表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/238

第92話 商人ギルドにお邪魔します

 

 綺麗に整備された石畳、街の中央に向かって伸びる大通り、大小様々な建築物……。

 行き交う人々の数は森の集落の比ではない。俺達以外の荷車も往来して、何とも賑やかなものだ。


 そんな光景を目にすると、街に来たという実感がふつふつと湧いてくる。

 そこかしこから漂う文明の香りに、俺は興奮を抑えきれなくなってしまった。


「うおお……! 露店なんかもあるのか! 何売ってるんだ!?」

「ニャハハ。楽しそうで何よりだけど、色々見て回る前に商人ギルドに行かないといけないニャ」


 そうだ、俺はすっかり観光気分だけど、コテツには仕事があるんだった。

 今の俺はコテツの部下みたいなものだし、ちゃんと仕事しないとな。


 コテツの先導に従い道なりに大通りを進むと、一際大きな建物の前に来た。

 『商人ギルド』と書かれた巨大な看板が掲げられ、街の中でも立場が高いことが見て取れる。

 入り口はかなり大きい。荷車もそのまま入れるみたいだな。

 コテツに指示されるまでもなく、バルバトスは慣れた様子で中に入っていく。


 建物の内部は、大半が何も無いスペース。どうやら、荷車を置く駐車場みたいなもののようだ。

 奥にはカウンターが見える。そのカウンターを挟んで二人のケットシーが激しく口論していることから、そこが受付ということは分かるが、とても商人の会話に見えないほどに乱暴な物言いだ。


 そんな喧騒もここでは日常茶飯事らしく、誰も気にも留めていない。それどころか、あちらこちらで同じように言い合いが始まっていた。


 小さな体から想像できないようなドスの利いた声で啖呵を切る者。とにかく早口で捲し立てる者。

 駆け引きなのかもしれないが、とにかく凄まじい……。


「マスター、ボーッとしてたら他の商人の邪魔になるニャ」

「あ、うん……」


 呆けてる場合じゃないな。

 何したら良いか分からないが、コテツにくっ付いていこう。


「あっ、コテツだニャ!」

「ほんとだニャ!」


 ちっさ! 子供のケットシーか?

 コテツよりも一回りも二回りも小さいケットシーが、コテツに寄ってきた。

 カウンターにいるケットシーと同じ服装……商人ギルドの従業員かな?


 明るい表情ですり寄ってくる子供のケットシーに対し、コテツは何故か困った様子だ。


「ニャァ……油売ってたら怒られるニャ。また後でニャ」

「分かったニャ!」

「約束ニャ!」


 コテツに諭された子供達は、元の作業に戻っていく。

 子供のケットシー……とんでもなく可愛いぞ。


「コテツ、慕われてるんだな」

「あんまり大きい声で言わないで欲しいニャ。オイラのことあんまり良く思ってない人もいるからニャ。そんなことよりも……」


 コテツは空いているカウンターの前に行く。

 受付にいるのは大柄なケットシー、毛並みがふっくらしていてメインクーンのような印象を受ける。雰囲気からして女性のようだ。


「いらっしゃい……って、コテツかい。森から戻ったんだね」

「まいどどうも、今回はちょっと色々あったニャ。取りあえず、仕入れた商品の引取をお願いしたいニャ。マスター、袋をカウンターまで持ってくるニャ」


 袋か……荷台のやつだな。


「よいしょっと!」

「おや、コボルトかい? もしかして森の?」

「そうニャ。マスターって言うニャ」

「はじめまして、マスターです!」


 キャラ設定がまだ掴めてないけど、取りあえず返事は元気良く。


「森のコボルトって、もっとガサツかと思ってたよ。こんな挨拶もできるんだね。アタシはネル、商人ギルドの看板娘さ!」


 自称看板娘のネルさんの発言で、商人ギルドは静寂に包まれた。

 その静寂を打ち破ったのも、ネルさん自身だ。


「何だい、文句でもあるのかい?」


 場にいた全員が、滅相も無いと一様に首を振る。勿論、俺もその一人だ。

 それを見たネルさんは、ガハハと豪快な笑い声を上げていた。

 

 この人、ベルさんの親戚か何かか? ……そんなわけないよな。


「さて、それじゃあ商品の査定に入るとしようかね」


 笑いから一転、ネルさんの表情は鋭く変わった。

 カウンターに広げたコテツの商品を一つ一つ手に取り、ルーペのようなものでじっくり観察している。


 ネルさんには『目利き』といったスキルは無い。

 じゃあ、あれは魔導具なのか? 『目利き』に関係する魔導具なら、査定に使うのも頷ける。


「あんた、今回は豊作なんじゃないのかい? 随分と良い魔石が多いね。こっちの木彫りの彫刻なんて値打ちものだよ。今までは革細工が主だったのにねぇ……」


 ネルさんが手に持つのは木彫りの犬。熊じゃない、柴犬だ。

 モチーフは……俺か? だとしたら作ったのはあいつか……。


「ココちゃんの作品ニャ。試作品って言ってたけど、出来が良いからもらってきたニャ」


 やっぱりな。犬の時の俺に執着があるのはあいつぐらいだ。


「ココ? これを作ったコボルトかい? 腕が良いみたいだね。これなら領主様も喜ばれるよ。コテツ、あんた領主様のところに行くんだろ? 自分で持っていった方が良いんじゃないのかい?」

「そうしたいのはやまやまだけど、アポ取ってないニャ。いくらなんでも、いきなりは駄目だろうニャ」


 領主? 初耳だ。

 考えてみたら、こんな大きな街なんだし、治める人がいるだろう。

 ヤパンには貴族もいるって話だった。だとしたら、この街を治めているのは貴族ってことなのか?


 そんな俺の疑問はさておいて、二人の話は続いている。


「あんた、ツイてるね。明後日なんだけど、領主様の屋敷に商品を届ける依頼があるんだよ。生憎とその日は人が出払っていてね。アタシぐらいしか動けるやつがいなかったのさ。アタシにはここの業務もあるし、コテツが代わりに届けてくれたら助かるんだけどねぇ……」

「それは願ったり叶ったりニャ。久し振りに領主様とお話できるのは楽しみニャ。喜んでその依頼を受けさせてもらうニャ!」

「そうこなくちゃねぇ! 依頼の代金は査定に色を付けるから、それで構わないだろ?」

「ニャハハ、多めに頼むニャ」


 よく分からんが、コテツが領主に荷物を届けることで話が纏まったらしい。それも二日後に。

 急な展開で驚いたけど、別に良いか。コテツが乗り気だしな。

 俺はその間に観光できれば文句は無い。むしろ好都合だ。


 ……


 ネルさんが他の商品を査定している間に、コテツは別室にバルバトスを連れて行った。

 同じようにグレートファウルを連れて行く者もいれば、逆に連れてくる者もいる。


「向こうは従魔ギルドがあるんだニャ」


 さっき、コテツに話し掛けてきた子供のケットシーだ。


「お兄さんはコテツと一緒に森に行くのかニャ? 羨ましいニャ」

「いや、俺は森から来たんだ」

「森から? すごいニャ! 握手して欲しいニャ!」


 あ、握手……?


「ハナ、止めたげな。困ってるだろ? 仕事しないと、晩飯抜かれちまうよ」

「それは困るニャ……」


 ハナと呼ばれたケットシーは項垂れた様子で去っていく。


「コテツには言えないけどね、森に興味を持つ子供が増えて困ってるのさ。魔獣の蔓延る森に行くコテツに憧れて……ってね。子を持つ親としては、子供達にはあんまり真似して欲しくないんだよ」


 憧れか……コテツの森での活躍を知ってる俺からしたら、分からないでもない。

 困った人を助けるために危険な場所に赴く、誰にでもできることじゃないと思う。


「そりゃ、アタシだってコテツのしていることが立派だって分かってるよ。だからといって、ねぇ……」


 ネルさんの言いたいことも分かる。

 身近な人には安全で、地に付いた生活をしてもらいたいものだ。

 だけど――


「コテツは本当にコボルトから感謝されてるんです。どれだけの人がコテツに救われたか、数え切れません。死んだ友人との約束のために命を掛けるコテツを、俺も尊敬してますから」

「あんた……」


 あ、あれ? 俺、何を言ってるんだ?

 確かに本音だけど、とんでもないことを口走ってないか?

 これは……本人には聞かせられないやつだ。つい興奮して口が滑ってしまった。


 俺の後悔とは裏腹に、ネルさんの目には光るものがある。


「そうかい、コテツにもあんたみたいな……。アタシャ、感動したよ。アタシが悪かった。これからはコテツを悪く言うやつがいたら、アタシも黙っちゃおかないよ。だけど、アタシの言い分も分かってくれるかい? そこはアタシも譲れないんだ」


 はい、ごもっともです、はい……。


「何してるニャ? 査定は終わったのかニャ?」


 コテツ、いつの間に! まさか、聞いてなかったよな……?


「ああ、査定は終わってるよ。代金はほら、この中さ。奮発させてもらったよ」

「おお……これは予想以上ニャ。ありがとうネルさん、感謝するニャ」


 ずっしりした袋を手にしたコテツはほくほく顔だ。

 満面の笑みを見る限り、かなりの儲けみたいだな。


 ネルさんはというと、やたらと温かい眼差しをこちらに向けている。

 うーん……変なことを言いふらされなければ良いんだけど。


 何よりも本人に聞かれるのはまずいぞ。……さっきの言葉、聞かれてなかったよな?


〈コテツとの魂の繋がりが強化されました〉

(……)


 コテツは依然、笑顔のままだ。

 不自然なほどの笑顔のコテツと引き攣った顔した俺は、商人ギルドを後にする。


 今日のことは早く忘れよう……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ