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幕間 ―ノア編 師の教え―


(ノアちゃん、付いて来とるな?)

「はい、大丈夫です!」


 マスターと合流したボク達は、各々の役割を果たすために行動していた。

 ボクとフロゲルさんは負傷者の救援を、ビークは魔獣を引き付けて撃退を。


(しっかし、人間の家ってこんなに広いもんやねんなぁ。何処に何があるんか全然分からんわ)


 フロゲルさんはいつもの飄々とした調子で、ボクの前を歩いている。

 その目は辺りを警戒しているというよりも、見知らぬ場所に興味津々といった様子だ。


 正直、凄いと思う。


 フロゲルさんは早足で散歩しているように見えるけど、魔獣は次々と襲いかかってきている。

 それを何気ない様子で全て撃退しているのだ。

 油断は全くしていない、だけど気負ってもいない。熟練の戦士の姿がそこにはあった。


 一方ビークはと言うと、マスターの命令どおり、目立つ場所に陣取って魔獣をおびき寄せていた。


「おっしゃあ! かかってこいやぁ!!」


 ビーク……凄い気合の入りっぷりだ。

 こんなに雄々しく叫ぶビークは見たことがない。 

 同じ眷属だけど、まだまだ知らないところがあるんだな。


(ノアちゃん、出番やで。治療したってくれるか?)


 いけない、ビークに気を取られてる場合じゃなかった。


「うぅぅ……」


 ボク達の進路、置物の影に隠れるようにして男の人がうずくまっていた。

 腹部からの出血がひどいようだ。床には血の染みが広がっている。

 このまま放置したら命に関わるかもしれない。すぐに治療してあげないと……!


「もう大丈夫です!」

「えっ?」


 ボクがポーションを掛けてあげると、傷はみるみるうちに癒えていく。

 始めは苦痛に歪ませていた顔も、徐々に良くなってきている。

 だけど――


「ス、スライム!?」

「ボクは悪いスライムじゃありません! 怖がらないでください!」

(まあ、落ち着けや。ワシらは助けに来たんや)

「蛙の化物!?」

(誰が蛙の化物じゃあ!)


 あっ! フロゲルさんが殴ってしまった……!


(安心せえ、みねうちや)


 みねうちって何だろう?

 せっかく治療したのに、男の人は気を失っている。


「フロゲルさん、あんまり無茶はしないでくださいね」

(そうは言うけどな、さっきから失礼な奴が多過ぎやで? 治療したっても、お礼の一つも言わんと大騒ぎや。ちょーっと、折檻したってもバチは当たらんやろ)


 実のところ、治療したのは今の人だけではない。

 既に何人もの怪我人の治療に当たっている。


 確かにフロゲルさんの言うとおり、ボク達を見た人は一様に大騒ぎしていた。

 虫型の魔獣から逃げて来た人が、もと来た道を引き返そうとすることもあるぐらいに。


 ここまでに危ない場面もあったけど、フロゲルさんのおかげで何とか被害を抑えられていた。

 少なくとも、今のところ魔獣の手によって命を落とした人は見かけていない。

 体から魔獣が飛び出した人を除いては……。


(それに、気絶してもらった方が色々と都合がええんやで? 変に騒がれると魔獣も呼ぶやろうし、パニックっていうのは感染してしまうんや。本人達のためにも今は寝てもらうのが優しさっちゅうやつや)


 フロゲルさん……今の人に対しては明らかに感情で殴ってたように見えたけど。


(まあ、それももうちょいってところかな? 魔獣の気配は大分減ってきてるしな)


 ボクも『気配察知』のおかげで魔獣の気配を探ることができる。

 それでも、フロゲルさんの『万能感知』には遠く及ばない。


 ここまで被害を抑えられていたのも、フロゲルさんが適切なルートを選択してくれていたからだ。


 今向かっている場所も、きっと魔獣が潜んでいるのだろう。

 さも当然のようにフロゲルさんは進んでいる。そこで何が待っているのかを知っているかのように。


(ここやな)


 フロゲルさんが木製の扉の前で立ち止まった。

 

 扉の向こうからは何かが潜んでいる気配は感じるけど、魔獣のような気配じゃない。

 ボクとフロゲルさんとで、感じているものが違うのかな……?


(ノアちゃんが気にしてることも分かるけど、ここは行動あるのみや。行くで!)


 と、フロゲルさんは何の警戒する様子も無く扉を開いた。


 扉の先は……台所?


 ボクの知る台所に比べると、かなり広く見た目も違うけど、受ける印象がよく似ている。

 調理器具らしきものがあるし、間違い無さそうだ。

 そして部屋の中央、大きな作業台を背にして大柄な男の人がボク達を睨みつけていた。


「あんた……トードマンか?」


 どうやら、この男性はトードマンのことを知ってるみたいだ。

 だけど、決して友好的な様子ではない。

 トードマンが話をできないことを知らないのか、一方的に質問を続けていた。


「この騒ぎはあんたがしたことか? どうやって侵入したか知らんが、魔獣を屋敷に放つなんて――」

(ああ、そういうのいらんから)

「――うごぉっ!」


 ガシャァァン!


 突然、フロゲルさんは男の人を殴り飛ばした!

 腹部を殴られた男の人は、調理器具を散乱させながら奥の壁へと激突している。 


(知恵ある魔獣なんか? 人に化けてるのか、人が化けたのか……。まあ、どっちでもええか。ぶちのめしたらお終いや)

「フロゲルさん、どうしたんですか!?」

(今のやつな、魔獣やで。いや、魔獣かどうか分からんのやけど人間じゃない。通路におった魔獣の親玉っちゅうのは分かるんやけどな)


 今の人が魔獣? それも親玉って……!?


(で、ここからはノアちゃんに頼むわ)

「えっ?」


 振り返ったフロゲルさんは、殴った右手を差し出している。

 ぷらんぷらんと揺れる右手は手首が大きく腫れ上がり、普通ではないことが一目で分かった。


(折れた)

「お、折れたって……ちょっと待ってください! すぐにポーションを!」

(あー……タンマや。ワシ戦闘不能、もう無理。あとは任せた)


 フロゲルさんの行動の意味が分からない。

 ボクが戸惑っていると、フロゲルさんは構わず声を掛けてきた。


(ほら、向こうはやる気満々やで、ノアちゃんも準備しいや)


 フロゲルさんが顎で指し示す方向は、男の人が倒れているはずの部屋の奥。

 だけど、そこにいたのは――


「ギ、ザマ……!」

(またグロテスクな魔獣やな。そっちが本当の姿か?)


 ――男の人の皮を身に纏った、通路にいた魔獣よりも歪で禍々しい虫型の魔獣だった。


「フロゲルさん、冗談を言ってる場合じゃありません!」

「ギギィ!!」


 魔獣はフロゲルさんを狙っている。

 六本の足で床を這うようにして、フロゲルさんに向かって突き進んでいた。

 それにも関わらず、フロゲルさんはその場に立ったまま、躱す素振りを見せていない。


「危ない!」


 ボクは咄嗟にフロゲルさんの前に飛び出し、『魔力障壁』を発動させた。


 ボクの障壁には魔獣の突進を弾き返すほどの力は無い。

 できたのは僅かに軌道をずらした程度のこと。それでも十分、フロゲルさんへの攻撃は無効化できているはず――


(ミストスクリーン!)


 ――えっ!?


 思念を聞いて振り返ると、フロゲルさんの姿が消えていた。

 だけど気配は残っている。見えていないだけ……?


(ワシは隠れて見とくから、そいつの相手はノアちゃんに任せたで)

「フロゲルさん!?」


 魔獣もフロゲルさんの姿を見失っているのか、ボクの方に顔を向けている。

 フロゲルさんの意図は読めないけど、ここはボクが魔獣を倒さないといけないみたいだ。


「ギッ!」

 

 また突進!


 ボクは横に飛び跳ねて突進を回避する。

 攻撃が躱された魔獣は、そのまま通り過ぎていく……!?


(ほら、ノアちゃん。ボーッとしとらんで攻撃せな)


 フロゲルさんは簡単に言うけど、魔獣の動きが思ったよりも厄介だ。

 床だけじゃなく壁や天井、縦横無尽に這い回るせいで、ボクから攻撃する隙が見当たらない。


 対して魔獣の方は、ボクに隙があれば、どんな位置からでも即座に攻撃を仕掛けてくる。

 その度に、ボクは『魔力障壁』で防御を強いられてしまっていた。


 『魔力放出』で狙い撃とうにも、速すぎて狙いが定まらない。

 体当たりしようにも、反撃されるのが目に見えている。

 他にボクができることと言えば『麻痺液』ぐらいしか――


(そいつ、麻痺は効果無いで。ワシもさっき『麻痺液』使ったんやけど、全然効いてないやろ)

「フロゲルさん、どうしてボクに戦わせようとするんですか?」


 一人じゃ対処できなくても二人なら……!


(スキルはな、できると信じて初めて使える力なんや。できんと思ってたら、どんだけ頑張ってもできるわけがない、ってな)

「えっ?」


 それはどういう意味?


(ノアちゃんは自分ができることとできんことを分けてないか? それやったら成長できへんで。マスターみたいに、できんことをできるようになろうとせんとな!)

「マスターみたいに……」


 できること、できないこと……言われるまで気が付かなかった。

 ボクはマスターと一緒に訓練している時に見ていたはずだ。


 マスターはできないことでも何度も繰り返して練習する中で、できるようになっていた。

 元々持ってる力だから、できて当然? ……違う。

 零から一に、一から十に、今できることをさらに上回るように努力していたんだ。


 そのために必要なものは――


「イメージだ!」


 ボクは執拗に突進してくる魔獣に対して、『魔力障壁』で対処する。

 さっきまでと違う、軌道を逸らさないように真正面から受け止める!


「ギッ!?」


 魔獣は障壁とぶつかって、一瞬動きが止まった。

 このまま――


「いっけぇぇ!!」


 『魔力障壁』を『魔力放出』のイメージで撃ち出す!


「ギィィィ!!」


 ドォォォン……!!


 『魔力放出』の勢いで撃ち出した魔力の障壁は、魔獣を正面奥の壁まで弾き飛ばした。

 障壁と壁の間に押し潰される形で挟まれた魔獣はピクリとも動かない。


 これで終わり……かな?


「フロゲルさん、見てくれましたか? ボクもマスターのように――」

(油断は禁物やで)

「――えっ?」


 姿を現したフロゲルさんは、回転を加えた鋭い蹴りを放っていた。

 蹴りを見舞った相手はさっきの魔獣。まだ生きていたらしく、ボクの隙を突いて攻撃をしようとしていたようだ。

 そこをフロゲルさんが、一蹴してくれたということなのだけど……。


(上出来……と言いたいとこやけど、最後のはいただけんなぁ。勝ったって思った時が一番危ないんや。覚えとき)

「あ、ありがとうございます」


 フロゲルさんの蹴りで、魔獣は上半身が砕け散っている。

 こんな攻撃ができるなら、始めからフロゲルさんが戦ってくれれば良かったんじゃ……。


(ワシの蹴りは滅多に見せへんで? 頑張ったノアちゃんは特別や)

「もしかしてボクを魔獣と戦わせたのは、さっきみたいに新しい力を身に付けさせようとして?」

(おう、そうやで。ピンと来たんや。ノアちゃんとさっきのやつ、絶対相性悪いってな。こういう時に成長できるもんやし、いっそここでノアちゃんに限界を超えてもらおうかなー、なんて)

 

 確かに、ボクは新しい力を身に付けた。

 『魔力放出』と『魔力障壁』が一つになって、『魔力操作』に変わってることも自分で分かっている。

 だけど、それって今やる必要あったのかな……?


(ノアちゃん、そろそろポーションもらってええか? 調子乗ってわざと折ったはええけど、やりすぎたわ)

「……フロゲルさんも限界を超えてください」

(ノアちゃん、怒ってんの?)


 怒ってる……と思う。

 ここでこうしてる間にも、マスターは戦ってるかもしれない。

 そう思うと少し、ほんの少しだけボクの中にモヤモヤしたものが姿を現していた。


 それ以上にありがとうの気持ちもあるけれど、それは言わないでおこう。

 だってフロゲルさん、すぐ調子に乗ってしまうから……。


(えっ、ホンマにこのまま?)



次の幕間は、今日の2000時に投稿を予定しております。

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