第96話 カラカル観光
「マスター、ひどいニャ」
「悪い悪い、コテツはまだ寝てたから黙って出ていったんだよ」
冒険者ギルドを出た所で、コテツが待っていた。
昨日はオロオロしていたが、今回はイライラって感じだな。
そんなコテツを窘め、俺達が向かうのは大通りで見かけた屋台。朝食には遅いが、香ばしい匂いが俺を惹き付けて止まないのだ。
売っているのは炭火で焼いたトウモロコシだ。
染み込んだタレが滴り落ちると、炭に触れて蒸発する。匂いの元は見るまでもなく、これだ。
うーん……堪らん!
「マスター、お金持ってないのに買う気満々ニャ」
「そこはコテツ先輩、お願いします!」
「し、しょうがないニャァ。分かったニャ」
俺の巧みな話術で焼きトウモロコシをゲットだ。
コテツ、チョロいぞ。
せっかくなので、噴水広場のベンチに座って食べることにした。
青空の下で食べる焼きトウモロコシ、ちょっとデカイが格別だ。
タレは醤油……もどきか? かなりさっぱりしてるようだが、それでも美味い。
「それで、どうだったニャ?」
トウモロコシを食べ終えたコテツが話を切り出した。
どうって言われても……。
「美味かったよ」
「違うニャ! ギルドの話ニャ! 仕事を与えられたんじゃないのかニャ?」
やっぱりそっちの話だったか。さて……どうしたものかな。
ガンザンから言われたことをそのままコテツに伝えるわけにはいかない。口止めされたばかりだしな。
それに冒険者ギルド側の真意もよく分からない点もある。
取りあえず、現時点で話せる内容といったら――
「俺の仕事は森の地図の作成だったよ」
「それだけかニャ? 他に隠してることがあるんじゃないのかニャ?」
コテツが俺を訝し気に見つめている。
俺は嘘がバレやすいからな……。
「他っていわれてもな……仕事ってわけじゃないけど、森に戻った時に、みんなに街のことを説明してやってくれって言われた。できれば、良いところを中心にってな」
勿論、そんなことは言われていない。簡単にボロが出ないように考えた苦肉の策だ。
「なるほど、そういうことニャ。ヤパンの宣伝にマスターを使おうとしているようだニャ。他のギルドの先手を打つ、冒険者ギルドもなかなか考えてるニャ」
おお? 何故か知らんが、コテツが一人で納得している。
よし、この流れに乗ってしまおう!
「コテツは反対か?」
「そんなことないニャ。結果的にみんなの生活が良くなるなら、オイラはどのギルドがコボルト達に接触しても構わないニャ。そうと分かったら、オイラも協力させてもらうニャ!」
コテツ……人が良すぎるぞ。商人なのに、簡単に騙されるなよ。
ともあれ、コテツの疑念は晴れたようだ。ちょっと胸が痛むが、例の件は今暫くの間、俺の中に仕舞っておくことにした。
……
食事を終えた後は観光だ。
コテツも今日は予定が無い、街を案内してくれることになっている。
ここカラカルはヤパンの北西を守る街。砦の役割を担っていても、当然ながら産業も存在する。
カラカルは農業に特化しており、工業や商業なんかは他の街より劣るとのこと。
その分、食物や料理は他の追随を許さないらしい。
しかし、俺が知りたいのは残念ながら食料事情ではない。
カラカル、ひいてはヤパンの技術、文化なのだ。
ちょうど噴水広場の前には雑貨屋がある。
あそこで文化の一端に触れさせてもらうとしよう。
店に足を踏み入れた俺の目に飛び込んだのは、物、物、物……。
雑貨屋だけに、何の店か分からないぐらいに多種多様な商品が乱雑に並べられている。
だが、そこが良い。住民の生活にどんな道具が使われているのか、目に見えるからな。
ヤカンに鍋、フライパンもあるんだな。全部、金属でできている。
こういった道具は世界が変わっても大きな違いは無いみたいだ。これなら俺でも簡単に使えるぞ。
購入決定、コテツの金で。
おおっ! 紙の束に、羽根ペンとインク、いいね! これも買おう!
「マスター、他の場所も回るんだから、買い物はほどほどにするニャ」
コテツからタイムアップの通知が来たので、この店での買い物は終了しよう。
店主も上客の来店に御満悦の様子だ。
ちょっと荷物が邪魔だけど、次は武具屋……かな?
店の前に溢れるように並べられた剣や槍、店内には防具が陳列され、奥にはフルプレートメイルなんかも飾られている。
ここで買い物する予定は無い。値札を見たら一目瞭然だ。
コテツからも無言の圧を感じている。買う金なんて持ってないってな。
それに、武器はともかく防具はそこまで質は良くなさそうだ。
この鉄の鎧なんて、ベルさんの作った革の鎧の方が軽くて動きやすいし、総合的な防御力は高いだろう。
こうして見ると、コボルトの技術が如何にすごいか実感できる。
単純に硬けりゃ良いってものじゃない。身動きできなきゃ意味が無いのだ。
そうなると、フルプレートメイルって飾りでしかないな。
うーん……店主の視線を感じるけど、ここは本当にウインドウショッピングで終了だ。
そして次は……何屋だ?
全体的に怪しい。
おどろおどろしい内装に、瓶詰めされた薬草や虫なんかの干物。外からの光を遮断しているので店内は薄暗いものだ。
何と言うか、魔女の家に迷い込んだ錯覚を覚えるが……。
「ここは魔術関連の店なんだニャ。薬なんかも売ってるニャ」
コテツ、ナイスだ!
魔術関係の店なんて、思い付かなかった。
黒っぽいカーテンで外の光が入らないようにしてるのは、日光を防ぐためかもしれない。薬の品質に影響を与えることも可能性がありそうからな。
早速、商品を物色してみるが……どれもこれも高いな!
ポーション一つで100円? 物価は分からんままだが、10円で食事ができるなら10食分に当たる。
ミドルポーションに至っては五倍の500円だ。俺ならタダで提供できるぞ!
「マスター、ポーション類は高いニャ。森と違って簡単に材料が揃わないニャ」
「材料ってクラウトの葉っぱだろ? 平原には生えてないのか」
「クラウトの葉は魔素の濃度が高い場所でしか育たんよ」
俺とコテツのやり取りに、店主が口を挟んできた。
ヨボヨボとした老人のケットシー、如何にも魔術師といったローブに身を包んでいる。
「ここのポーションはヤパン経由で入荷しとるでな、どうしても値段が高くなってしまう。緊急じゃなければ、誰も買わんしの」
それって、足下見てます宣言してないか? 俺は買わんし、別に良いけどな。
ポーションのことはさておき、俺は店内の棚を見て回る。
見た目では何の用途があるのか分からないものが多い。
「それは、護身用のナイフじゃな」
俺が手に取ったものを見て店主が教えてくれた。
店主はナイフと言っているが、刃のようなものは無く、手に収まる程度の柄しかない。
俺はてっきり爪切りか何かかと思っていたが、こんな店に爪切りなんて置いてないか。
しかし、どうやって使うんだ?
「どれどれ……貸してみなさい」
店主は俺からナイフを受け取り、柄を構える。
少し力を込めたのか、店主の息を吐く動作に呼応して、柄から光る刃が飛び出した。
世に言う、ビーム的なサーベルそっくりだ。
「これは魔力に応じた刃を発生させる魔導具なんじゃ」
「すげえ! 魔力の刃か!」
大袈裟に驚いたが、刃渡りは5センチ程度。どう見ても剣ではなく、せいぜいナイフだ。
とはいえ、光の刃は俺の中にある少年の心を掴んで離さない。
「コテツ、これ買ってくれ!」
「むう、ちょっと高いニャ……店主の旦那、ものは相談なんだけど」
コテツは店主と小声で交渉し始めた。コテツの商人らしい姿、初めて見たかもしない。
しかし、店主の方が一枚上手なのかな? コテツが悔しそうに地団駄踏んでいる。
「くぅっ! じゃあ、これで良いかニャ?」
「ほっほっほっ……構わんよ。まいどあり」
コテツは金の他に、懐からミドルポーションを出して渡していた。
このナイフ、そんなに高かったのか。
いつも俺の我が儘を聞いてくれるコテツには頭が上がらないな。
「コテツ、ありがとうな」
「いきなり何ニャ? 調子狂うニャ」
仕方無いだろ、本音なんだから。
……
店を出た後も、俺達は街を散策した。
と言っても、魔術の店を出た頃には、街を歩き回るほどの時間は残っていない。
残りの時間はほとんど買い食いに費やしたようなものだ。
農業が盛んなのは伊達じゃないらしく、屋台には小麦粉を使った料理を提供する店が多いようだ。
パンケーキもどき、たこ焼きもどき、お好み焼もどき……。
どれもこれも『もどき』が付く。
美味いのは美味いんだけど、何かが足りない。
味付け? うーん……材料かな。多分、卵が入ってないんだろうな。
たこ焼きに至ってはタコが入ってない。まあ、俺が勝手にたこ焼きと思って食べただけで、違う名前だったけど。
そんな俺が最後に選んだのは、小洒落た店のハンバーガー。
俺とコテツ、場違い感が凄まじい二人で食べた夕食は今日一番のハズレだった。
もどきどころじゃない、名前だけハンバーガーの全く別の食べ物だ。
店の売り文句、『英雄王マキシマー絶賛』に完全に騙された。
売り文句じゃない、釣り文句だ。騙ってるだけだろ!
値段も高いみたいで、コテツには申し訳無いことをした。
二人してやるせない気持ちを抱えたまま、宿に向かって歩いていた。
……
俺達が泊まるのは昨日と同じ宿だ。
紹介してくれたガンザンの手前、言わなかったが、改めて見ると結構な安宿だな。ベッドは軋むし、埃っぽい。
その分、値段は安いらしく、コテツは料金を見るなり、ここに連泊することを決めたのだ。
コテツは既にベッドで寝息を立てている。
何だかんだで疲れたのだろう、森との定時連絡を終えた俺は、コテツを起こさないように荷物を床に広げていた。
さて、今日の成果を確認しようかね。
まずは雑貨屋で買った日用品、これは全部ダンジョンに帰ってから『解析』に回す。
勿論、『創造』できるようになったら、みんなに配る予定だ。
特に紙は重要だな。
ようやく筆記用具が手に入った。もう、石版や木板に彫ったりしなくても良い。
すぐにでも普及したいところだが、今は我慢して後のお楽しみに取っておく。
で、問題はコテツにせがんで買ってもらった魔導具のナイフなんだけど……これは失敗したかな。
俺がどうやっても、光る刃が出てこない。
魔力を流すとか言われても、やり方が今ひとつ分からないのだ。
格好良いと思って勢いで買ってもらったが、このままでは俺が格好付かない。意地でも出せるようにしてやる。
そう思うと、俺はいつしか刃を出そうと躍起になっていた。
どうやら、これだけで夜の間の暇つぶしになりそうだな……ん?
「――あっ!」
「どうしたニャ!?」
俺の声にコテツが飛び起きてしまった。
「魔窟のことを調べるの、忘れてた……」
私事で申し訳ありませんが、10月中は私用のために執筆時間が確保できない状況が続きます。
10月下旬、予定では21日まで3日に1度の更新にさせていただきます。
何卒、ご了承いただきますようお願い申し上げます。
次回の更新は10月3日です。