第93話 冒険者ギルドに連れ込まれました
商人ギルドを後にした俺達を、予期せぬ人物が待ち構えていた。
「やっほー! 待ってたよ!」
「げっ、アルカナ……何でここに……?」
カラカルの門で出会って、すぐに別れたアルカナ。
ほんの少しの時間しか一緒に行動していないのに、俺に苦手意識を芽生えさせた強者だ。
俺に向ける屈託の無い笑顔が反って恐ろしい。
「マスター君さ、冒険者に興味無い?」
「冒険者? 興味はあるけど――」
「興味あるんだ!? よし、じゃあ良いところに連れてってあげよう!」
突然、俺の腕を掴んで歩き出すアルカナ。
抵抗する間も無く、商人ギルドの向かいにある建物に連れ込まれてしまった。
しかし、こいつ……『鑑定』で見たより力が強くないか?
俺を引っ張り込むような筋力なんて無かったと思うんだが……。
「さあ、何も言わずにこれにサインしてちょうだい!」
俺は部屋の隅にあるテーブル席に座らされ、ペンを手渡された。
目の前には一枚の紙がある。これにサインしろと言われてもな。
いきなりにも程がある。全く訳が分からない。ここが何の施設かも分からないのだ。
……いや、見当は付いてる。アルカナの話の流れから察するに、ここは冒険者ギルドなのだろう。
建物の内部には数卓のテーブルが並べられ、奥に見えるカウンターと相まって、まるで西部劇で見るバーのような内装だ。
商人ギルドとは違って賑やかとは言い難い。利用者とも冒険者とも判別できない風貌のやさぐれた男が数人いた程度。しかし、その男達も俺と入れ違いで出ていった。
今、この部屋にいるのは俺とアルカナ、それにカウンターに立つ厳ついおっさんだけだ。
「どうしたの? もしかして字が読めない? それじゃあ仕方無いな、あたしが代筆してあげよう!」
「ちょっと待て! 字ぐらい読めるわ! それよりも――」
『冒険者ギルド加入申請書』……はっきりと、そう書かれている。
まさかとは思ったが、アルカナは俺を冒険者にしようとしているらしい。
「何で俺が冒険者にならないといけないんだよ! 冒険者なんてしてる暇無いっての! 他を当たってくれ!」
俺の怒号にアルカナはキョトンとしている。
何で断られたか分からない、といった面持ちだ。
本当に何を考えてるんだ、こいつは……。
「おいおい、まさかサインしないつもりじゃないだろうな……!?」
声の主はカウンターに立っていたおっさんだ。
俺とアルカナのやり取りに、いきなり割り込んできた。
俺が事態を把握するより早く、カウンターを乗り越え詰め寄って来る。
今にも殴りかかってきそうな剣幕だ。
スキンヘッドにタンクトップ。筋骨隆々な体には無数の古傷が刻まれている。
歴戦の古兵、といったところだろうか。
何となくサングラスが似合いそうな気がするが……それはどうでも良いな。
ともあれ、俺はアルカナとおっさん双方に詰め寄られている状況にいた。
テーブルには紙、それにサインをしろと強要されている。どこから見ても立派な脅迫だ。
それでも俺は屈しない。
と言うか、おっさんがいくら凄んでいても『危険察知』が反応しないのだ。
なら、本気で殴るつもりはないのだろう。茹でだこみたいに真っ赤になってるが、これは演技……だよな?
「ともかく、俺は冒険者にはならないぞ!」
「駄目だ! ならないのは許可しねぇ! お前は冒険者になる以外に選択肢は無い!!」
意味が分からん! このおっさん、アホなのか!?
お互いに退かない攻防を続けてはいるものの、如何せん旗色が悪い。
ここは敵の陣地。向こうは二人、こっちは俺一人だ。
くっそー……俺にも味方がいれば……って、コテツはどこ行ったんだ?
あいつ、俺がアルカナに連れ去られた現場を目の当たりにしてただろう。しかも、ここは商人ギルドの真ん前だ。知らないはずが無い。
「おやぁ、マスター君は誰かをお探しですかな?」
「コテツは? あいつ、俺がここにいるのを知ってるはずだろ?」
「残念でした。コテツ君は足止めさせてもらっています! ここには来れないよ!」
「がはは! このギルドマスター、ガンザン様の手にかかれば足止めなんぞ朝飯前よ!」
おっさん、ギルドマスターなのかよ。
口ぶりからすると、コテツに何かしやがったのか? 力づくってわけじゃないと思うけど……。
〈マスター、ここは冒険者の登録を行っても良いと判断します〉
(マジでか!?)
俺は耳を……いや、頭を疑った……ってそれも変だな。
ともかく、支援者には思うところがあるみたいだ。
〈アルカナの所持していたギルドカードは身分証の役割を果たしていました。万が一、コテツと別行動することになっても身分の保証は可能でしょう。また、冒険者としての身分は、コテツとは違う情報収集の経路となると推測されます。デメリットが明確ではありませんが、メリットを優先しても差し支えないと判断します〉
コテツとは違う情報収集……ちょっと聞いてみるか。
「えっと、ギルドマスター?」
「あ? 質問か? まあ、良い。質問に答えてやるからサインしろよ」
ここまで来ると、何で俺をそこまで冒険者にしたいかも気になってくるな。
「冒険者になったら、何か良いことがある……んですか?」
「良いことだとぉ? あるに決まってんじゃねえか。俺の直属の部下にしてやろう」
「お断りします」
二回目だ。このおっさん、アホなのか? 俺が聞きたいのはそんなことじゃない。
「てめぇ……小粋なジョークを軽く流しやがって」
「ギルマス、マスター君は前向きに検討し始めてるよ。ここでジョークは駄目だって」
「何ぃ? そうか、じゃあ説明してやる」
アルカナに窘められたガンザンは、懇切丁寧に教えてくれた。
始めっから、こうしてくれれば良かったのに……。
それはともかく、冒険者になるメリットは意外と大きいということが分かった。
まずはギルドカードだ。
身分の証明は元より、持っていればカラカル以外でも入場は自由……ってほどでもないけど、かなり制限が緩くなるとのこと。商人には許可されてない地域への立ち入りの許可されるのがメインかな。
以前、コテツから聞いていた魔獣の狩場、そういった場所が該当するみたいだ。
これだけでも俺の心は傾きつつあったけど、まだまだあるぞ。
情報の閲覧なんかは支援者の目論見どおりかもしれない。
説明によると、ヤパンの法律では一般公開されてない情報を入手するためには、それなりの実績が必要らしい。しかも、職業に合った情報しか触れられない。 商人には商人の、冒険者には冒険者の情報といったところだ。
もしも、情報を漏らすようなことがあれば、厳しい罰則が待っている。しかも、誰でも気軽に閲覧できるわけでもない。そりゃそうだ。情報欲しさに肩書だけ冒険者になる奴だっているだろう……俺なんかが特に。
冒険者の場合、そんな不埒な奴らをふるい落とすのに一役買うのがランク制だ。
AからFの六段階、そのランクに応じた仕事と権利が手に入るというわけだ。
加入したばかりだとFランク、大した情報は入手できなさそうだな。
それでも上のランクを目指せば、それに応じた情報に触れることができるらしく、Aランクぐらいになると、国家機密に触れることも……なんてガンザンは冗談めいて言っているが、目は笑っていない。本当のことなのだろう。
まあ、俺は国家機密までは望んでいない。調べたいことを調べられる権利があれば十分だ。
あとは施設利用なんてものもあるみたいだけど、それはあんまり興味無いな。
ギルド加盟店での割引サービスとか言われても、前述の特典に比べて一気に庶民的になっている。
アルカナが言うには、それ目的で冒険者になる者もいるみたいだけど、言われてみれば確かに、生活するためなら情報よりも飯が大事かもな。
そして、冒険者になるメリットもあればデメリットも当然発生する。
大きいところで、他のギルドに加入できなくなるところだ。
情報流出の防止もあるだろうけど、他にも何かありそうだ。
ガンザンはそれの説明に入ると言葉を濁していたからな。このおっさん、嘘が下手なのかもしれない。
他には、一定期間での活動報告の義務、だな。
何もしない奴に特典だけ与えるわけにもいかない。最悪の場合、ランク降格や除名もあるそうだ。
「ここまで説明してもらって何だけど、何でギルドマスターが俺なんかに説明を?」
「あ? そりゃおめえ……あれだ」
「ギルマス、暇なんだよ」
なるほど、暇なのか……って、それで良いのか? 仮にもギルドマスターだろ? まさかとは思うが、職員はガンザンだけということは無いだろうな?
俺がここに来てから誰も訪れないし、暇なのは間違い無いだろうけど。
「ばっ! お前、何言ってんだ! 冒険者の成り手が少ねえから、こうやって出張ってやってんだ。ありがたく思え!」
「ありがたやー」
この二人を見ていると、どこまで本気なのか分からん。
「最後に聞きたいのは、どうして俺をそこまで冒険者にしたがるか、かな? こんなコボルトを冒険者にする必要が感じられないし」
「冒険者が足りねえんだよ。カラカルに住むやつは冒険者になりたがらねえからな。仮になったとしても、どいつもこいつもヤパンに流れっちまう」
「カラカルにはお金になるような仕事が少ないからね。ほんと、労働者の方が良い暮らしできると思うよ」
「おい、アルカナ。お前は――」
「でもマスター君はお金が欲しいわけじゃないよね? だったら……」
ん? アルカナの表情が変わった……?
いや、気のせいだな。今も変わらず満面の笑みだ。
「でも、俺が冒険者になってもずっとカラカルにいるわけじゃないし、依頼があるからって対応できるとは限らないけど」
「そこは気にすんな。コボルトのお前にしか頼めない仕事もある。それだけやってもらえたら十分だ。活動報告もこっちで考慮してやっから」
俺に何をさせたいかは知らんが、あれこれ考えるのも面倒くさくなってきた。
情報が手に入るなら、小難しい話は後にしよう。
「んー……除名されても良いし、冒険者になろうかな」
かなり失礼なことを言ったつもりだけど、二人は気を悪くするどころか、嬉し気な様子だ。
それじゃあ、申請用紙にサラサラ……っと、羽ペンなんて初めて触ったけど、意外とちゃんと書けるもんだな。
「よっしゃあ! これでお前はカラカル専属の冒険者だ。移籍は認めん。契約にサインしたからな!」
「契約?」
自分のサインした申請用紙をよく見ると、下の方にめちゃくちゃ小さな文字で『なお、私はカラカル専属冒険者として、この身を粉にして働きます』って書いてある!
「ガハハ! これから、こき使ってやるからな!」
「これであたしは先輩だね! マスター君は先輩の言うことに絶対服従だよ!」
「えっ? さっきと言ってること違くない?」
もしかして、俺……ハメられた?
『契約書は隅々までよく読みましょう』……前世でも気を付けないといけないことに失念していた。
あまりに気持ち良さそうに笑う二人を見ていると、自分の愚かさに情けなくなってきた……。