第92話 商人ギルドにお邪魔します
綺麗に整備された石畳、街の中央に向かって伸びる大通り、大小様々な建築物……。
行き交う人々の数は森の集落の比ではない。俺達以外の荷車も往来して、何とも賑やかなものだ。
そんな光景を目にすると、街に来たという実感がふつふつと湧いてくる。
そこかしこから漂う文明の香りに、俺は興奮を抑えきれなくなってしまった。
「うおお……! 露店なんかもあるのか! 何売ってるんだ!?」
「ニャハハ。楽しそうで何よりだけど、色々見て回る前に商人ギルドに行かないといけないニャ」
そうだ、俺はすっかり観光気分だけど、コテツには仕事があるんだった。
今の俺はコテツの部下みたいなものだし、ちゃんと仕事しないとな。
コテツの先導に従い道なりに大通りを進むと、一際大きな建物の前に来た。
『商人ギルド』と書かれた巨大な看板が掲げられ、街の中でも立場が高いことが見て取れる。
入り口はかなり大きい。荷車もそのまま入れるみたいだな。
コテツに指示されるまでもなく、バルバトスは慣れた様子で中に入っていく。
建物の内部は、大半が何も無いスペース。どうやら、荷車を置く駐車場みたいなもののようだ。
奥にはカウンターが見える。そのカウンターを挟んで二人のケットシーが激しく口論していることから、そこが受付ということは分かるが、とても商人の会話に見えないほどに乱暴な物言いだ。
そんな喧騒もここでは日常茶飯事らしく、誰も気にも留めていない。それどころか、あちらこちらで同じように言い合いが始まっていた。
小さな体から想像できないようなドスの利いた声で啖呵を切る者。とにかく早口で捲し立てる者。
駆け引きなのかもしれないが、とにかく凄まじい……。
「マスター、ボーッとしてたら他の商人の邪魔になるニャ」
「あ、うん……」
呆けてる場合じゃないな。
何したら良いか分からないが、コテツにくっ付いていこう。
「あっ、コテツだニャ!」
「ほんとだニャ!」
ちっさ! 子供のケットシーか?
コテツよりも一回りも二回りも小さいケットシーが、コテツに寄ってきた。
カウンターにいるケットシーと同じ服装……商人ギルドの従業員かな?
明るい表情ですり寄ってくる子供のケットシーに対し、コテツは何故か困った様子だ。
「ニャァ……油売ってたら怒られるニャ。また後でニャ」
「分かったニャ!」
「約束ニャ!」
コテツに諭された子供達は、元の作業に戻っていく。
子供のケットシー……とんでもなく可愛いぞ。
「コテツ、慕われてるんだな」
「あんまり大きい声で言わないで欲しいニャ。オイラのことあんまり良く思ってない人もいるからニャ。そんなことよりも……」
コテツは空いているカウンターの前に行く。
受付にいるのは大柄なケットシー、毛並みがふっくらしていてメインクーンのような印象を受ける。雰囲気からして女性のようだ。
「いらっしゃい……って、コテツかい。森から戻ったんだね」
「まいどどうも、今回はちょっと色々あったニャ。取りあえず、仕入れた商品の引取をお願いしたいニャ。マスター、袋をカウンターまで持ってくるニャ」
袋か……荷台のやつだな。
「よいしょっと!」
「おや、コボルトかい? もしかして森の?」
「そうニャ。マスターって言うニャ」
「はじめまして、マスターです!」
キャラ設定がまだ掴めてないけど、取りあえず返事は元気良く。
「森のコボルトって、もっとガサツかと思ってたよ。こんな挨拶もできるんだね。アタシはネル、商人ギルドの看板娘さ!」
自称看板娘のネルさんの発言で、商人ギルドは静寂に包まれた。
その静寂を打ち破ったのも、ネルさん自身だ。
「何だい、文句でもあるのかい?」
場にいた全員が、滅相も無いと一様に首を振る。勿論、俺もその一人だ。
それを見たネルさんは、ガハハと豪快な笑い声を上げていた。
この人、ベルさんの親戚か何かか? ……そんなわけないよな。
「さて、それじゃあ商品の査定に入るとしようかね」
笑いから一転、ネルさんの表情は鋭く変わった。
カウンターに広げたコテツの商品を一つ一つ手に取り、ルーペのようなものでじっくり観察している。
ネルさんには『目利き』といったスキルは無い。
じゃあ、あれは魔導具なのか? 『目利き』に関係する魔導具なら、査定に使うのも頷ける。
「あんた、今回は豊作なんじゃないのかい? 随分と良い魔石が多いね。こっちの木彫りの彫刻なんて値打ちものだよ。今までは革細工が主だったのにねぇ……」
ネルさんが手に持つのは木彫りの犬。熊じゃない、柴犬だ。
モチーフは……俺か? だとしたら作ったのはあいつか……。
「ココちゃんの作品ニャ。試作品って言ってたけど、出来が良いからもらってきたニャ」
やっぱりな。犬の時の俺に執着があるのはあいつぐらいだ。
「ココ? これを作ったコボルトかい? 腕が良いみたいだね。これなら領主様も喜ばれるよ。コテツ、あんた領主様のところに行くんだろ? 自分で持っていった方が良いんじゃないのかい?」
「そうしたいのはやまやまだけど、アポ取ってないニャ。いくらなんでも、いきなりは駄目だろうニャ」
領主? 初耳だ。
考えてみたら、こんな大きな街なんだし、治める人がいるだろう。
ヤパンには貴族もいるって話だった。だとしたら、この街を治めているのは貴族ってことなのか?
そんな俺の疑問はさておいて、二人の話は続いている。
「あんた、ツイてるね。明後日なんだけど、領主様の屋敷に商品を届ける依頼があるんだよ。生憎とその日は人が出払っていてね。アタシぐらいしか動けるやつがいなかったのさ。アタシにはここの業務もあるし、コテツが代わりに届けてくれたら助かるんだけどねぇ……」
「それは願ったり叶ったりニャ。久し振りに領主様とお話できるのは楽しみニャ。喜んでその依頼を受けさせてもらうニャ!」
「そうこなくちゃねぇ! 依頼の代金は査定に色を付けるから、それで構わないだろ?」
「ニャハハ、多めに頼むニャ」
よく分からんが、コテツが領主に荷物を届けることで話が纏まったらしい。それも二日後に。
急な展開で驚いたけど、別に良いか。コテツが乗り気だしな。
俺はその間に観光できれば文句は無い。むしろ好都合だ。
……
ネルさんが他の商品を査定している間に、コテツは別室にバルバトスを連れて行った。
同じようにグレートファウルを連れて行く者もいれば、逆に連れてくる者もいる。
「向こうは従魔ギルドがあるんだニャ」
さっき、コテツに話し掛けてきた子供のケットシーだ。
「お兄さんはコテツと一緒に森に行くのかニャ? 羨ましいニャ」
「いや、俺は森から来たんだ」
「森から? すごいニャ! 握手して欲しいニャ!」
あ、握手……?
「ハナ、止めたげな。困ってるだろ? 仕事しないと、晩飯抜かれちまうよ」
「それは困るニャ……」
ハナと呼ばれたケットシーは項垂れた様子で去っていく。
「コテツには言えないけどね、森に興味を持つ子供が増えて困ってるのさ。魔獣の蔓延る森に行くコテツに憧れて……ってね。子を持つ親としては、子供達にはあんまり真似して欲しくないんだよ」
憧れか……コテツの森での活躍を知ってる俺からしたら、分からないでもない。
困った人を助けるために危険な場所に赴く、誰にでもできることじゃないと思う。
「そりゃ、アタシだってコテツのしていることが立派だって分かってるよ。だからといって、ねぇ……」
ネルさんの言いたいことも分かる。
身近な人には安全で、地に付いた生活をしてもらいたいものだ。
だけど――
「コテツは本当にコボルトから感謝されてるんです。どれだけの人がコテツに救われたか、数え切れません。死んだ友人との約束のために命を掛けるコテツを、俺も尊敬してますから」
「あんた……」
あ、あれ? 俺、何を言ってるんだ?
確かに本音だけど、とんでもないことを口走ってないか?
これは……本人には聞かせられないやつだ。つい興奮して口が滑ってしまった。
俺の後悔とは裏腹に、ネルさんの目には光るものがある。
「そうかい、コテツにもあんたみたいな……。アタシャ、感動したよ。アタシが悪かった。これからはコテツを悪く言うやつがいたら、アタシも黙っちゃおかないよ。だけど、アタシの言い分も分かってくれるかい? そこはアタシも譲れないんだ」
はい、ごもっともです、はい……。
「何してるニャ? 査定は終わったのかニャ?」
コテツ、いつの間に! まさか、聞いてなかったよな……?
「ああ、査定は終わってるよ。代金はほら、この中さ。奮発させてもらったよ」
「おお……これは予想以上ニャ。ありがとうネルさん、感謝するニャ」
ずっしりした袋を手にしたコテツはほくほく顔だ。
満面の笑みを見る限り、かなりの儲けみたいだな。
ネルさんはというと、やたらと温かい眼差しをこちらに向けている。
うーん……変なことを言いふらされなければ良いんだけど。
何よりも本人に聞かれるのはまずいぞ。……さっきの言葉、聞かれてなかったよな?
〈コテツとの魂の繋がりが強化されました〉
(……)
コテツは依然、笑顔のままだ。
不自然なほどの笑顔のコテツと引き攣った顔した俺は、商人ギルドを後にする。
今日のことは早く忘れよう……。