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第102話 アーシャ・カラカル


 パメラの最期を見届けた俺は、惨劇の舞台となったカラカル領主の屋敷に戻ることにした。


 大変なのはここからだ。

 魔窟は俺が対処したが、屋敷の方はまだ混乱しているに違いない。

 魔獣の方は恐らく大丈夫だろう。何だかんだで頼りになる連中が残っているのだ。魔獣程度に遅れを取るとは思えない。


 問題はその仲間自体なんだよな……。


 何と言っても完全に部外者だ。しかも全員魔獣。

 屋敷で派手に立ち回ってる以上、使用人の目に止まっていないはずがない。

 下手をすれば、街の兵士あたりと一悶着起こしている可能性もある。


 手を出すなとは言っておいたけど、それもどこまで守られるかも分からないし、逆に一方的に攻撃されているような事態になっていたら俺の方がキレるかもしれない。


 うーん……いかん。これは早いところ戻ったほうが良さそうだ。

 

 そう思った俺は、ダンジョンの入口を屋敷の裏庭に接続した。

 まだキバが残っているはずなので、先にキバを回収しようと考えたのだが……。


「今度はコボルトが現れたぞ!」

「一体、何処から……!?」


 ちょっと遅かったのかもしれない。

 俺の予想よりも、事態は悪い方向に向かっているようだ。


 裏庭に出てきた俺の目に映ったのは、武装した無数の兵士達。

 その誰もが手に持つ剣を構えている。剣の切っ先が向けられてるのは俺の仲間達……って。


「お前ら、何でこっちに来てるんだ?」

(おお、帰ってきたか。キバちゃんから聞いたで、片は付いたんやろ?)

「確かに魔窟は俺が破壊したけど……そんなことより、この状況はどうなってるんだ?」


 キバは元々裏庭に残していたから、まあ分かる。

 フロゲル、ノア、それにビークは屋敷の中にいたはずだ。三人がここにいるってことは――


(中の魔獣は全部始末しといたで。怪我人の治療も終わっとる。キバちゃんの気配がしたからこっちに来たけど、来たら来たでこいつらが現れてな。ああ、手は出しとらんで? 囲まれたてホヤホヤっちゅうやつや)


 囲まれたてホヤホヤって何だよ……。

 とにかく、屋敷の方は解決してるなら一安心だ。

 皆無事みたいだし、あとはこの状況を何とかすれば良いみたいだな。


「こ、この事態の首謀者は貴様だな!」


 俺達を包囲する兵士の一人、兜に角が付いてる男が俺に向かって怒鳴り声を上げていた。

 その顔は、怒気を孕みつつも怯えが刻まれているように見える。


 ていうか、めっちゃビビってる? いや、ビビりもするか。

 キバとビークだけでも、傍から見れば相当やばい。


 ビークはぼーっとしてるけど、今はそれぐらいでちょうど良い。

 何が悪いかというと、キバの馬鹿が正面の兵士にめちゃくちゃ唸ってやがるのだ。

 威嚇されてる兵士は顔面が真っ青になってるし、見てるこっちが気の毒になってしまう。


 状況がこれ以上悪くなる前に、俺が説得してみるとしよう。


「勘違いされてるようですが、俺達は敵じゃありませんよ」

「嘘を吐くな! 魔獣と行動をともにするコボルトなど聞いたこともない!」

「いや……信じられないだろうけど、本当のことなんですって」

「うるさい、悪魔め! 貴様以外の誰がこんな事態を引き起こすと言うのだ!」

「だから、俺の話も聞いてくれよ」

「くどい! 外道の声など聞くに値せんわ!!」


 困ったな……全然話が通じない。

 それどころか、段々と雲行きが怪しくなってきた。


 このおっさんは一人で勝手に興奮してるし、周りの兵士も触発されてか、今にも突撃してきそうなほどに鬼気迫る表情でこちらを見据えている。

 かかってきたところで、大した脅威ではなさそうだがな。


 むしろ、こっちの方から突撃をかましてしまいそうだ。


 俺がボロカスに言われるのが我慢ならんのかもしれん。

 ノアとキバからは明らかに怒気が漏れているのだ。

 ビークは大丈夫っぽい、相変わらずぼーっとした様子で突っ立っている。


「あー……ぶちのめしたいッス」


 あ、駄目だ。こいつも何気に怒ってる。


 どうする? ダンジョンに飛び込んで、ほとぼりが覚めるまで待つか?

 いや、今逃げたら余計に面倒なことにしかならなさそうだ。

 コテツも置き去りにしてしまうしなぁ……って、そういやコテツに領主のことを頼んでそれっきりだ。


 あいつ、肝心な時はいつもいないな。


「えっと……領主様に取り次いでもらうなんてことはできない……ですよね?」

「貴様……ふざけるのも大概にしろ!」


 駄目元で言ったけど、やっぱり駄目か。


 ふざけてなんかいないんだけどな。

 コテツを間に介して領主と話ができれば、上手く事が運べそうな気がするのだ。


 っていうか、このおっさん以外なら、まだ多少は話が通じそうな気もしてきた。

 このおっさんだけでもぶん殴ってやろうかな……。 


「ふむ、私に用があるということかね?」


 立ち並ぶ兵士達の向こうから、落ち着きのある声が俺の耳に届く。

 それは角兜のおっさんも同様らしく、今までがなっていたのが嘘のように静かになっていた。


 兵士の作る人垣が左右に分かたれ、声の主が姿を見せている。


 俺の方へ歩みを進めるのは、黒い外套に身を包んだケットシー。

 兵士の作った道を悠々と、気品を感じる足運びでこちらに向かってくる。


 その進路を阻むように、角兜のおっさんが前に出た。


「アーシャ女伯爵、こちらに来てはなりません! こやつらは貴方様の命を狙う賊なのです!」

「それは誤解というものだ。彼らは私の客人、今日の訪問は私の耳にも届いている。それとも、君達は客人に剣を向けることが礼儀だと言うのかね?」

「い、いえ……」


 アーシャ女伯爵と呼ばれたケットシーの言葉によって、兵士達は慌てた様子で剣を収めた。


「道を開け給え。君達は君達のなすべきことをするのだ。それはここで私の話を聞くことではなかろう?」

「は、はっ……!」


 領主の言葉で兵士達は一斉に動き出している。

 ほどなくして、この場に残されたのは俺達と領主だけとなっていた。 


「ふむ、マスターと言う名のコボルトは君のことかな?」

「は、はい……!」


 いくら俺でもはっきり分かる。

 このアーシャ女伯爵は、かなり身分の高い人物だ。

 貴族の身分なんて知らないが、伯爵なんて言うのだから紛うことなき貴族なのだろう。


 それ以上に、声に力がある。

 思わず従ってしまいそうになる、威厳のある声だ。


「なに、肩肘を張る必要は無い。普段どおりにしてもらって結構だ。なにせ君は、カラカルを救ってくれた恩人なのだからな」

「恩人? それって……」

「コテツから聞いたのだ。彼も事態を詳しくは知らないようだが、君がこの事態を収めてくれたと教えてくれた」


 コテツから聞いたって、いつの間に?


「そう言えば、まだ名乗っていなかったな。私はアーシャ・カラカル。このカラカルの領主を務めている者だ」

「ええっ!?」


 領主って、執務室の前で受け止めた少女だよな……?

 俺の記憶では、ほとんど人間と変わらない姿をしていたはずだ。

 確かにネコの耳と尻尾があったけど、目の前の領主は完全にネコの姿のケットシーだ。


 俺の中で記憶の齟齬が起きている。


(マスター、お前も名乗っとけ)

(あ、ああ……そうだな)


 本来ならこういう時って、俺が先に名乗らないといけないんだよな。

 貴族の挨拶ってどうやるんだ? 胸に手を当てるんだっけ? ……ええい、面倒だ!


「私はマスター、ヘルブストの森のコボルトです!」


 貴族の礼儀なんて知ったことか!

 男は黙って直立不動! あとは最敬礼でもしてれば万事解決だ!


「ハハハ……! いや、失礼。話に聞いていたとおりの人物で、ついな」


 話ってコテツか? あいつ、この状況で何の話をしていたんだ。

 まあ、印象が悪くないなら、それはそれで良かったのかもしれないが。


「さて、こんな場所では落ち着いて話もできはしない。コテツも君を待っているのだ。応接室で話を聞かせてもらいたいのだが、構わないかな?」

「ええ、構いません」

「そうか、ならば私に付いてきてくれ。生憎と使用人達も依然混乱している。おもてなしは期待しないでくれるとありがたいのだがね」


 使用人……領主はパメラのことは知っているのだろうか?

 パメラが元凶であったことを、そして彼女が誰かに創られた存在であることを。


 どちらにせよ、俺の口から全部話す必要があるだろう。

 パメラの最期の言葉を伝えてやれるのは、俺しかいないのだからな……。



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