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第98話 領主の屋敷 予想外


 鳴り響く鐘の音とともに現れた魔窟の気配に、俺は戸惑いを隠せないでいた。

 暢気にお茶を啜っていたコテツも、俺の様子が変わったことに驚いている。


「ど、どうしたニャ?」

「魔窟だ! 魔窟が現れたんだよ!」

「ま、魔窟!?」


 この気配は俺にしか感じない。

 いきなり魔窟と言われても意味が分からないだろう。


 俺だって意味が分からないのだ。

 何の予兆も無く、こんな場所で魔窟が発生するなど予想できるわけがなかった。

 しかし今すべきことは『考える』ではなく『動く』だ。


「俺は魔窟を探す! 何が起きるか分からん、コテツは逃げろ!」


 森の魔窟は、自らの力に変えるためにコボルトを襲っていた。

 ならば、今回の魔窟も力を蓄えるために人を襲う可能性は高い。

 被害が出る前に魔窟を見つけなければ!


 俺は魔窟の気配を探るために感覚を集中する。


「――上か!」

「ちょ、ちょっと待てニャ! 魔窟がなんで屋敷に……」


 俺はコテツの抗議を無視して応接室から飛び出した。

 言い訳なら後だ。コテツには悪いが、ここは譲れない。


「お客様、どうかなさいましたか?」


 通路に出たところで、メイドの女性に出くわした。


 むう……これまた面倒だな。

 魔窟のことを話したところで理解してもらえるはずがないし、適当に誤魔化すしかなさそうだ。


「ええっと……ちょっとトイ――」

「お、きゃく、さママ、マ……」


 何だ!? 様子が明らかにおかしい!


 目の前のメイドが突然うずくまり、全身を震わせている。

 体調不良かと思い、近付こうとした次の瞬間――  


 ビリビリビリィッ!


 ――背中が膨れ上がった!?

 違う! メイドの背中を破って、何かが飛び出してきた!



種族:魔獣、魔虫・パラサイトバグ

生命力:52 筋力:36 体力:46 魔力:23 知性:21 敏捷:41 器用:36

スキル:潜伏、寄生



「何やってるニャ!」

「うおっ!?」


 コテツに服を引っ張られて、俺は思わず尻もちをついてしまった。

 と同時に、パラサイトバグの爪が俺の鼻先を掠める。

 

 ……危ないところだった。

 コテツが引いてくれなかったら、手痛い一撃をもらっていただろうな。


 そのコテツは腰を突いたままの俺を捲し立てていた。


「どういうことニャ!? 何なんニャ、これは!?」

「俺が聞きたいよ! いきなり、メイドさんから魔獣が出てきたんだよ!」


 考えたくないが……魔獣に化けたのではなく、メイドの体内に潜んでいたのだろう。

 背中から飛び出したのはパラサイトバグの上半身。血肉に濡れて赤く染まっているが、体は黒光りする甲虫のような魔虫だ。

 カミキリムシのような長い触覚が気持ち悪い。


 さらに恐ろしいのは、体の半分はまだメイドと繋がったままということだ。

 力なく項垂れる遺体を衣服のように纏ったまま、パラサイトバグは攻撃を仕掛けてきた。


「キチチチッ!」

「うおお! ストーンバレット!」


 あまりにもグロテスクな姿に腰が引けながらも、咄嗟にストーンバレットをぶっ放した。

 直撃を受けたパラサイトバグは頭を失い、仰け反るように倒れ伏す。


 目の前のパラサイトバグは倒せたようだが……思ったよりも事態は最悪へ向かっているようだ。


「きゃあああ!!」

「魔獣がぁ!」


 俺が遭遇したパラサイトバグを皮切りに、屋敷中から魔獣の気配が溢れ出している。

 悲鳴に気を取られている間にも、通路の奥から新たなパラサイトバグが姿を現した。


「マスター、あっちからも来たニャ!」

「くそっ、挟まれたか!」


 前後から迫るパラサイトバグ、大した戦闘力はなくとも挟撃されると厄介だ。

 こうしている間にも、襲われている人が出ているというのに……!


(そういう時はな、仲間を頼るもんやで?)

「――クチィッ!」


 殴り飛ばされたパラサイトバグは、体液をぶち撒けながら壁に激突していた。

 拳での一撃、それに思念で話し掛けてくるということは――


「フロゲル!?」

(そうや、困った時のフロゲルさんや)


 俺の隣には、いつの間にかフロゲルが立っていた。


「ボクもいます!」

「何スか、ここ? えらく狭いッスね」

「ノアとビークも!?」


 森にいるはずの三人がここにいる。

 こんなことができるのは、俺を除いて一人しかいない。


〈緊急事態と判断し、ダンジョンを接続しました〉

(でも、お前……いや――)


 支援者(システム)の判断は正しいかもしれない。

 俺の力だけでは、この屋敷で起きている事態に対処しかねるだろう。

 こんな場所で仲間を呼べば、混乱を助長することになるかもしれないが、少なくとも人的被害は減らすことができるはず……。


 ともかく、ああだこうだと考えてる時間も無い。

 後のことは後で考える、いつものことだ。


「マスター、さっきから変な虫が寄って来るんスけど、叩き潰して大丈夫ッスか? もう何匹か潰してしまったッスけど」


 ビーク……確認は先にするものだろう。

 良いも悪いもなく、ビークは現在進行形でパラサイトバグを文字どおり叩き潰していた。


 そう言えば、ビークにはダンジョンの対侵入者用に『囮』を付けていた。

 その効果は今も適用されているらしく、通路に出てきたパラサイトバグは次々とビークに向かって来ている。なら――


「ビークは目立つ場所で魔獣を迎え撃て、叫ぶなりして注目を集めるんだ!」

「分かったッス。目立つ場所ッスね!」


 ビークはパラサイトバグを踏み潰しながら、重戦車さながらに通路を突き進んでいく。

 知ってか知らずか、あっちはロビーだ。あいつのことは放っといて大丈夫そうだな。


「フロゲルとノアは怪我人の救助を優先で頼む! 魔獣以外には手を出さないでくれ!」

(よっしゃ、任しとけや!)

「分かりました!」


 この三人なら、守衛に敵と間違われて攻撃されても大丈夫だろう。

 むしろ心配なのは怒って反撃しないかどうかだが、それはもう信じるしかない。

 それよりも今は――

 

「コテツは俺を領主のところまで案内してくれ」

「わ、分かったニャ!」


 屋敷は既に阿鼻叫喚の様を呈している。

 この状況をどうにかするためにも、まずは領主に会うことにした。

 面倒なことになりそうな予感しかしないけどな。


 ……  


 俺はコテツの案内を頼りに屋敷を進む。

 領主は普段、屋敷の二階にある執務室で業務に当たっているとのことだ。

 この緊急時であっても部屋に残っているか分からないが、今はそれを信じて進むしかない。


「ストーンバレット!」


 二階ともなると、ビークの『囮』も効果が薄いのか、徘徊するパラサイトバグにかち合う場面も増えてきた。

 しかも、どういうわけか、ランドスパイダーなど別の魔虫の姿も混じっている。 


 面倒な予感を通り越して、嫌な予感だ。

 まさか、この事態は領主が……?


「あそこニャ! あそこが執務室だニャ!」


 見えた。通路の奥にある一際豪奢な扉、あそこが執務室か。


 『気配察知』で執務室の中に人がいることも分かっている。

 そして、この感覚……魔窟の気配も中から感じていた。


 俺は警戒を強めながら扉に近付くと、中で何やら動きがあったようだ。

 誰かの怒声と何かが壊れる音、次の瞬間には勢いよく扉が開け放たれた!


「――うおっ!」

「ニャッ!?」


 俺は飛んできた影を受け止めた。

 魔獣かとも思ったが、咄嗟に人だと判断したのだ。

 飛んできた人物は全身に傷を負っているらしく、夥しい量の血が俺の体に付着している。

 これは、明らかに生死に関わるほどの量だ。


 考えるよりも先に、俺はポーションを浴びせかけていた。


「りょ、領主様!」


 この人が? 確かに、見るからに仕立ての良いスーツから身分が高いことが窺える。コテツが領主と呼ぶ以上、間違い無いのだろう。


 想像していたよりも大分若い。

 年はアルカナと同じぐらいか少し上か。しかも、領主は女性らしい。


 少年のような出で立ちでもあるが、服が切り裂かれているせいで女性だと分かってしまった。

 これはいかんと目を逸らすと、今度は別のものが目に映る。

 腰から伸びる尻尾に、ネコを思わせる耳……人間じゃないのか?


 と、領主に気を取られていた俺の耳に、凛とした声が届いてきた。


「お客様、応接室でお待ちくださいと言ったはずですが?」



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