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第94話 美味い飯


「ニャ! マスター、無事だったのかニャ!?」


 ギルドを出た俺は、大通りで狼狽えるコテツと合流した。

 俺の姿を見るなり飛びつきそうな勢いだ。


「すまん、心配掛けたみたいだな」

「ビックリしたニャ……。オイラも入ろうとしたんだけど、冒険者に絡まれてどうなることかと思ったニャ」


 どうやら、俺と入れ違いに出ていった連中がコテツに絡んでいたらしい。

 足止めとか言って、部下にチンピラみたいなことさせてんのか、あのハゲは……。


「そんで、どうなったニャ?」

「あー……それな……」


 俺が冒険者になったこと、話さないわけにはいかないか。


 ……。


 場所は大通りの先にある噴水広場。話をするのにちょうど良さ気な雰囲気だ。

 手頃なベンチに腰掛け、ギルドに連行された後のことを順を追って説明することにした。


 冒険者になったことをコテツは反対するかとも思ったが、どうにも反応がおかしいな。


「ふう……良かったニャ」

「良かったって、何が?」

「冒険者ならまだ大丈夫ニャ。もし労働者だったら面倒なことになってたニャ」


 コテツが言う『労働者』だったら……。

 それは街を出る時の手続きのことらしい。


 商人や冒険者は頻繁に街を出る。仕事の関係上、仕方が無いことだ。

 しかし、労働者は違う。基本的に街を出ないのだ。

 住民の安全を確保するためにも、労働者の外出を規制する。遠出になると、さらに厄介な手続きが必要になるとのこと。


 ただし、街の外で農業を行う者は別枠だ。仕事が外である以上、出入りが必要になる。

 傍から見ると素通りしていたようにも見えていたが、あれで結構労働者の出入りはしっかり管理している。

 万が一、外に出た労働者が帰ってこない場合、大掛かりな捜索が実施されることもあるという……。


「まあ、冒険者になったんだし、それも気にしなくて良いニャ」

「んー……でも、危なかったよな。今度から気を付けよう」

「そうしてくれニャ。そう言えば、冒険者になったんだったらギルドカードをもらったんじゃないのかニャ?」

「おっ、見たいか?」


 成り行きとはいえ、冒険者になった暁にギルドカードはもらっている。

 見たいと言うのならば、刮目して見よ!


「ふーん、Fランク冒険者……安っぽいカードだニャ」


 何てことを! 確かに安っぽい、アルカナのカードに比べたら全体的にくすんだ色してるし、所々にシミはあるし、変な匂いしてるし……。でも俺のカードだ!


「しかもこれ、中古ニャ」


 くそがー!! 中古って何だよ! 新品くれて良いだろ、そこは!

 じゃあ、このシミって何のシミだ? この変な匂いは!?


「ははぁ……前の持ち主の扱いがまた……これ、トイ――」

「分かった! もういい、ストップだ!」


 このままでは知りたくないことまで知ってしまう恐れがある。

 とにかく、これは俺のカードだ。その事実は変わらない。


「そう言えば、冒険者になったら仕事もこなさないといけないニャ? 除名処分もあるって聞いたけどニャ」


 コテツも知ってるのか。

 確かに普通なら、仕事しない冒険者は除名処分も下されるらしいけど。


「俺は大丈夫らしい。俺にしかできない仕事があるとか何とか……」

「何ニャそれ? 怪しくないかニャ? 具体的には何させられるんだニャ?」

「知らん。今日は良いから、明日また来いってさ」

「えー……それで良いのかニャ……?」


 コテツが呆れるのも無理は無い。

 俺だって怪しいとは思ったけど、これも情報のためだ。

 有益な情報のためなら、多少のことは我慢しないとな。


 とはいえ、流石に今日は情報に触れることなんてできなかった。

 明日、あわよくば魔窟の情報を探ることも視野に入れておこう。何と言っても、そのためにヤパンに向かうつもりだったからな。

 カラカルで情報収集できるなら、それに越したことはない。


「しかし、これでようやくカラカルを見て回れるんだな。良いとこあったら教えてくれよ」

「そうしたいんだけど……」

「ん?」


 ガラーン……ガラーン……。


 鐘の音……?


 街中に響き渡るように、金属を打ち鳴らす音が俺の耳に届いてきた。 

 けたたましい、とは違う落ち着きのある重厚な鐘声だ。


「これは終業の鐘ニャ。これが鳴ったら、みんな家に帰る時間だニャ。朝には始業の鐘が鳴って、夕方には終業の鐘が鳴る。一日の始まりと終わりの合図なんだニャ」


 言われてみれば確かに、鐘の音を合図に街を行き交う人々は疎らになりつつある。

 日も傾き、森ほどではないにしろ既に薄暗い。

 こんな時間になると観光どころではないな。残念だけど、今日のところはおとなしくする方が良さそうだ。


「コテツ、今日どうする?」

「どうするって何がニャ? オイラ腹減ったニャ」


 飯か。飯だな……!

 本当は宿のことを聞きたかったけど、それは晩飯を食ってから考えよう。


「じゃあコテツ先輩、ここは一つお願いします!」

「急にどうしたニャ? あっそうか、マスターは無一文だったニャ。ニャハハ、仕方無いニャア」


 いや、金のことなんかすっかり忘れていた。

 俺はただ、美味い食事にありつける場所に案内してもらいたかっただけなんだけど……。


「オイラがカラカルに来たら必ず寄る食事処があるニャ。早いの美味いの安いのだニャ」


 何処かで聞いたフレーズだな。


 ……


 やけにウキウキした様子のコテツに連れられ、一軒の店に来た。

 大通りから少し離れた路地にある、お世辞にもきれいとは言えない木造の店だ。

 扉を開けると、予想どおり中もボ……いや、趣があって味わい深い。


 店員は一人だけ、店主だろう。壮年の男、人間だ。

 頑固そうではあるが、それが反って腕が良さそうに見える。


 コテツが店に入るなり、店主は威勢の良い声を上げてきた。


「いらっしゃい! ……ってコテツじゃねえか、久し振りだな!」

「どうも、ご無沙汰してたニャ! 親父さん、いつもの頼むニャ!」

「あいよ!」


 コテツはカウンター席に座って、早速注文している。

 俺もその隣に座って注文……って、メニュー無いぞ?


「マスターもいつもので良いニャ? 親父さん、いつものもう一丁ニャ!」

「あいよ! いつもの、もう一丁!」


 注文を受けた店主は、奥の厨房で調理に移った。

 俺達以外に客はいない。


「ここ、美味いのか?」

「美味いニャ。客が少ないのは穴場だからニャ」


 穴場ねえ……。


 店内はカウンター席しかないし、人が動き回れるような広さもない。

 椅子も修繕して使ってることが見て分かる。

 ただ、掃除はしっかりしているらしく、蜘蛛の巣どころか埃の一つも見当たらない。

 店主が店を大事にしていることは明らかだ。

 

 うーん……味の方は期待して良いのかもな。


 そんな勝手な推測を繰り広げていると――


「この匂いは……」

「これニャ! これニャ!」


 何かを炒める小気味良い音とともに、香ばしい匂いが漂ってくる。

 コテツは興奮した様子だが、この匂いってアレの匂いか?


「あいよ! いつものお待ち!」

「うまそーニャ!」


 店主がカウンターに置いた皿には、一口大に刻まれた野菜と、麺と思ぼしき食材を炒めた料理が乗っている。

 味付けはソースなのか? 見た目は茶色、匂いも記憶にあるものに近い気がするな。


 コテツは箸そっくりの棒、というか箸を使って食べ始めていた。

 俺も箸を手に取り、取りあえず一口……。


「うまっ! これ、焼きそばだ!」


 若干の違いはある気がけど、これは焼きそばに間違い無い!

 違うのはソースか。風味が弱い気がしないでもないけど、意識しないと気にならない程度だ。

 濃厚な味付けも野菜の甘みと見事に調和し、小麦の風味が俺の食欲を爆発させる。


 これは堪らん!


「坊主は食ったことがあるのかい?」

「えっ? うん、まあ……?」


 突っ込んで聞かれても困る。前世で、とは言えん。

 俺は急いで、焼きそばを掻き込んだ……。


 うん、美味い!


「美味かったかニャ?」

「ああ、美味かった! でも、肉は入ってないんだな」

「坊主、随分と良い焼きそば食ってたんだな。ヤパンの出か? カラカルじゃ肉は高くて、こんな小さな店じゃ出せねえよ」

「へぇ、そうなのか。肉が入ってなくても美味い焼きそばなのは間違い無いけどな」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。また来いよ、坊主!」


 焼きそばを平らげた俺達は店を出た。

 俺もコテツも美味い食事に満足だ。心の中でボロいと思ってごめんなさい。


 しかし、焼きそばが出るとはな……。


 ここまで来ると、確信に近いものがある。

 転生者……俺や魔窟以外にもいるようだ。それも文化に影響を及ぼす形で。

 いや、『いた』なのかもしれない。多分……二百年前に。


 まあ、それよりも今は宿のことだな。


 ダンジョンを繋げるという手もあるが、それは最終手段。人目に付くような真似を避けるために、街ではできるだけ宿を利用する予定だ。

 それもコテツが案内してくれるはず。はずなのだが……?


「今日の寝床はどうしようかニャ?」

「えっ? 泊まるところ、決めてなかったのか?」


 なんてこった、早々に最終手段を使う時が来たのかもしれない。



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