幕間 ―ガンザン編 領主への報告―
「ギルマス、顔が強張ってるよ」
「うるせえ、俺はこういう格式ばった場所は苦手なんだよ」
俺はガンザン、カラカルにある冒険者ギルドのギルドマスターなんてものをやっている。
そして俺をギルマスだなんて略称で呼びやがるのは、ギルドに所属する冒険者アルカナだ。
俺とアルカナは、カラカル領主アーシャ女伯爵への報告のために、お屋敷に足を運んだってわけだ。
しかし……何度来ても落ち着かねえ……。
本来であれば、俺みたいな野郎がこんなきらびやかな屋敷に来ることは無いはずなんだが、何の因果かギルドマスターなんてものになっちまったせいで、ちょくちょく訪れるハメになってしまった。
何で俺がギルマスなんてやってるのか、自分でもよく分からんな……。
「どうしたの?」
「いや、何でもねえよ」
今さら、あーだこーだ考えても仕方が無い。
いつものとおり、俺はギルドマスターとして報告するだけだ。
……
「――現在の状況としては以上です」
「ありがとう。街の害獣は例年どおりというわけか」
執務室に通された俺とアルカナは、挨拶もそこそこに女伯爵に現状報告を行っていた。
報告とはいっても、内容はそうそう変わるもんじゃない。
住民から寄せられる依頼の内容や依頼の達成状況などが主だ。
しかし、女伯爵はいつも真剣に報告を受けてくれている。
カラカルの現状を把握するための情報として活用されるんだろう。
どんな小さなことでも報せて欲しい。女伯爵は俺にそう仰るのだ。
なら、俺はできる限りの報告はさせてもらう。
……それでも大したことは報告できないんだがな。
「アルカナはどうだ? 何か変わったことは?」
女伯爵はアルカナに問い掛けた。
アルカナは女伯爵から直接依頼を受けている。
依頼内容は『ヘルブストの森の調査』だったな。
先日、調査を終えたばかりのアルカナに、休養もそこそこに報告に同行してもらったのだ。
「外から観察した限りでは森の様子に変化は見られません。魔獣の気配も同様です。ラビットマンの集落近辺までは足を踏み入れましたが、そこから先となりますと入念な準備が必要となります」
「そうか……変化は見られないと」
依頼を受けた時も気にはなったが、ヘルブストの森に何かあるのか?
あそこは立ち寄ることを禁止されてる場所だ。
何も変化が無いならそれで良いんじゃないかと思ったが、どうにもそうじゃなさそうだ。
報告を受けた女伯爵の顔は暗い。
まるで何かが起きていることを確信しているかのような……。
「失礼ですが、ヘルブストの森に何か?」
「……ただの噂話かもしれないが、森に大きな異変が起きている、という話を耳にしたのだ。私なりの情報だが信憑性は高い」
「異変が起きている? これから起きるということではなく?」
「うむ、既に起きたと聞いている。規模は不明、内容も不明ということでアルカナに依頼したのだが……無駄足を踏ませてしまったようだ」
「アーシャ女伯爵、必要とあれば再び私が森を調査して参ります。次は装備を整えて――」
「いや、それには及ばない」
女伯爵は首を横に振って、アルカナの言葉を遮った。
「二人なら知ってると思うが、彼が森から戻ってきているのだろう? ちょうど商人ギルドの依頼で、ここを訪れるそうじゃないか。その時にでも話を聞くとしよう」
「彼……コテツのことですか?」
「うむ」
アーシャ女伯爵の表情は、一気に明るくなっている。
これはどちらかと言うと、コテツと久し振りに話ができることを喜んでるんじゃないか?
コテツが女伯爵と旧知の仲ということを知ってる奴は多いが、そんな顔をしていると変な噂が立っちまうのでは……?
「……コホン! ともかく、これでアルカナの依頼は達成とさせてもらう。報酬は勿論、事前に取り決めた額面で支払わせてもらう」
これで今回の報告は終わりか。いい加減、肩が凝ってきたところだ。
それじゃあ退室させてもらう――
「アーシャ女伯爵、コテツく……さんと言えば、森でコボルトを雇ったのはご存知ですか?」
「コボルトを?」
アルカナ、その話をするのか?
「それは初耳だ。差し支え無ければ、そのコボルトについて話してもらっても構わないだろうか?」
「はい! 是非とも!」
ちくしょう……今度はアルカナの方が嬉しそうにマスターのことを話し出したぞ。
「名前がマスター? 森の住民の慣習にとやかく言うつもりは無いが、なかなか大層な名前を付けるのだな……」
「性格も生意気ですよ! 見た目は子供なのに、中身は大人ぶってて!」
俺は二人の気の済むまで、付き合わないといかねえのか?
……いかねえんだろな。はぁ……。
「そして昨日のことなんですが、マスター君を冒険者に登録しました!」
「冒険者に?」
おいおい、その話題になると、どうしても俺が説明しないといけなくなるだろうが……。
「何故、冒険者に登録したのだ? 興味本位というわけでもあるまいし」
「ええ、それなんですが、理由はあります。一つは森の地図を作成させるため。まあ、これはついでみたいなものです。本当のところは―――」
「森の利権、か」
「……そのとおりです」
アーシャ女伯爵は、俺がマスターを冒険者にした理由に気が付いたようだ。
流石に若くして領主を務められているだけはある。
「冒険者ギルドに登録するまでは、コテツが身元引受人として登録されていました。そのままでは、間接的に商人ギルドの一員として利用される恐れがあります。そこで冒険者ギルドの独断ではありますが、マスターを冒険者に引き入れることにしました」
「それでも、本人が望めば商人ギルドに傾くとは思うが?」
「そのとおりです。しかし、そこまであいつも馬鹿じゃない。商人ギルドの内情を知れば、欲に塗れた連中の言いなりにならないために、誰が味方かを理解してくれると思いますよ」
とまあ、ここまで色々と講釈を垂れたわけだが……。
「アルカナの知恵なのだろう?」
「はは……そのとおりです」
俺の頭がそこまで回るわけがないだろう。
マスターに説明してやった時も、全部アルカナの受け売りだ。
それにしても、あの野郎……俺よりもすんなり理解したみたいだが、本当に理解してたのか?
「しかし、コテツに対する介入はどうするつもりだ? そのマスターとやらの心配はいらないとしても、商人ギルドのコテツへの当たりが強くなると、どうにもできないと思うがな?」
「それは――」
「問題ありません! コテツさんへの攻撃は全てマスター君が何とかします。それが武力介入であっても!」
俺の代わりにアルカナが答えてくれたが……女伯爵も今ひとつ、納得していない様子だ。
そりゃ、納得できるわきゃないな。材料が全く無いんだ。
「解せんな。森のコボルトがそこまで頼りになるものなのか?」
「はい! マスター君なら大丈夫です!」
「その根拠は?」
「勘です!!」
おいおい、言い切ったな……。
確かにアルカナの勘はすげえよく当たる。外したところは見たこと無いぐらいだ。
しかし、それを根拠として挙げるのか……?
女伯爵の顔を見てみろ、今にも怒り出しそうに小刻みに震えて――
「ハハハ……! アルカナの勘か、なるほど分かった! なら大丈夫だな!」
「はい、大丈夫です!」
何だ、女伯爵は怒っていたわけじゃないんだな。
そう言えば、女伯爵とアルカナも気が付けば長い付き合いだ。
アルカナの勘を知っててもおかしくはないか。
「そのマスターも明日、コテツとともに屋敷を訪れるのだな。アルカナがそこまで言うのだ、面白い人物なのだろう。楽しみがまた一つ増えたよ」
どうやら、これで本当に報告は終わりってことで良いんだな?
あんまり柔らかい椅子に座ってたせいで、腰が痛くなっちまった。
「それでは、我々は……」
「ああ、ありがとう。有意義な時間となったよ」
よし、あとは帰るだけだ。
立ち上がる時にちょいとよろけて、アルカナに悪態を吐かれはしたが、今回の報告も無事に終わった。
「お疲れ様でした。今日は随分と楽しそうに話をされてましたね」
「ああ、パメラさん。話が少し盛り上がってしまいましてね……」
執務室から出たところで、幸運にも侍従のパメラさんに会えた。
何ていうか、少し憂いを帯びた表情がまた魅力的だ……。
「それでは私達はお暇します」
「はい、道中お気をつけてお帰りくださいませ」
パメラさんが笑顔で送り出してくれたのは嬉しいが……。
少しぐらい話させてくれても良いじゃねえか。
アルカナがせっつくから屋敷をあとにしたが、俺はパメラさんと世間話がしたいところだったんだがな。
「ギルマス、パメラさんは諦めなって。ギルマスには不釣り合いだよ」
「ばっ、てめえ! そんなんじゃねえよ!」
俺が不釣り合いなんてのは、百も承知だってえの!
しかしなぁ……俺だって、あんな美人さんが困ってる表情を見せていたら、何か手助けしたいって思うのが自然だろうが。そして、あわよくば……てのは男の性だ。どうにもならん!
「もう……それじゃあ、次の報告の時にでもアタックしたら? 食事でもどうですかー、なんて」
「お、おう……そうだな。よし、次の機会にちょっと声掛けてみるわ」
なんて言ったものの、それができたらいつまでも独り身なんてしてねえっての。
とにかく、俺の苦手な報告は終わったんだ。
女伯爵の言っていた森の異変ってのが気になるが、それはマスターの野郎にでも聞いてみるか。
あいつは異変なんてものに関心があるようなツラしてなかったがな。
今回の幕間は以上となります。
明日は通常どおり、0800時に本編を更新する予定です。