第101話 領主の屋敷 終局
何だ、今の……?
俺は目の前で起きたことが信じられず、手に収まっているはずのナイフの柄に目を向けた。
残っていたのは柄だったものの残骸。
粉々に砕けてしまい、指の隙間からボロボロと零れ落ちていく。
最後の一撃に耐え切れなかったということだろう。
イメージしたのはギリギリで届かないものに手を伸ばすイメージと、全てをぶった切るイメージだ。
それを具現化したかのように、光の刃に変化が起きていた。
倍以上に伸びた刃が、パメラの防御する腕ごと核を横薙ぎに切り裂いていたのだ。
錯覚なのか、空中に切れ目が入っていた気がするけど……気のせいだよな?
今はそんなもの無いし……うん、気のせいだ。
「マスター! やはりマスターは我が及ぶべくもなく――」
「ああ、分かった! ちょっと静かにしてくれ」
キバが興奮した様子で詰め寄ってきたが、今は相手をしている場合ではない。
二つに分かたれた核は、いまなお黒い光を讃えている。
気配も残ったまま、つまり完全に破壊できたわけではないということだ。
そしてパメラも……生きていた。
胸部から上だけで生きていることが信じられないが、僅かながらに生命力が残っているようだ。
「がふっ……!」
敵とはいえ、血を吐き苦しむ様を見ていると心苦しいものがある。
核を破壊すれば楽にしてやれるだろうか……。
どちらにせよ、このまま放置というわけにはいかない。
俺は地面に横たわるパメラの上半身へと歩み寄った。
(早く……逃げてください)
この思念は……パメラか?
俺がパメラの顔を見ると、虚ろな表情のまま空を見上げている。
もはや視力も失われているのだろう。それでも口元は何かを訴えかけようと、微かに震えていた。
(何か言い残すことがあるのか?)
(これは……! 私の思念が聞こえているなら、お願いがあります)
パメラの思念からは、安堵とともにすがる思いが伝わってくる。
「マスター、何をなさるのですか?」
俺がパメラの体を抱きかかえる様子をキバが心配そうに見つめているが、何も心配することなどない。
今のパメラからは、暴走していた時のような憎悪や殺意は消え失せている。
俺はただ……死にゆく者へ、できることをしてあげるだけだから。
(お願いっていうのは何だ? 何かして欲しいことはあるのか?)
(私はこれ以上、核を抑えることができません。私が死ねば、核に蓄えられた魔素が溢れ出し、街は生物の死滅する地へと変貌してしまいます)
それは……パメラが核を制御しているということなのか?
(核を無力化する術はありません。一刻も早く、人々にこの地を去るように告げてください。お願いします……!)
残念だが、パメラの願いは聞き入れることはできない。
仮に俺が街の住民を避難させようとしたところで、今からでは避難が間に合うとは思えないのだ。
こういう時、自分の能力がありがたく感じるよ。
俺なら被害を抑えることができそうだからな。
(支援者、考えがあるんだけど……)
〈問題ありません。マスターの提案に賛同します〉
流石、支援者だ。
説明するまでもなく、俺の意図を理解してくれている。
まあ、思考を覗かれてる時点で説明する必要なんて無いんだけどな。
さて、それじゃあやってみるか。
俺はダンジョンの入口を足下に繋げる。
側にではなく、まさに足下。落とし穴のような入口だ。
そして、これ以上パメラに負担を掛けないように、『生成』した地面を使って、エレベーターのように静かに移動する。
移動先はダンジョン区画。今は誰もいない、俺とパメラだけが存在する空間だ。
(パメラ、ここでなら核を解放しても大丈夫だ。魔素は全て俺が『分解』してやる)
(『分解』……?)
(説明すると長くなる。俺を信じてやってくれ)
(しかし……いえ、分かりました)
パメラの表情が緩むと同時に、核から魔素が溢れ出す。
凄まじい濃度の魔素だ……!
こんなものをパメラは抑え込んでいたのか。
確かに外でこれを吐き出したら、カラカル全体に影響を出すかもしれない。
取りあえず、全部いただきます。
(な? 言ったとおりだろ?)
(信じられません。貴方は一体、何者ですか? 妙な気配は核を通じて感じていましたが……)
今のパメラなら大丈夫かな?
俺も聞きたいことがあるし、俺の正体を話しても構わんだろ。
(俺はダンジョンだ。よく分からんが、魔窟に近い生物? 生物かどうかも怪しいな)
(ダンジョン……?)
知ってるかと思ったけど、知らないみたいだな。
ともかく、今度こそ脅威は無くなったと考えても大丈夫だろう。
魔素を放出した核は、光を失うとともに崩れ落ちている。
残ったのはパメラの上半身だけ。下半身はどういうわけか、核と一緒に朽ちていた。
正直言うと、いまだにパメラが生きていることが不思議で仕方無いが、人造人間だからってことで納得しておこう。
そんなパメラに、俺はポーションを掛けてやることにした。
(私を治療しようと言うのですか?)
(このまま死なれたら困るからな。聞きたいことは山ほどあるし、罪を償ってもらわないといけないだろ?)
(罪……そうですね。私は許されない大罪を犯しました。お嬢様には死をもってしても償い切れません。それに……ラシードにも……)
えっ? 何でパメラから生命力が失われていくんだ……!?
(お気になさらないでください。もとより私には時間が残されておりませんでした)
(……時間が無いって言うのは?)
(私は人造人間……主の望むままに生き、主の命のままに死んでゆく、他愛もない人形です。任務を終えた時点で、私の命は尽きるように定められておりました)
人造……つまりは誰かによって、パメラが創り出されたということは分かる。
魔窟の核もそいつが用意したということで良いのか?
だとすると、相当危険な奴だということになる。
街を魔窟にしようとしたのだ。それも、自分の生み出した命を駒のように扱って。
正気の沙汰とは思えないが、目的も何も分からない以上、俺が考え込んでも仕方が無い。
できることならパメラに話してもらいたいが……。
(残念ながら、私には魂の呪縛が掛けられております。主の不利になることは何も話すことができません)
徹底してやがる。
魂の呪縛だと……? どこまでふざけたものを用意してるんだ……!
俺にはパメラに対する怒りは全く無い。
確信している。パメラは強制的に強行に及ばされたということを。
パメラもまた被害者なのだ。どうにか助けてやりたいが、どうにもできない。
腕から伝わる命が消えてゆく感触……これ以上、何もしてやれない自分が不甲斐なく感じる。
俺の無力感とは対象的に、パメラの顔は穏やかなものだ。
まるで全ての呪いから解き放たれるかのように、満ち足りた笑顔を浮かべていた。
(これでようやく自由になれます……。せめてお嬢様には謝罪したかったのですが、それも叶いそうもありません。どうか、お嬢様のことをお願いします。あの方は寂しがり屋なところがありますから)
(……ああ、分かった)
俺の答えを聞いたパメラは、安堵の表情を浮かべて瞼を閉じた。
そしてそのまま……眠るように息を引き取っていた。
それと同時にパメラの体が崩れ始める。
程なくして、俺の腕に残されたのは白い灰だけとなった。
ホムンクルスは死ぬとこうなるのか……?
あまりにも無機質なパメラの死に対し、俺の中にやるせない思いだけが残されていた。
〈マスター、事態の収拾のために今一度、領主の屋敷に戻りましょう〉
ん……そうだな。
屋敷にはノア達を残したままだった。
俺が行ってやらないと、せっかく助けに来てくれたあいつらに申し訳無い。
それに、領主とも話をしないといけないしな。
俺は半ば無理やり気持ちを整理して、核とともにパメラを『収納』する。
さようなら、パメラ。次の生では幸多からんことを……。
次話の間に幕間を挟みます。
明日16日0800時に一話目、以降はあとがきで告知させていただきます。