように映っていた。
「何故……何故パメラが? 一体いつからだ? 私はパメラのことを何も分かっていなかったというのか!?」
感情を露わにした領主が声を荒げた。
恐らく、誰に対してではなく自分に対して問い掛けているのだろう。
それでも俺は答えずにはいられなかった。
「パメラは自分を人造人間、主の命のままに死んでいく人形だと言っていました」
「人造人間?」
「はい。それに、魂の呪縛があるとも……。俺も『鑑定』というスキルがあります。パメラの言っていたことは間違いありません」
「魂の呪縛……」
領主は再び瞳を閉じた。
何かを思案しているらしく、俺もこれ以上は何も言えない。
無言のままに時間だけが過ぎて行く……。
体感では長い時間が過ぎたようにも思えるが、実際は数分程度のことだろう。
目を開いた領主は、俺をじっと見据えて口を開いた。
「誰かがパメラに命令したということなのだな」
疑う余地も無い。俺は確信を持って、ただ一言「はい」と答えた。
「分かった。パメラの件はここまでにしよう。私は私の方法で調べることにする。しかし、それは屋敷の混乱を収めてからのことだ。先程の説明の中では魔窟のことが主だった内容だったのだが、屋敷の中に魔獣はいないと考えて良いのだな?」
「えっ? あ、はい」
屋敷の中は自信が無いな。
ノア達に任せっきりだったし、フロゲルが片付いたとは言っていたが、素直にそう答えてよいのやら……。
「その様子でははっきりしないということかね?」
「すみません。屋敷の中のことは断言できないです……」
「構わないよ。どちらにせよ、私の屋敷のことを全て君に尋ねるのもおかしい話だ。魔獣の捜索は現在も行っている。継続はもとより警戒もしなければならないのだ。気に病まないでもらいたい」
そうか、襲撃はこれで終わりとは限らない。
パメラを仕向けた奴の狙いが何か分からないが、まだ安心して良いと決まったわけではないのだ。
「ふむ、君の情報で朧気ながらすべきことは見えてきた。ともあれ、まずは混乱を収めることが先決か」
領主の中では考えが纏まりつつあるようだが、俺は疑問になっていることがある。
「何故、私の言葉に疑いを持たないのですか?」
「む?」
領主は俺の話に何一つ疑うような素振りは見せていない。
いくらコテツの紹介があったとはいえ、少しは疑っても良いんじゃないか?
「まあ、君達には言っても問題無かろう。私は人の嘘を見抜けるスキルがあるのだよ」
「嘘を見抜ける?」
フロゲルの『万能感知』みたいなスキルか?
どんなものか気になったので、俺はこっそり『鑑定』をしようとしたが……。
――『鑑定』できない?
「私を『鑑定』しようと試みたのかね?」
「えっ? あ、いや……はい」
「別に咎めるつもりはない。私には『鑑定妨害』というスキルもある。『鑑定』されると少し違和感を感じるのだよ」
『鑑定妨害』は俺も持っていたな。
剣に『付与』しているから、効果は今ひとつ分からないけど……って、剣を門番に預けたままだったな。後で取りに行かないと。
「話を戻すが、私は君の言葉に嘘は感じていない。だから君の言葉を全て真実だと受け取った。答えはこれで良いかな?」
「はい、納得しました」
嘘を見抜けるか……凄いスキルかもしれないな。
「まあ、嘘を見抜けるからと言っても、真実を見通せるかというとそうでもないようだがね……」
「と、言いますと?」
領主の呟きに、つい反応してしまった。
「パメラだよ。パメラは私に嘘を付いたことが無かった。パメラの言ったどんな言葉も、嘘では無かったのだ。しかし……私はパメラの心の影を見抜けなかった」
「……それは、貴女が悪いわけではないと思います」
悪いのは領主でもなく、パメラでもない。しかし、領主には言うまでも無かったようだ。
領主は瞳に決意を灯して、俺の目を見据えている。
「分かっている。全てはパメラを弄んだ黒幕が仕組んだことだ。いずれ正体を暴き、決着を付けねばなるまい」
決着か、それは俺も付けないといけないだろう。
魔窟もそうだし、パメラのような人造人間もこれ以上増やしたくはない。
俺は俺で黒幕の正体を調べるとしよう。
「さて、今日のところはこれぐらいで終わりにさせてもらう。また後日、話を窺っても良いかな?」
「はい、勿論です」
「ありがとう。そう言えば、私の治療をしてくれたのも君だったそうだね? それも礼を言ってなかったな。今日一日で君には随分と助けられた。何か考えさせてもらうとするよ」
「いえ、お気になさらずに」
ここで期待してますなどと言えないところが、俺の器の小ささが出てるな。
「ふむ、それでは私は動くとしよう。さしあたって、君とコテツには街を離れないようにしてもらいたい。それと君の連れていた魔獣なのだが……」
「すみません、言ってませんでしたね。俺の能力なんです」
「能力?」
俺は応接室の壁に、ダンジョンの入口を接続する。
そこに見えるのは大広間で寛ぐフロゲルの姿だった。
(おっ、話は終わったんか?)
領主は固まっている。理解不能といった様子で。
目の前で起きたことを脳が処理しようとフル回転しているのかもしれない。
「これは……別の空間に繋がる出入口を作るスキルということか?」
惜しいけど、大体合ってるな。
一目見て分かるものなのか。
「詳しく説明すると長くなりますが、そういう解釈で大丈夫です」
「コテツは知っていたのか?」
「はいニャ」
領主は額に手を当て、考え込んでいる。
何かまずいことでもしてしまったのか?
コテツの顔を見ても、俺と同じように首を傾げているばかりだ。
「そうか、分かった。君の正体についても後日話してもらう。そうだな……三日後だ。三日後に屋敷を訪ねてもらいたい。それと先程の件に加えて、君の能力についても口外しないように頼む」
「三日後……ですね。分かりました」
領主の反応は驚きというよりも、困惑といった様子だ。
もしかして、俺の能力に何か心当たりでもあるのか?
ともあれ、三日後にまた話をするのであれば、その時にでも聞くとしよう。
俺とコテツは屋敷をあとにする。
色々とあったが、本来ならば俺達の仕事は荷物の配達なのだ。
これを依頼達成と呼べるか分からないが、商人ギルドへ向かうことにした。
申し訳ありませんが、私用が立て込んでおりますので、三日に一度の更新を27日まで延長します。