第99話 領主の屋敷 ホムンクルス
「パメラ……さん」
執務室から現れたのは、屋敷の前で出迎えてくれたパメラであった。
その顔に笑みは無く、無機質な印象を受けるほどに表情が読み取れない。
それでも分かる……パメラは敵だということだけは。
名称:パメラ
種族:人造人間
称号:呪縛者
生命力:233 筋力:103 体力:156 魔力:182 知性:151 敏捷:102 器用:207
核耐久力:3000
スキル:潜伏、痛覚鈍化、状態異常耐性、精神無効、思念波、成形
ユニークスキル:変形、侵食
「あんたは魔窟なのか?」
俺の質問にパメラは眉をピクリと動かしたが、反応はそれだけだ。無表情のまま、静かに俺に向かって歩き出している。
答える気は無い、会話する気も無い。
ただただ感じるのは、目の前のことを処理しようという意思のみ。そこに焦りや、怒りのような感情は全く感じられなかった。
そう思わせるのは、パメラとともに近付く魔窟の気配だ。
パメラが魔窟の核を持っていることは間違いない。
何処に隠しているか、おおよその見当は付いているが……。
考察してる場合じゃないな。
パメラの右腕が鎌のような形状に変わっている。
それが領主に傷を負わせた武器なのだろうことは見れば分かる。
で、切っ先を向ける相手は俺と領主……両方だよな。
「ふう……!」
俺は領主を抱えたまま、パメラとの距離を開こうと構えると――
「エアバーストォ!!」
コテツが俺の前に飛び出し、パメラに向けて魔術を放った!
その魔術はエアバレットの比ではない、壁が歪むほどの空気の奔流だ。
コテツの前方に存在するもの全てを、執務室の壁すらもぶち破るほどの勢いで押し流していた。
それは不意打ちを受ける形になったパメラも例外ではない。回避する間もなく、屋敷の外に吹き飛ばされている。
もっとも、こんな通路で放たれれば回避しようもないだろうが。
「コテツ、凄いじゃないか!」
「オイラの……一番……強い魔術ニャ……」
相当に魔術の反動が大きいのだろう。エアバーストを放ったコテツは床に手を付き、息も絶え絶えといった様子だ。
「コテツ、ありがとうな。あとは俺が何とかするよ」
「やっぱり……あんなんじゃ駄目か……ニャ」
コテツは悔しそうだが、魔窟の反応は依然健在だ。いくら高威力の魔術とはいえ、吹き飛ばされた程度では破壊はできないということなのだろう。
パメラもただの人間ではない、人造人間なのだ。未知の存在である以上、無事と判断するべきだ。
俺は領主のことをコテツに任せて、執務室へと駆け出した。
ご丁寧に階段を使いはしない。
せっかく空いた穴なのだ。外へ出るのに利用しない手はない。
「……とんだ誤算でした。コテツさんが高位の魔術を使用できるとは」
執務室から降りた先では、パメラが悠長に体の埃を払っているところだった。
ここは屋敷の裏手、さしずめ裏庭だろうか。本来であれば優雅な庭が広がっていたのだろうが、降り注いだ瓦礫によって荒れ果てた無残な姿となっている。
庭の様相に対して、パメラに傷一つ無いことには驚いたが、流石に服は無事では済んでいない。
ブラウスとスカートは派手に破け、ところどころ白い肌が露出していた。
「やっぱりか。魔窟の核と同化していたんだな」
「ええ、ご明察のとおりです」
パメラの胸元では黒紫の核が怪しく光っている。
クーシーの時とは違い、生まれつきそうであったかのように核が顔を覗かせていた。
まさか、こんな形で魔窟と遭遇するとはな。いや……パメラは魔窟じゃないか。
ともあれ、会話が成り立つなら聞きたいことは山ほどある。
あわよくば説得――
「時間が押しておりますので、早急に片付けさせていただきます」
「わ、ちょっ!」
宣言するより早く、パメラは動き出した。
今は右腕だけじゃなく左腕も鎌と化している。
両腕の鎌による斬撃、当たれば致命傷と成りかねない連撃が襲いかかる!
「ぬっ! くっ!」
「……随分と身軽なようですね!」
見える。パメラの動きは単調だ。
これならマックスの攻撃の方が遥かに躱し難い。フロゲルとは比べるべくもないな。
いくら二刀流とはいえ、ここまで単純に振り回すだけなら、落ち着いて見ていれば当たりはしない。
次は大振りの攻撃が……来る!
「そこだ!」
「――なっ!?」
大きく振り下ろした右腕を掻い潜って、懐に飛び込んだ。
そのままの勢いで肘打ちを打ち込む!
「……ぐっ!」
パメラの無防備な鳩尾に、強烈な一撃が決まった!
確かな手応えを感じる。
クーシーもそうだった。核を取り込んでいても生身の部分は生物と変わらない。
痛みについても、『痛覚鈍化』こそあるが無効ではないのだ。腹部を抑えたパメラの顔には、苦悶の表情が浮かんでいる。
しかし、苦痛に身を捩ったのは数秒間のこと。パメラは体勢を立て直して、再び動き出していた。
「これなら、どうでしょう?」
同じ攻撃がいくら来ても――
「――っ!!」
「これも躱されるとは……!」
いや、今のは危なかった。
鎌による攻撃しか来ないと踏んだ俺は、もう一度懐に飛び込んだのだが、それは狙われていたようだ。
俺の踏み込みに合わせて、パメラの体から無数の針が飛び出した。
リーチはそこまで長くないらしく、接近しなければ効果は無い。
しかし、先程のように深く飛び込んでいたら、俺は今頃穴だらけになっていただろう。
『危険察知』で難を逃れたとはいえ、躱しきれずにズタズタになった上着を見るとゾッとする。
パメラの『変形』が全身に及ぶに考えが至らなかった俺のミスだ。
慎重に攻めないと、どんな攻撃が来るか予想できんぞ……。
俺は警戒を強めてパメラと対峙していたのだが、どうやらそれは向こうも同じことらしい。
「貴方は何者ですか?」
パメラが突然問い掛けてきた。
攻撃? ……なわけないか。
ともあれ、まともに会話できるチャンスでもある。
質問に応じることにした。
「俺はマスター。ただの……」
コボルトって言っても信じるわけないか。
だからと言ってクーシーが正解というわけでもないし……。
「人ですらないのでしょう?」
パメラも俺に何か感じているのか?
まあ、分かるんだろうな。俺が一方的に何か感じている方が変な話だ。
同じようにざわついたものを感じてると思った方が良いだろう。
さて、どうしたものか……。
正直にダンジョンだなんて言って良いとは思えない。
嘘を付いてもバレそうな気もする。嘘が下手だと定評がある俺に、戦略的な嘘などできるわけがない。
それでも、誤魔化すのは人並みにできるはず……だと思っている。
「確かに俺は普通じゃないよ。人じゃないのも肯定しても良いな。あんたは――」
「答えるつもりはありません。こちらの質問に答えて頂ければ結構です」
ぬぐぐ……。
それはちょっとひどい話じゃないのか?
そんな俺の不満に構うことなく、パメラは続けている。
「執務室まで来たということは、屋敷の魔獣に対処したということですね? 聞こえていた悲鳴も、今ではまるで聞こえません。ここの守衛ごときでどうにかなる魔獣ではないはずですが、貴方が何かしたと考えた方が良さそうです」
パメラの言うとおり、屋敷から悲鳴の類は聞こえない。
ノア達が上手くやってくれたのだろう。向こうはひとまず安心のようだ。
「その様子……肯定と受け取らせて頂きます。残念ですが、これで終わりです」
パメラはそれまでと違い、感情を込めた眼差しで俺を見据えていた。
怒りとも悲しみとも取れる、不思議な目だ。
思わず息を飲んでしまいそうになるが、気圧されまいと俺はパメラの目を睨み返す。
「終わりっていうのは、どういう意味だ?」
「先程も言いました。答えるつもりはありません。貴方に送る言葉はただ一つ」
「……」
「さようなら」
パメラの瞳に冷たい光が宿る――
――!?
なん、だ? 何かが、入ってくる!?
〈マスター! これは敵の……!〉
敵の、何だ!?
まずい……視界が、意識が……消える!
〈すぐに……! 自我……!〉
支援者……!
……くそっ……!
………………
…………
……
〈おいおい、倒れるにはちょっと早いんじゃないか?〉
消えゆく意識の中で、誰かが俺の体を支えてくれた。