第100話 領主の屋敷 渾身の力
――ダァン!!
俺の右足に衝撃が走る。
その衝撃のおかげで一気に目が覚めた。
衝撃の元を探って足下に目をやると、どうやら俺は無意識に踏ん張っていたらしい。右足がめり込むように地面が陥没していた。
……無意識? 誰かが支えてくれた感触を、俺の体が覚えているのに。
(支援者なのか?)
〈否定。『不屈』による効果と推測します。マスターの自我に干渉を受けた際、私との接続も切り離されたために詳細は不明です〉
『不屈』の効果ということは、さっき聞こえた声ってもしかして……。
仮にそうだとしたら、なおさら倒れるわけにはいかない。
俺がこんなところで倒れたら、約束を守れなくなってしまうからな!
「馬鹿な! 私の『侵食』が破られるはずが……!」
切り札が破れたことがよほどショックなのか、パメラからは余裕が消えている。
ここに来てようやく仮面が剥がれたってところか。
〈マスター、これ以上彼女と接触することは――〉
(分かってる。パメラは危険だ。無力化、いや……)
もう甘いことは言ってられそうもない。
受けた感触から察するに、先程のパメラの攻撃は『思念波』と『侵食』の合わせ技ってところだろう。
不発に終わったおかげで効果は不明だが、戦闘不能になることは間違い無い。
俺は『不屈』のおかげで難を逃れたが、他の相手だとどうなるか分からん。
眷属達であっても防げない可能性が高いのだ。
「パメラ、お前を殺す」
「くっ……!」
『殺す』……冗談めいて言うことはあっても、本気で言うのは初めてだ。
相手は魔獣じゃない。人の形をとってる以上、俺の覚悟が鈍らないとは限らない。
口に出して、覚悟を決める。
ふう……やるぞ!
「ストーンバレット!」
剣も無い今の俺の攻撃は、魔術で攻めるしか手は無い。
嬲るつもりはないが、魔術で確実に仕留める!
「ぐぅぅぅ……!」
止めどなく連射するストーンバレットで、パメラの体はズタズタに削られていく。
見る限り、『魔術障壁』のような防御手段は発動していない。
パメラは必死に核を庇うようにしているが、核まで届くのも時間の問題だ。
「ストーンバレット!」
「うぐっ!!」
パメラのボロボロの腕には、核を守る力は残っていないようだ。
足も同様にズタズタで逃走もできないだろう。
それでもパメラからは戦意は失われていない。
俺を睨みつける瞳には、いまだ光が灯っていた。
「これだけは使いたくなかった……。貴方さえいなければ!」
忌々し気にパメラが言うや否や、核から黒い光が放たれた!
「結局、こうなるのかよ!」
油断していたわけでないが、前回のことを考えると暴走することは予測するべきだった。
予測できたとしても、対策は思い付かないけどな。
しかし……俺は吹き飛ばされないように身構えてみるが、前回のような魔素の波動が来る様子は無い。
むしろ、吸い込まれてるのか?
核が放つ光に対し、逆流するように大気中の何かがパメラに向かって集束しているように感じる。
〈周囲の魔素が核に吸収されています。このままでは全てのダメージが修復されることになるでしょう〉
そりゃ、こんなにガンガン吸ってりゃ回復もするだろう。
どうなるか分からんが、黙って見てるわけにもいかん。
そんなに食いたきゃ、これでも喰らってろ!
「ストーンバレット!」
〈無駄です。魔力は全て吸収されてしまいます〉
先に言えっての!
支援者の宣言どおり、俺のストーンバレットは溶けるように核に吸い込まれてしまった。
それが決め手になったのか、パメラに変化が――!
「アアアァァァ!!」
耳を劈く叫びとともに、パメラの体が変質していく!
傷が癒えるなんてものじゃない!
全身が肥大化、変形して人間から魔獣の姿へと変貌していた……!
「クゥハァァ……」
「マジかよ……!」
下半身は巨大な蜘蛛のように変わり、八本の足が地面に突き立てられていた。
両腕は禍々しい鎌となり、もはや人であったとは思えない。
唯一、人間だという面影が残っているのは首だけだが……理性は残っていないのだろう。
端正だった顔は赤黒く変色し、瞳からは光が失われている。
そこにパメラの意思は存在していない。あるのは胸の核が放つ憎悪だけだ。
以前のクーシーのように、魔窟に……核によって支配された魔人の姿がそこにあった。
名称:パメラ
種族:不明
称号:呪縛者
生命力:不明 筋力:不明 体力:不明 知性:不明 魔力:不明 敏捷:不明 器用:不明
スキル:不明
ユニークスキル:不明
〈マスター、早急に対策を! パメラは『生成』を使用しています!〉
こんな場所で使えるのか?
ダンジョンみたいに、限られた場所でしか使えないと思っていたが……。
「げっ!」
下半身の蜘蛛の腹が裂け、魔虫が這い出している。
『生成』というより、産み出しているといった方が近いか。
ともかく、これ以上厄介な状況にさせん!
「ストーンバレット!」
「クアッ!」
――ギィィン!
俺のストーンバレットは、パメラの腕の一振りでいとも容易く弾かれた。
俺の抵抗など些細なものように、魔獣は産み出されていく。
「ギチギチ……!」
「チチチ!」
厳めしい外殻を持った巨大なダンゴ虫に毒々しいムカデなど、虫が嫌いなやつには地獄のような光景だ。
俺だって虫が好きなわけじゃない。身の毛もよだつ気持ち悪さだ。
産み出された魔虫は明確な意思もなく、思い思いに徘徊を始めている。
中には俺に向かってにじり寄って来る個体もいるが、俺とパメラは既に戦闘中だ。巻き添えを喰らって勝手に死んでいた。
「アクアバレット!」
「カッ!」
――ビシャァッ!
属性を変えても駄目か……! 鎌を使って器用に防がれる。
下半身を狙ってみたところで意味が無い。八本の足で巧みに躱されてしまっていた。
「何か武器でもあれば……」
門番に没収された剣が愛おしく感じてしまう。
〈護身用のナイフがあります〉
(ナイフって言ったって、あれじゃ使い物にならんだろ!)
支援者が言うのは、ズボンのポケットに入れてあるナイフだ。
ナイフといっても刃は無い。魔力を用いて刃を形成する魔導具なのだが……悔しいことに俺には使えなかった。
〈イメージです。魔力ではなくDPを、次元力を刃にするイメージをしてください〉
(DPを? ……分かった!)
不思議なことに、DPと言われればできそうな気がする。いや、できる。
俺はナイフの柄を構えてイメージした……青い光を!
「――うおお!?」
いきなり飛び出た光の刃に、思わず声が出た。
柄から溢れ出す光が安定せずに止めどなく放出されている。
これじゃあ、ナイフと言うより剣だ。
「マスター! ご無事ですか!」
「キバ!」
何ともタイミングの良い援軍だ。
執務室に空けられた穴から、キバが飛び出してきた。
しかも、俺の側に駆け寄る間に周囲の魔獣を一掃してくれる有能ぶりを発揮して。
「申し訳ありませぬ、遅くなりました」
「いや、ナイスタイミングだ」
よし! 状況は好転した。
キバに警戒して、パメラは俺から距離を開けている。
ここからが勝負どころだ。
「今こそ、我の力をマスターのために! ウオオオ!!」
えっ? いきなりどうした!?
こいつ、まさかとは思うが『身体狂化』を使うつもりか!?
驚く俺をよそに、キバの体に変化が起きていた。
しかしそれは、俺の知る変化ではなく、見知らぬキバの姿だ。
以前のような禍々しい変貌ではなく、全身に青白い光を纏い、他を寄せ付けないオーラを放っている。
真紅の光を放つ瞳と合わせて、俺の眷属でありながら圧倒されてしまう。
「マスターに頂いたこの力、使いこなさずして眷属の資格無し!」
何か凄いこと言ってるが、今のキバは言葉以上の凄みを感じる。
「まずは露払いを!」
「えっ?」
俺が言葉の意味を理解する頃には、既にキバの蹂躙が始まっていた。
圧倒的な速度による一方的な殲滅。
辺りに犇めいていた魔虫は、重量を感じさせない木の葉のように舞い散っている。
瞬く間に、辺りは魔虫の骸で埋め尽くされた。
目で追うのもやっとの速度で確信する。
俺を乗せている時は、全然本気で走ってなかったんだな。
「ぬぅん!」
「クァッ!」
露払いと言いながらも、キバはパメラにまで仕掛けていた。
されど、パメラはパメラでキバの爪に反応している。
キバの爪とパメラの鎌の衝突音が、周囲に鳴り響いていた。
そのままヒット&アウェイを繰り返すキバだが、パメラの防御力も相当に高い。
高い反射神経と強靭な鎌に阻まれ、全くダメージを与えることができていなかった。
俺だって見ているだけじゃない。キバの動きに合わせて攻撃を仕掛けている。
魔術の牽制に剣での斬撃……敵ながら見事なことに、パメラは二対一の戦闘に対処しているのだ。
『生成』をさせる隙を与えていないのが、唯一の救いか。
その代わりに――
「ぬおっ!」
「マスター!」
――蜘蛛の腹から蠍のような尾が生え、鞭のように反撃してくるが!
(キバ、頼めるか?)
俺はキバに『思念波』を送る。
今までの攻防で気付いたこと。それを踏まえた作戦を。
(御意! その役目は必ずや、我が!)
当然と言えば当然なのだが、パメラの注意はキバに向いている。
高速で迫るキバを往なすには、集中を切らすことはできないだろう。
パメラの俺への対処は、ほとんどが尾の薙ぎ払いによるものだ。
器用にも魔術を弾き、俺への牽制もこなしていた。
だから、ここは俺が強引に接近する!
「喰らえ!」
少しばかりわざとらしい叫びとともに、パメラに向かって突っ込んだ!
――来た! 尾の薙ぎ払いだ!
さっきまでは距離を開けて躱していたが、今度は違う。
地面を薙ぐように迫る尾に向かって、『滑走』する!
「うおおお!!」
スライディングする俺の顔面スレスレに、パメラの尾が通り抜けた。
回避が成功した俺は、パメラの腹の下に潜り込む形になっている。
そして、そのまま剣を突き立てる!
『滑走』の効果により、俺の勢いは衰えないままにパメラの腹を切り裂いていた。
「ギィィィ!」
油断したな、パメラは不意に受けたダメージに悲鳴を上げている。
が、この程度では致命傷にならない。
それは俺も分かりきっていたこと、本命は――
「グルォアア!!」
――キバだ!
「クシャァッ!」
これでも対応できるのか!?
キバの一撃に対し、パメラは左腕を盾にして核を守り抜いた!
腕はもげたが、核は無事だ。
「まだだ!」
まだ終わってない! 俺が核に攻撃する!
体勢は悪いが関係無い。半ば飛び込むようにして剣を振り抜く……!
ちぃっ! 右腕が邪魔だ!!
「んなくそがぁぁ!!!」
「ギィアァァ!!」
俺は剣を振り抜く時に、何もかもを切り裂くイメージで剣を振るった。
まるでそれを実現するかのように光の刃は巨大化し、胸の核はパメラの右腕もろとも両断されていた。




